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第211話 砂賊攻略戦 四

 氷邑(ひむら)梅雪(ばいせつ)は、考える。


(……ここまで動きがないとなると、明らかだな。(さくら)は──味方を守る気が一切ない)


 少しだけ、戦略立案の段階で、ゲーム剣桜鬼譚(けんおうきたん)の主人公の人格と桜の人格を混同してしまったかもしれない。

 剣桜鬼譚の主人公は、仲間の命を惜しんだ。死にそうな仲間を見れば、それを助けようと動いた。

 その方がプレイヤーから共感してもらいやすいから、そういう選択肢を用意した。


 だが、今、この見つめる先、砂漠の向こうにきっといるであろう桜は、仲間の死をまったく厭わない。

 ……仲間が減れば不利になるのは当たり前のことだが、たぶん、捨て鉢とか、戦略ミスとして、仲間を死なせてしまっているというわけでも、ないのだろう。


 相手が負ける気がなく、なおかつ仲間の救援に来ないという状況から、梅雪はようやく、答えにたどり着いていた。


(『異界の神威(かむい)』で『影』として操る前提で、俺に味方を殺させているな)


 狂った者の思考であった。

 というより、その視点はあまりにもプレイヤーすぎる。

 人間は同じ地平に立つ人間に対し、そこまで冷徹になれない。どれほど冷徹ぶり、どれほど大事でない人が死にそうになったとして、『自分が助ければ死なずに済んだかもしれない人』を助けないという罪の意識に耐えられるように出来ていない。


 だが、桜はそう出来ている。


 ……梅雪もさすがに想像しえない真実として、桜は『肉体的な死』を『死』に勘定しない、という特徴を持っている。

 彼女が覚え、その願いを背負い、影としてともに戦う限り、桜にとっては『生きている』のだ。


 だがさすがにそこまでは思考では追えないし、梅雪も一般的で常識的な感性を持っているとは言い難いが、それでも追いきれない頭のおかしい理念であった。


 梅雪が気にし、考えるべきは一つである。


(では、ここから相手の損耗を抑えるか? ……否、だ。砂賊どもの殲滅が我らの大名家としての目標である。戦略としても、オアシスをとっていく方針に間違いはないし、陣地をとって相手を干上がらせ、死なせるというのは間違った計画ではない。加えて……砂賊どもを生かせば、どのみち桜との最終決戦の場で戦うことになる。そして、そこで殺せば桜の『影』にされる。『遅いか早いか』だ。そして、『一度殺した者が戦いの中で蘇る』よりも、『すべて殺しておいて最初から桜の影と戦う』方が、味方の精神的な損耗は抑えられる)


 砂賊を殺していく方針に誤りはない。


 そのうえで、


(具体的に桜をどう殺すか。これがやはり、問題だ)


 殺すことに迷いがある相手ではない。

 単純に殺せない──莫大な神威量の妖魔特有の死ににくさに加え、本人が『蘇生・復活』という能力を持っているため殺すに殺せないのだ。


 その『蘇生・復活』はゲーム的には、主人公ならば当然持っているものである。

 セーブ&ロード。あるいはコンティニュー。古今東西、ゲームにおいて主人公とは死んでも死なないものなのだ。

 プレイヤーであれば『主人公が死にました。なのでゲームを強制的にアンインストールし、二度とインストールできないようにします』などと言われれば『なんでだよ!?』と思う。だが、『主人公が死にました。セーブ地点からやり直します』ということに疑問は抱かない。

 その『当然のこと』が、桜の場合は『死霊術師(ネクロマンサー)』という能力で説明されている。


 理屈はわかる。

 だが、


(……ふざけるなよ本当に。現実世界にゲーマーチートを持ち込むなァ!)


