第223話 砂賊糾合事変決戦 一
「行こう」
主人公の呼びかけに、仲間たちが応えた。
影となった仲間たちが桜の足元に広がった暗闇から湧きだす。
それにまず対応するのは七星家の彦一以下五名の勇士たち。
名門七星家の中でも特に精鋭に分類される者ども。年齢は侍大将彦一より年上の者まで含め多様であり、それだけに実力で選抜されたメンバーであることは疑いようもない。
彼らは十把一絡げで語っていい『雑魚ども』ではなかった。
その証拠に、桜の影──『その者の人生の最高潮の瞬間』を再現した『主人公の仲間たち』が、束になって蹴散らされていく。
先鋒七星家があたり、敵の進撃の勢いを止めた。
並び、剣を、拳を、鉄鞭を振るう七星家の者ども。その間からぬるりと進み出るのは垂れた犬耳を備えた赤毛の少女、ウメ。
動きは滑らかで静かだった。
遠目に見れば『遅い』とさえ思えるであろう。だが、それは動きがのろまなのではない。剣先の先に至るまでその動きが雄大で美しい。だからこそ素早い動作でも、伸びた手足の美しさに騙されて、まるで遅いかのように見える。
剣が火の粉を舞わせながら宙に赤い筋を描くと、影どもが斬り捨てられていく。
迷いなく敵の密集する場所に斬り込んだウメは、複数の影に囲まれながら剣を振り続ける。正面の影を左右に斬り分け、その間に背後から襲い来る影の剣を背で受け、加速。
肉体に刃が触れた程度で傷を負うようでは愛神光流の皆伝は名乗れない──『何を言っているんだ』と言いたくなるようなおかしな話だ。だが、これをシンコウは剣士ではない身で行っていた。剣士であるウメが出来ないようでは話にならない。
敵中で炎がたなびき、赤い髪が舞う。
一閃ごとに複数の影が薙ぎ払われ、暗闇のような密度で迫り来る『全砂賊』の中に、赤い光の筋が何本も通った。
暗闇を照らす光、その横を突き進む真っ黒い機体があった。
「どすこぉい!」
少女の口を借りてしゃべる少年の名は阿修羅。大きく、丸く、そして太い体つきをした機工甲冑。
それがキャタピラを回して突進し、張り手を突き出すと、影が束になって吹き飛んでいく。
張り手、張り手、張り手、張り手、また張り手。
突き進み過ぎて敵の壁を突き抜け、囲まれる。
四股を踏む。
巨大で重い機工甲冑──というだけでは説明がつかないほどの震動が迷宮の地面を揺らし、影どもの動きが一瞬止まる。
その隙を突いて阿修羅の巨大な腕が影の中の一体の頭部をひっつかみ、そのままぐるぐると回転しながら周囲の影どもを薙ぎ払う。
パワフルな竜巻と化した阿修羅が回るたび影どもが蹴散らされ、武器として扱った影がボロボロになって消えるとまた新しい影が無造作につかまれて武器にされる。
そうして配下どもが拓いた道を、氷邑梅雪は悠々と進んだ。
桜は逃げるでも攻めて来るでもなく、そこに立って梅雪を見つめていた。
梅雪視点、非常に気持ち悪い。あの抜け殻のような状態もそれはそれで気に入らなかったが、あからさまに自分へ情欲を向けて来る女の視線というのには、いい思い出がない。主に剣聖のせいで。
「おい」
梅雪が声をかけた先は、褐色肌の少女だ。
『中の人』の知識でそれがシカノと呼ばれる、アマゴ族の頭領であることは知っている。
そして梅雪の目的は『砂賊の殲滅』。当然ながらシカノも殲滅の対象に含まれる。
だが、
「今逃げれば見逃す。もはやこの戦場は貴様の噛めるものではない。さっさと去ね」
その梅雪の発言は桜にとって意外だったらしい。
怯えてしまって声を発さないシカノに代わり、桜が口を開いた。
「見逃すんだ? てっきり『首を刎ねるから土下座しろ』とか言い出すのかと思った」
梅雪は舌打ちし、非常にイヤそうな顔をした。
「……そうしてやりたいのはやまやまだが、俺に女児を嬲る趣味はない。……だいたい、この砂賊が糾合された事変、仕掛け人から実行犯まですべて貴様だろうが。そこのメスガキにこんな大それたことが出来るものかよ。つまり殺す価値もないから消えろと言っている」
シカノはスキルの中に『七難八苦を与えたまえ!』というものがある。
このスキルは『必ず都合の悪い乱数を引く』というものだ。ゲーム的には、相手からの攻撃は必ず最大値になり、家老にするとバッドイベントが起こりまくる。
確率の低いバッドイベントをあえて発生させるためには使える──具体的には、シカノは梨太郎を確実に出すためにパーティに入れておくぐらいしか用法がないユニットなのだ。
