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第209話 ワ・ライラ 三

 その時。


 梨太郎が矢を放った時、氷邑(ひむら)梅雪(ばいせつ)の陣幕で起きていたこと。


 襲撃であった。


「……やれやれだ」


 すでに寝る支度を終えて一人でいた梅雪の目の前にあるもの、『空間のゆがみ』。


 イタコのサトコあたりがこれを見れば『地獄の門が開く前兆』と述べるだろう。

 それは正しい。

 このゆがみは、クサナギ大陸が他の世界とつながる前兆なのだ。


 クサナギ大陸には雨あられと侵略者が降り注ぐわけだが、その理由は、この大陸の空間の不安定さにある。

 八百万と言われる神々が分割統治する場所。しかも動物、人、それどころか術式さえも神になるこの世界において、神々というのはこうしている瞬間にも発生し、発生したと思えば消えているものである。


 そして古くから霊場として神が発生しやすい中国(なかくに)地方において、人々のちょっとした祈り──ようするに『盛り上がり』とか『エモ』によって、神はたやすく発生し、たやすく発生しただけに信仰を失って消えていく。

 だが、発生と同時に空間には確かに『その神が存在するだけの隙間』が出来……


 その隙間を作っていた神が消え去ると、『異界』が干渉する隙間が生まれる。


 恐山やこの中国地方などは霊場として名高いが、霊場というものの正体は『神が発生し、消えやすく、よその世界とつながりやすい場所』であり、この中国地方に異界関連の対応機関・対応してきた人物が多いのは、このつながりやすさゆえであった。


 砂漠の夜。


 凍えるように寒く、空気の澄み切ったそこ。

 そこの中、特に信仰めいたものを捧げられやすい大名家当主のそばに、神が発生し、消え、異界の門が開くのは必然であった。


 だからこそ梅雪、肩をすくめながら──


「起きろ凍蛇(いてはば)。不埒な侵入者を斬り捨てる」


 手を伸ばす。

 すると梅雪の布団で眠っていた凍蛇が、長い袖で目をこすりながら一つ伸びをし、青い光になって消える。

 消えたあと、雪の結晶のようなものが凍蛇のいた位置から梅雪の手へと渡り、そこでひと振りの刀となった。


 青白い刃を持つ小刀である。


 それを構えた梅雪は、『異界の門』を注視する。


 ……『手』が、狭いそれをこじ開けるように、指をかけていた。

 大きい。その巨大さは、手の大きさから判断すれば、少なくとも梅雪の倍は上背があるだろう。


 そしてその『手』、到底、人のものではなかった。

 けむくじゃらで、いびつで、黒く鋭い爪が生えている。


 悪魔の手、あるいは、猿の手とでも呼びたくなるもの──


 それに対し梅雪が剣を振り上げ、振り下ろす、


 直前。


「!?」


 不意に接近する超高濃度神威(かむい)反応に、慌ててその場から飛びずさる。

 同時、反射的に周囲を守るための結界を展開できたのは、梅雪が『指揮官』としての活動を板につけてきた成果である。


 一瞬後、真っ赤な神威矢が着弾、爆発。


 きゅうう……と赤いエネルギーが、異界の門のところで集まり……


 一瞬後、大爆発を引き起こした。


 梅雪は爆発の中で、自分の前に立つ二人の男の背中を見る。


 七星(ななほし)彦一(ひこいち)、並びにヨイチである。

 その二者は梅雪を背にかばい、武器を構えて、矢の着弾地点を見た。


 ……赤い神威矢。


(一瞬、ヨイチが放ったものかと連想したが──そういえば、お前の『形態(フォーム)』の中に、矢を放つものもあり、その時のカラーは赤だったなァ……)


 梅雪が笑いながら、彦一を押しのけ、前へ出る。


 すると、矢の着弾地点、爆発で舞い上がった砂煙の中に立っていたのは……


 翼を生やし、鎧を真っ赤に染め、左腕に弓を携えた──


梨太郎(なしたろう)