 これを相手にし、殺さなければならない立場としてはたまったものではない。


 他にもクサナギ大陸には殺そうとしても死なないチート変態女が出没するようで、父・銀雪(ぎんせつ)などは、これを殺す方法を求めて旅を始めた。

 とりあえずニニギゆかりの地のある大戦乱(だいせんらん)孤島(アイランド)九十九州きゅうじゅうきゅうしゅうに発った。梅雪が中国(なかくに)地方に遠征するより二月は前のことであるから、今頃あの地方にいるのか、あるいは他の地方に向かったのか……


 ともあれ、『死なない者』を殺すための方法は、梅雪と銀雪にとって課題である。

 だが銀雪が取り組んでいる相手と違い、梅雪が取り組んでいる桜は、攻撃が通用する。ただ、殺すのがとてつもなく難しい──性質としては『体力がめちゃくちゃ多くてどれだけ死亡級のダメージを叩き込んでも死なない上に回復も早い』みたいな相手なだけだ。


(……いや本当にふざけるな。なんだそのチートは!)


 チートや! チーターや! と叫びそうになりながら──


 梅雪は、眼下の戦局を見下ろす。


 中国地方は西に行くにつれ南北が狭くなる形状になっているため、七星(ななほし)、イバラキ、ヨイチの戦場が重なることも増えてきた。

 ここに来てイバラキを中央に据えた効果が出てきている。戦場が狭くなったのと、これまで戦いをやらせ、南北の軍との連携みたいなことの修練を積ませ続けた結果、イバラキは一軍を操り指揮する将から、自分以外の軍の動きも見て戦局を操る(すい)の能力を身に付けつつあった。


 その『詰み』様は敵が哀れになるほどである。


 まさしく『殲滅戦』。


 砂賊がどんどん倒れ、死んでいく。


 あまりに簡単な戦いに、気が抜けそうなほどだが……


 梨太郎に、桜。


 七星家以外は桜の脅威を実感し、七星家とて梨太郎の脅威は実感している。

 これら二つの不確定要素がいい緊張感を生んでおり、軍規が乱れることもなく、いい具合に戦えている様子だった。


(砂賊も弱くはない。だが……集団での戦いでも、個での戦いでも、『それ以上』がこちらにはおり、強いところを弱いところにぶつけようとしても、空から俯瞰する俺がそれを許さぬ)


 これもまた相手からすれば反則(チート)である。


(これにまともに対抗しようと相手が動けば、桜を詰む方法も多かった。……だが、引きこもって出てこなかった。……頭のおかしなヤツにこう言ってやるのも癪だが、『よく我慢した』とまずは褒めてやろう。誘い出されて外に出ればお前を囲んでハメ殺すところであった。だが……)


 地上の軍隊が戦う先、砂地にぽつんと水たまりが存在した。


 上空から俯瞰してなおはっきりと見える水たまりは、鳥取砂漠最大のオアシス。その時その時の砂賊の王が根城とする、備中高松(びっちゅうたかまつ)オアシスである。


 中央に浮かぶ石の孤島は迷宮跡地。

 その内部は複雑である。そこにいるはずの『神』はもはやいない跡地にしか過ぎないが、難攻不落の要塞としての機能は備えている──ただし、そこにこもって待ち受けるのは、外からの補給を得られない自殺行為に等しい。

 とはいえそれは、実力のない者を相手取る時の話。


 オアシスに浮かぶ備中高松迷宮の内部には潤沢に水があり、神を失っているゆえにところどころが壊れて場所によっては陽光が差し込む。

 さらにあそこから『神』がいなくなった理由──『異界の扉』が開きっぱなしになっているがゆえに、異界の獣がうろついている。なので一定以上の実力者であれば、肉の確保も可能である。


 妖魔・妖怪は倒すと封印処理をしない限り無数の神威に散逸して消え去るが、異界の神威の影響を受けた『魔獣』は肉として消費することが出来るのだ。


(……というか『巨人塩』だの『魔獣の肉』だの、この大陸の者たちは『それちょっと素材的にどうなんですか』みたいなものを割と平気で喰うよな……)


 梅雪自身もそこにさほど抵抗はないのだけれど、冷静に考えると、巨人塩とか本当にこう、どうなの? みたいな代物である。


 ……ともかく。


(……だが、桜。ここで『詰み』だ。この備中高松迷宮が、貴様の墓場となる)


 梅雪は上空からオアシスを俯瞰し、凶悪に笑う。

 その横に控えたウメがちらりと梅雪を見て、それからまた視線を戻した。


(また何か悪いことを考えている……好き)


 などと思いながら……

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