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第207話 ワ・ライラ 一

 ただの一日の進軍で、砂賊(さぞく)氷邑(ひむら)軍との力の差は明らかになった。


 砂賊は強い。が、その強さは『地形を熟知しているがゆえの厄介さ』が主である。

 個人の武勇を誇る者、狡猾さ・戦術を誇る者もいた。

 だがしかし、個人の武勇の最高峰では氷邑家の中堅どころにも届かず、戦術の狡猾さではイバラキに及ばない。

 もちろん噛み合わせによっては不利になる局面もあろう。しかし指揮官将帥(しょうすい)が空に布陣し状況を把握し、適切に遊撃をする状況では、『相性の良い相手にまぐれで当たって勝てる』という勝ち目さえもなくなる。


 だからこそ、


「なぜ、(さくら)は出てこないのか」


 夜。


 砂漠の厳しい環境の中に、巫女たちにより張られた特殊なテント。

 そのひときわ広いテントの中に氷邑梅雪(ばいせつ)を含む首脳が集っていた。


 ウメ、アシュリー、そして七星(ななほし)彦一(ひこいち)に、ヨイチ、イバラキとそのお供としてトラクマである。

 そこに毛利家のモトハルが加わり、帝の名代たる氷邑梅雪の軍、首脳すべてということとなる。


 その中で梅雪の疑問に答える言葉を持つ者はいなかった。

 ただしそれは『確定情報がない』というだけであり、予想を話す者はいる。


 イバラキだ。


「恐らくですが、相手は別に、砂賊の命などどうでもいいのでは?」


 桜が出てこないのを不思議に思うのは、梅雪らが快進撃をし、砂賊どもを蹴散らしているからである。

 もしも桜が兵の損耗を嫌うのであれば、もっと頻繁に前線に出てくるべきだ。


 というよりも、『慈悲深く仲間想いの主人公』という像から考えるならば、そういう行動がとられているべきなのだ。

 だがしかし、梅雪は知っている。


 ……桜は確かに『慈悲深く仲間想いの主人公』では、ある。

 ただし、その言葉から受ける印象と、桜の実情はかなり異なる。


 あの女は──死霊術師(ネクロマンサー)


 仲間を生きたままにしておく必要がない。

 死した仲間の想いを背負う主人公なのだ。


「……とはいえ、ここまで陣地をとられて動きがないというのも奇妙だな。やつの動きはどう考えても砂賊を糾合していた。とくれば、その先になんらかの目的があるのであろう。その目的のために陣地をとったはずで、それを取り返されるのを放置する狙いは気になる」


「氷邑様、発言をよろしいでしょうか」


 手を挙げたのは巫女のモトハル。

 彼女はモトナリの娘か孫か、あるいはその孫か(モトナリ談)というぐらいの近い血筋であり、そのため、梅雪らに随伴している巫女たちを指導する立場にある。


「許そう。毛利家の巫女の意見、拝聴する」

梨太郎(なしたろう)様を恐れているのではないでしょうか?」

「ふむ……」


 梨太郎。


 それは『異界』に属するすべてを無差別に襲う。

 ゲーム剣桜鬼譚(けんおうきたん)においても、その正体が『異界から来た氾濫(スタンピード)の主人』である主人公を狙って、中国(なかくに)地方で幾度もランダムエンカウントを仕掛けてきた。


 基本的には自動的に『異界』を撃退しようとする、まともな発言もできないほど正気を失った対異界機構のようなものである。

 だが、強い。まともに戦えば彦一とヨイチが二人がかりでも倒しきれない……というより、正直に言えば、圧倒されていたと言ってしまえるほど、強い。


 桜は目的のためにどこまでも突き進むが、それは命を惜しまないということではない。

 なので梨太郎という要素を考えれば、なるべく戦場に出ないという選択肢はありえそう、ではあるのだが……


(何か違和感がある。……アレは紛れもなく頭のおかしな女だ。ここで論じられる可能性は、アレが常識的思考をする前提のもののみ。何か、気の狂った者にしかわからぬ論理があると覚悟しておいた方がいい、か)


 梅雪は気分を切り替えることにした。


「さて、一日目が終わった。諸君の働きは望外のものである。……課題もないとは言わんが、それは言われずともわかろう」


 彦一の不器用さ。

 イバラキの周囲を敵だと思いすぎるところ。

 ヨイチの方は、言ってしまえば『地味』なのが課題と言えるだろう。


 だがそれらはすべて、裏返せば長所になる点だ。

 当人らならぬ者が指摘し、()めるべきではない(つの)である。


「このように全軍の指揮官が集ってゆっくりと話せる夜は、今後何度あるかわからん。ゆえに──何かあれば、この機会に話しておけ。特に夜の闇に混じって内緒話をしたそうな顔をしている者もいるしな」


 梅雪は『その者』を見て笑い、


「では解散とする。三軍とも、今後とも自由にやれ。多少の失敗は俺がどうにかしてやる」


 そうしてその夜は解散となり……


 そして。



「ヨイチ殿」


 梅雪の陣幕を出てすぐ、暗闇の中で、ヨイチを呼び止める者があった。


 その者、獅子のような顔つき、獅子の(たてがみ)を思わせる黄金の髪をした、偉丈夫──

 七星彦一であった。


 彦一は、いかめしい顔で、ヨイチの目の前に立つ。


 七星彦一は『分厚い』男だ。

 だが、背の高さは、ヨイチと並ぶ。どちらかと言えば、ヨイチの方がほっそりして長いものの、この二人、目線の高さは揃っているし……


 年齢も、家柄も、同じ。

 同世代、同環境で育った者同士。

 当然ながら、彦一と『熚永(ひつなが)平秀(ひらひで)は』交友がある。


 というよりも、


「……ヨイチ殿。そなたと話したきことがございます。そなたと……我が竹馬の友、熚永家最後の当主、平秀について、何卒、話をさせてはいただけませぬか」


 ……竹馬の友。

 すなわち幼馴染である。


 ヨイチは、


「……七星家侍大将たるお方にそう言われては、お断りするのも主人の面目が立ちますまい。私に話せることは多くはありませんが──」


 竜面の下から、空を見上げる。


 砂漠の夜は、空が澄んでいて星がよく見えた。


 ……その星空は、かつて、幼きころに平秀と彦一がともに見た星空に、似ている。


「──私が知ること、語ることのできることであれば、誠心誠意、お答えしましょう。あなたのように、誠実に」


 ……かくして、幼馴染は暗闇の中で話をすることとなる。

 熚永家が潰れてから初めての、二人きりでの会話だった。

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