 中国地方で二千年も異界の怨異(ONI)を狩り続ける者、梨太郎であった。


 梨太郎は、梅雪を見ている。


 梅雪は、剣を構えるともなく構え、梨太郎を見ている。


 彦一とヨイチはその二人の視線のやりとりを見て、動かぬことを決めた。

 すぐに撃退すべき脅威が目の前にいるのはわかるが、それは、当主の意向を無視していいことを意味しない。


 梅雪は明らかに、梨太郎との視線でのやりとりを望んでいた。


 ……見つめ合う。


 二者が見つめ合う時間は静かで、長かった。


 襲撃に呼応して目覚め、武器を携えた者たちが集まってくる。

 毛利家からあずかった巫女たちが介入しようと駆けて来るのを見て、梅雪は片腕を突き出してそれを止めた。


「梨太郎」


 梨太郎はすでに意識も言葉も失い、ただ『異界』を狩るために徘徊するだけの存在である。

 ゲーム剣桜鬼譚(けんおうきたん)においても、ただただ『異界』関連を見つけると襲い掛かってくるだけのバーサーカー。対話というのは出来ない。

 倒したあとは配下に出来たが、それは、生かしたまま配下に出来ることを意味しない。


 それだけ『異界』に容赦がなく、会話の余地がない──というか、まともな言語のセリフが一切ない。それが梨太郎という最強のエネミー。


 だが……


「…………」


 梨太郎は梅雪の呼びかけに応じるように、視線を向け続けている。


 梅雪は、


「いや、マキビ。貴様のことを知っている。俺は、貴様の敵ではない」

「……」

「ゆえに、この俺に仕え、ともに『異界』を倒すならば、前回に引き続き、今回の襲撃も不問とするが、どうだ?」


 梅雪らしからぬ寛大な申し出に、梨太郎よりもむしろ、周囲の『梅雪を知る者たち』が驚いた。


 何せモトナリの前では『倒す』と述べたのだ。今までの梅雪であれば、これは『殺す』とほぼ同義、良くて『ボコボコにして土下座させる』という意味になる。


 だが、政治上の戦いを覚えた梅雪にとって、『倒す』というのは必ずしも暴力を間に挟むものではない。

『調略によって味方に引き込むこと』。これも一つの『倒す』である。


 ……これは、計算、駆け引き、陰謀があってのことでは、なくもない。

 だがそれ以上に、


「俺は貴様の生き方に敬意を表する。それゆえに──ファンの一人として、貴様を許し、貴様の目的を達成させてやろうと考えている。どうだ?」


 ゲーム知識。

 ……それに加えること、『中の人』の趣味趣向ではなく、知識を基にした氷邑梅雪の嗜好ゆえに申し出である。


 梨太郎は……


「……」


 梅雪に弓を向ける。

 ほぼ同時に梨太郎に攻撃を仕掛けようとする彦一とヨイチを、梅雪は止めた。


 息が詰まるような見つめ合いの中……


「……」


 梨太郎が高く飛び上がると、そのまま、翼をはためかせ、遠ざかっていく。


 十数秒のあと──


 陣内に安堵の空気が広がる。

 夜中に不意に訪れた脅威は、去ったのだ。


 彦一が思わずという様子で叫ぶ。


「梅雪様! 生きた心地がしませなんだ!」


 梅雪は肩をすくめ、笑った。


「許せ彦一。そして、よく耐えた。……俺の梨太郎に対する態度はわかったな? 俺はアレが欲しい。我らの目的である氾濫(スタンピード)の主人を倒すため、アレはあった方がいい駒だ」


 ゲームにおいて梨太郎を味方につける方法は、『倒すこと』──『兵力をゼロにすること』である。

 だが、氷邑梅雪ではその方法はとれないのだ。それは、(さくら)──『主人公』がプレイヤーの分身であるゲームの話。主人公の固有能力を使っての強制的なユニット獲得なのである。


 梅雪が梨太郎を味方にするには……


(まぁ、交渉が無為に終わってしまったのであれば、『倒すしかない』のだが)


 感触はあった。

 梨太郎は正気を失い、言葉を失っている。

 だがしかし、『願い』は残っている。


 だからこそ今のやりとりで、仲間に入れる目はあるものと梅雪は判断した。


(高い目ではないがなぁ。……運命、運勢、俺の道をあまり阻むなよ。俺の刃は相手を選ばんのだからな)


 梅雪は梨太郎が去って行った方向に背を向け、


「さて、寝なおすぞ。俺の寝所を作れ」


 いつの間にかそこに控えていたウメに命じ、一礼したのを確認してから、近場にあった椅子を起こしてそこに腰かける。


 そうして未だ夜の明けぬ空を見上げ、笑った。


 ただしその笑みは、先ほど味方や梨太郎に向けたものより、だいぶん凶悪なものである。


(……桜。貴様は不死・不滅の存在だ。封印さえも難しい死なずの化け物よ。だがな──殺すと言ったからには、殺す。あらゆる準備を整え、貴様を殺す。この俺から逃げられると思うなよ)


 砂賊、梨太郎、『主人公』。

 毛利の巫女に、氷邑軍。


 状況が最終局面に向けて進んでいく。

 これよりの砂賊攻略戦──


 混迷と困難の決戦へと、向かう。

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