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第215話 備中高松オアシス水上戦 三

 ようするに、こういう話だ。


 二つの異なる対応が必要な状況になった場合、『ただ唯々諾々・不承不承と従っているだけの軍勢』は、指示された以外のことにどのぐらい力を割くのか?


 黒船の目的は、間違いなく『大名の軍勢を備中高松(びっちゅうたかまつ)迷宮に入れないように、オアシスで止めること』だ。

 あくまでも『止める』が目的であり、『追いかけてこちらを殲滅しよう』とか、『何がなんでも侵入を避けるために前線を上げよう』という意思はまったく読み取れない。『来たなら迎撃して逃げたらそれでよし』というやっつけ仕事っぷり、言われたことだけ達成出来ていればそれでいいという熱意のなさが動きから見える。


 こういう手合いがもし、一部だけでも侵入を許してしまったらどう判断するのか?


『一部は許してしまったが、まだ侵入していない連中は押し留めよう』と活動するのか?

 それとも『入っちゃった。じゃあ終わり。お疲れ様~』という感じに活動をやめるのか?


 ヨイチが分析するに──


「……まあ、相手の動きはもっと自動的だ。『水場にいる者には攻撃を続ける』だろうな」


 ではどのように道を空けるのか?


 その答えとしてヨイチがとったのは、散兵戦術である。


 通常、軍隊というのは陣形を作り、集団で固まり、人数を活かす戦いをする。

 だがしかし大規模道術や砲弾のごとき矢に対応するために陣形を固めずに兵を散らして被害を抑える戦い方をすることもあった。

 クサナギ大陸は地域ごとに文化が違い、文明の進度も方向性も違う。そのため、陣形を固めてぶつかる方がいい場合も、散らして進ませる方がいい場合もあった。


 黒船の放つ砲弾に対処するには間違いなく散兵戦術をとるべきであり、そして散兵戦術をとった時点で勝利が確定するものとヨイチは考えていた。それゆえに奥の手──弓矢は『いらん』と部下に応えたわけだ。


 では実際にはどういうことになるのか?


 ヨイチらは薄く広く横に陣を広げて進んでいく。

 足場は主人・梅雪(ばいせつ)の広げた風の地面。大軍が駆けて進んでいるというのにまったく震動がないのが奇妙な感覚である。


 黒船から砲弾が放たれる。


 それは超重量と速度に保証された威力を発揮し、ヨイチの率いる兵たちを吹き飛ばす。

 だが、それだけなのだ。


 大名家、それも御三家直属の武士団──ようするに剣士の集団に、ただ散発的に砲弾を撃っても殺すまでには至らない。

 梅雪は『馬鹿げた激励』と表現した『生身で軍艦に挑み、見事に道を拓くがいい』というのは、ただの人間基準では馬鹿げて聞こえる激励だが、優れた血脈の剣士にとっては『そのぐらい出来て当然』という要求なのだ。


 とはいえ集中砲火を喰らえばさすがに怪我人、死人も出るだろう。

 一か所を狙って砲弾を集中されるとまずい。だが、薄く広く陣を広げて進めば、逆に相手の砲火がまばらになり、生存率が上がる。……散兵戦術のメリットがまさにそれなのだが、やはり『戦艦の砲弾を受けても吹っ飛ぶだけで済む』というあたり、剣士以外には理解しがたい感覚である。


 増殖艦隊異界黒船ペリーの砲火がヨイチらを襲う。

 散兵のまま進み続ける。


 そうすると、『問題点』が生じ始める。


 散兵となりつつも一つの線のようにじりじり前線を押し上げていけばずっと弾幕は薄く広いままなのだが、そこは散兵のデメリット、どうしても『突出する者』と『遅れる者』が出る。

 その差はわずかではあるが、相手艦隊も素人ではない。また、ヨイチらは知らない情報だが、この艦隊は『艦隊でありながらただ一人の魔法使い』でもある。艦隊全部が無言・やりとりなしのまま完璧に連携する。


 すると突出した部隊に砲火が集中する。


 オアシスを半ばまで進んだ時点で、進み始めた時は一直線だった散兵隊列が、ばらばらと歪み始め、どうしても一部が突出してしまう。


 突出した場所に火力が集中すれば、剣士の集団とはいえ致命傷を受け得る。

 それでいい。


 ヨイチは立場があいまいかつ、主人の兵力を減らしたくないので、率いる部隊の者ほとんどに死ぬリスクの高い行動を命じることは出来ない。

 だが、ヨイチとそれに直接仕える『仮面の軍』は別だった。


 ここに居並ぶ者ども、残らずすでに死者である。


 熚永(ひつなが)平秀(ひらひで)の乱で死した者ども。公式には生きていない者ども。

 主人・梅雪にこの大陸を平和にする望みを見たヨイチと、そのヨイチに最期の最後まで仕えた彼らは、死を恐れない。


「弾幕が薄い状態で半ばまで来ることが出来たか。──上々だ。氷邑(ひむら)の剣士は強いな」

「それは認めるところですがな、坊ちゃん。別に、我らが劣っているというわけではありますまい?」

「ふ。……我らもまた『氷邑の剣士』であるはずだがな」

「であれば『氷邑の剣士』などという言い方をするべきではありませんでしたなあ。──号令を、我が主人。家だの、伝統だの、政治だの、年齢だの……我らを縛り付けていたくだらんものは消え去りました。この老体、これほど足が軽いことなど、これまでの人生で一度もなかった。今ならば迷いなく、ただあなたについて行くことだけが出来る」


