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第210話 砂賊攻略戦 三

(さくら)ぁ……どうしたらいいんだ!? 大名が来て、せっかく集まった仲間たちが、みんな、みんな、死んで……!」


 桜の『家』。


 砂漠の中にある大きなテント。今の砂賊(さぞく)どもの本拠地──砂賊大名『アマゴ族のシカノ』の住まう場所である。

 まだ幼い少女であるシカノは、桜の服にすがりつくようにしながら、震えていた。


 ……彼女の目標はアマゴ族の再興と、アマゴ族を滅ぼした毛利家への報復である。

 だが、桜が来てからどんどん話が大きくなり、組織が大きくなり、展開が進み……


 今、帝内地域から来た大名家が、砂賊たちを攻めている。


 その攻勢は圧倒的であり、せっかく仲間にしたみんなが、長い戦いの末にわかりあった仲間たちが、どんどん殺されているのだ。

 その殺されている人たちはみな、形式上とはいえ──シカノの家臣のようなものである。


 まだ幼い少女には、あまりにも重すぎる責任が降りかかっていた。

 シカノはその責任に耐えきれず、震え、弱り……


 自分の『力』である桜にすがる。


 一方で桜は優しく微笑み、シカノの白い髪を優しく撫で、彼女を抱きしめ、語りかける。


「大丈夫だよ、シカノ」

「だ、大丈夫!? 大丈夫って何がだ!? みんな、死んでるんだぞ!? どんどん大名が『ここ』に近付いてて……それの何が大丈夫なんだよぉ!?」

「大丈夫。だって──みんな、ずっと、一緒だから」


 桜が微笑みながら、神威(かむい)を展開する。

 昼日中の砂漠、その光を和らげるテントの下。

 薄かった桜の影が濃くなり、広がり……


 その影から、出て来る。

『みんな』が、出て来る。


 真っ黒い人影だった。顔はない。のっぺりとした黒いものだった。

 だけれど、シカノは確かに、そうして並び立つ『みんな』に見覚えがあった。


「……あ、ああ、ああああ……」


 見覚えがあるから、怯えた。


『みんな、ずっと、一緒だから』。


 ……死んでも、一緒なのだ。

 彼らはここにいるのだ。


 顔もわからぬ黒い神威の塊になって──ここに、いるのだ。


「ねぇ、シカノ。私ね、シカノの言葉、好きなんだ」


 桜は穏やかにシカノを撫でる。

 その顔にはたまらない慈しみがあった。幼い少女に、年上の女の子が向ける、てらいのない愛おしさが込められていた。


 けれどシカノは、自分を優しく抱く桜の顔を見上げ、怯え、震えるしかできなかった。


「『我に七難八苦を与えたまえ』──いい言葉だよね。すごく、前向きな言葉だ」


 シカノが口にする『それ』は、『ちくしょうめ!』ぐらいの意味のものである。

 どうしようもない状況で、『くそったれな神めが! ええい、七難八苦を与えたまえ!』と、自分に勢いをつけるために述べる。そういう言葉である。


 だが。


「私も使わせてもらっていいかな? 『七難八苦を与えたまえ』。七難があると、すごく生きてる実感がわくよね。八苦を感じている間、とても体に力がみなぎるんだ。……いい言葉だよ。人は生きてこそ──生の実感は苦しみあってこそだよね」

「え、あ、わ、わたし、そういう、いみ、じゃ……」

「みんなで一緒に、生きていこう」


 桜が微笑みながら、シカノをそっと放し、立ち上がる。

 立ち上がった桜へと、『影』たちの視線が集まる。


「最後まで、進もう」


 影たちは何も言わない。

 ただじっと、桜を見ている。


「みんなで、生きて、最後まで行こう」


 シカノはガチガチと歯を何度も鳴らして震えていた。


 影。


 もはや意思も肉体もない、その人の生存した残滓。

 死ぬことを許されなくなり、存続するように縛り付けられた『願い』。


 ……桜はこれを『生きている』と言うのだ。


 桜の『一緒に生きていこう』という言葉は──


 ──『死んだらお前もこうしてやるぞ』という犯行予告に他ならない。


 それを笑顔で優しく、心の底から思いやりという様子で語るのだ。


 ……シカノは、アマゴ族の再興と、毛利家への報復を願っている。

 だが……


 ここまでする覚悟は、なかった。


 命を懸けるぐらいなら、その場のノリ次第では、したかもしれない。

 でも……


 死後の魂まで懸けるだなんて、そんな覚悟は、なかった。


「シカノ。毛利家を倒そうね。それから、帝を倒そうね」

「あ……え……?」

「きっと私が、あなたの願いを叶えてあげるから。……だから安心して。何が起きても、私はきっと、願いを叶えるよ。だから心配しなくていい。みんな生きてる。みんなで梅雪に勝とう」

「え……? え……?」


 シカノは確かに、帝を倒すと口にした。

 だが、ほとんど覚えていないような、勢いからまろび出た発言だった。

 だって、まさか『そこ』に手が届くようになるだなんて思っていなかった。幼い子供が『将来は大統領になる!』とか『飛行機になる!』などと言っても、『じゃあ、具体的に叶えるためにはこうしよう』と言い出す大人はほとんどいない。そういうたぐいの願いだったのだ。そんな大それたことをも目標に出来るんだぞという背伸びだったのだ。


 ただ、願いを口にした相手がまずかった。


 主人公は願いを背負い、どこまでも行く。


 願った当人を置き去りにして進み続ける。


 桜が、シカノの方を見た。

 ……桜の出した『影』も、一斉に、シカノを見た。


 シカノは息も出来ないほど、恐怖した。


「我に七難八苦を与えたまえ」


 桜が優しく発言する。


 シカノは、その時に向けられた笑顔の意味がわからなかった。


梨太郎(なしたろう)対策もこうやって出来たわけだし、そろそろ私も出ようか。……シカノより先にね、約束した人がいるんだ。だから、氷邑(ひむら)梅雪(ばいせつ)を殺さないといけなくて。シカノの願いの前にちょっと寄り道しちゃうけど、ごめんね」

「……あう、あ、あ……」

「素敵だよね、次々にやるべきことが迫ってるって。とても──生きてるって感じがする」


 死者の軍団を率いた女は、愛おし気に微笑む。


 こうして、主人公が出陣した。

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― 新着の感想 ―
そうかぁ。自分の明確な目的も意思もない共犯者であるコイツには、ハンドルもないミニ四駆みてーに「最初に決めた方向に進み」さえすれば「生きてる」なんだな。 悪意も何も無い。だって「目的以外の意識が無くても…
R18はR18でもR18Gの方やんけ
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