その不幸体質に加え、モデルになった人物は優秀だった様子ではあるのだが、シカノは能力が低い。
剣桜鬼譚はR-18ゲームなので登場人物は全員18歳以上なのだが、シカノは明らかに子供みたいな体格で実装されているキャラであるあたりも、何か関係しているのかもしれない。
なのでここで逃がすこと、ほぼ処刑と同義である。
そういうのもあって『バッドイベント引き寄せ女』を遠ざけようというのが梅雪の意図であったわけだが……
桜はもちろん、『中の人』の知識ありきの裏事情など知らない。
「優しいね、梅雪」
「……馴れ馴れしいな、貴様は」
「でも、大丈夫。シカノは砂賊をまとめて、アマゴ家を復興して、毛利を倒して──帝まで倒す決意をしてるんだから。逃げたりなんかしないよ」
「今、思いっきり『え!?』という顔をしていたようだが」
「そうなの?」
桜が振り返ると、シカノはどうしていいかわからないという様子で固まったあと、助けを求めるように梅雪に視線を向けた。
だがしかし、梅雪も別にシカノを救うつもりはないので、鼻を鳴らして無視する。
「まあ、どうでもいい。この俺が警告をしてやるなどという奇跡を目の前にして、固まって動けぬ凡愚にする配慮などありはしない。お望み通り巻き込まれて死ね」
「シカノは死なないよ。私が生きている限り」
「……」
「みんなと同じで、ずうっといっしょだから。……みんなで行こう。願いの果てまで。夢を叶えよう。弱いから、幼いから、賢くないから、運が悪いから──そういう理由で夢をあきらめる人は、多いよね。でも、大丈夫。人には不可能なんかない。頑張れば……死ぬ気で頑張れば、なんだって出来るんだ。夢をあきらめなくても、いいんだよ」
「戯言と言ってやるべきか、譫言と言ってやるべきか迷うな」
「違うよ、これは言霊だよ。……夢は必ず叶う。ううん、私が叶えてみせる。お世話になった人たちの願いを背負って、私はどこまでも行く」
「腰から大量の死体をぶらさげて歩く道など、腐臭が酷そうだが」
「死体なんかどこにもないよ。みんな、ここに生きてるんだから」
桜が胸に手を当てる。
それは『死んでも心に残っている』とか、そういう意味のジェスチャーのはずだった。
だが、死霊術師がやれば、そういったエモや概念ではなく、事実として胸の中に生きているという意味になる。
桜の神威ある限り、死者はいくらでも蘇る。
そうしてうっかり願ったものが叶うまで、魂を引きずられて連れ去られるのだ。
「もうある程度あきらめているが、俺がかかわる女にろくな者がいないのはどういうことだ? 相対的に夕山がマシというのは結構な異常事態だぞ」
「ゆうやま?」
「俺の正妻だ」
「え!? 梅雪、結婚してたの!? いくつ!?」
「……」
さっさと殺し合いを始めたいな、と心から願った。
だが、気が高まらない。機が合わない。
桜は本当にいつも一定した調子で、少しでも付き合うとテンションや雰囲気を絡めとられ、どこでも雑談が成立してしまう。
一方で桜はそういうふうに人から『殺し合うタイミング』を奪っておいて、こういう雑談をしたまま殺しに来る。
『桜は変わらず、このまま。茶の湯をやらせても、歌を詠ませても、人殺しをさせても、このままだ』
剣聖が桜にした評価は正しかった。
シンコウが己の願い以外を無価値と認識することで成していた『常在戦場』を、桜はどのような時もあらゆる選択肢を失わないという精神の異常性で成している。
振り切って殺し合いを始めねばならないと梅雪は感じた。
「顎を開け──」
桜の影は生物であるがゆえに、そのままでは呑めない。
だが、殺し、散逸する瞬間には呑むことが可能になる。
周囲で配下どもが殺している影の神威を取り込もうと、梅雪が凍蛇に力を集める──
──その時。
『最終奥義』
男の声が──
否、ベルトの声が、どこからともなく響く。
それは備中高松迷宮の、壊れた屋根の上から聞こえてきた。
顔を上げる。
すると、白い甲冑をまとった梨太郎が、足をこちらに向け、一本の槍のようになりながら、降り注いでくるところで──
桜を狙って、着弾。
すんでのところで愛神光流の動きが始まる。
梨太郎のキックの勢いを乗せ、桜が回る。
かくして──
戦場の外から乱入した梨太郎により、殺し合いが始まった。