 散兵により散っていた弾幕が、突出した『仮面の集団』に集中し始めている。

 あまりにも弾幕が濃くて、半ばまでしか進めなかった。

 だが今は、弾幕が散ってくれていたおかげで、相手の攻撃が自分たちに集中する前に半ばまで進めている。


『戦術の理によって相手の優先順位をいじる方法』。


 相手が熱心な防衛をしていない。だから、相手は『接近してくる者たち』の質をいちいち細かく見ない。

 相手がもしももっと情熱を持って防衛にあたっていれば、散兵戦術をとろうが、最も強いヨイチと、それを囲む死兵集団に砲撃を集中すべきだった。


 雑なのだ。

 懸命でないのだ。


 あの黒船の主人が死霊術師(ネクロマンサー)だという情報から判断するに、懸ける命がすでに無いのだろう。


 つまり、互いに死兵。

 であるならば勝敗を決めるのは──


「現在の主人に納得しているか否かが我らの差となる。……残る水場はあと半分。一気に駆け抜け、陸地に上がる。ここから弾幕が濃くなるぞ。ついて来い」


 ヨイチが刀を振り上げ──


「行くぞ!」


 振り下ろし、歩調を速める。


 完全に戦列から突出する『仮面の軍勢』。

 黒船の砲撃が集中し、巨大な神威弾が空を埋め尽くさんばかりに打ち上げられ、放物線を描いて降り注ぐ。


 ──遅い。


 優れた剣士の集団が本気で加速をした。

 ただの剣士であれば死への恐れがあろう。近付けば近付くほど相手の命中精度は上がり、砲弾の勢いも上がる。人は無意識にこれを恐れる。痛みを、被害を、死を恐れる。


 だがしかし、すでに死したるヨイチらに恐れはなく、恐れのなさが加速をためらわせない。


 砲弾がヨイチらの背後に落ちて激しい水柱を立てる。

 背後の兵どもと完全に分離された。──構わない。


 ヨイチは、人生で感じたことのない充足感を覚えていた。


「なるほど」


 駆け抜けながら、つい、笑ってしまう。

 砲弾が放物線軌道から投射軌道に切り替わる。炸薬──ではないのだろうが、撃ち出される勢いのまま迫る砲弾は先ほどまでとは比べ物にならないほど速かった。大名家の剣士であろうが殺し得る威力が想像出来る。


 迫る黒く巨大な『死』。


 避けない。曲がらない。真っ直ぐに突っ込む。


 握りしめた剣を以て、迫る砲弾以上の速度で迫り、神威砲弾を貫く。

 貫いてなお、進む。止まらない。


 だからこそヨイチは──熚永平秀は理解出来た。


「これが、『矢』の心地か」


 帝に仕える御三家は、その役割から、このように呼ばれていた。


 盾の氷邑。

 目の七星(ななほし)

 そして、矢の熚永。


 今の平秀は紛れもなく矢であった。主人が放ち、そして目標に()たるまで止まらない矢。


 すべての重しが取り去られ、弦から撃ち出された矢。ただ風を切る音だけを響かせて真っ直ぐに進む矢。


「じい。私は恐らく、こうありたかった」


 生きていくというのは、思考するということだ。

 思考放棄というのは、よろしくないことだ。


 ……一般的にはそうだろう。だが……


 もしも本当に優れた射手から放たれたならば、矢は迷いなく飛んでいくことが出来る。

 それは、矢にとって最高の幸福だ。


「ああ、本当に──大名に向いていなかったな」


 笑いながら進んでいく。

 弾幕を突っ切り、艦隊を貫き──


 皆中(かいちゅう)


 備中高松迷宮の地面を踏むことに成功する。


「坊ちゃん、ここからどうなさる!?」

「しばらくこの場にとどまり、艦隊の背後からちくちくやるさ。連中、やはりやる気がない。水場にいる者には攻撃するが、背後は気にもしない。『到着したならあとは勝手に』とでも言いたげだ。……ならば勝手にやらせてもらおう。氷邑の剣士たちをこちらに寄せて、道を作らせる。……まあ」


 ヨイチは他の戦場を見つめ、


「我々が一番早いかどうかは、主人の判定待ち、というところだが」


 別な戦場での『活躍』を、音と気配から想像し、仮面の下で皮肉げな笑みを浮かべた。

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