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第206話 砂賊攻略戦 二

 氷邑(ひむら)梅雪(ばいせつ)は、戦場を俯瞰しながら報告を聞いていた。


「中央の戦場、敵砂賊(さぞく)殲滅。指揮官によれば『二人逃がした』とのことです」


「北方戦場、七星(ななほし)彦一(ひこいち)の武勇すさまじく、それに従う七星家ともども進撃し、罠も策も蹴散らしひたすら西へ進んでおります」


「南方、ヨイチの戦場、安定した展開により着実に進撃。中央の戦場の状況を見つつ手練れを貸し出すといったこともしている模様」


 中国地方を俯瞰できるその場所。


 梅雪が腰かける場所は、空である。


 ……氷邑梅雪はこの軍の大将、すなわち将帥(しょうすい)ということになる。

 通常、将帥は直属部隊とともに遊撃をしない。それはもちろん、大将の首が万一にもとられれば、その時点で連合軍が崩壊してしまうからだ。


 だがしかしもっと単純に大将が遊撃をしない理由もあって、それは『情報を集めるべき先がどこかわからなくなるから』というものだった。


 特に無線通信がなく、伝令という手段で情報集積をしなければならない軍は、すべての情報を集める先の住所がはっきりしていなければいけない。


 将帥の役割は『では、行け』では終わらないのだ。リアルタイムでもたらされる情報に応じて二手、三手と先々の展開を有利にすべく、少しずつ対策をしなければならない。

 特に今回の軍勢、三万人という規模である。

 これだけの規模の軍に、無線通信のない将帥が指示を出せば、その指示に末端が応じるまでにはかなりの遅れが出る。それゆえに将帥は情報を素早く仕入れ、先々を見据えた対応をあらかじめせねばならない。そのために伝令が情報を持ってくる先を明らかにしておく必要性があり、その必要性に応じるために、大将は遊軍を率いて戦場を縦横無尽に駆けるわけにはいかない。そういう事情である。


 だがしかし、氷邑梅雪の遊軍は、そういった常識を超える。


 空にいる。

 文字通り、空に、青々とした空に、砂まみれの風の渦巻く地上を見下ろせる場所に、空気に腰かけている。


 氷邑梅雪の本陣は空に構えられていた。

 シナツの加護の力である。


 そして彼の『遊軍』とはすなわち──


「ヨイチ様より伝令! イバラキの軍の足並みと七星家の足並みとが揃っていないとの(よし)!」


 梅雪は、笑う。


「……ヨイチを地上に置いたのは正解だったな」


 空に布陣し戦場を見下ろし、遊軍が必要とあらば上空から降下するといった未曽有の戦術。

 これは各軍が冷静に地上で判断をし、それぞれが空から梅雪が降下するまでに持ちこたえられ……

 地上ならではの情報を得て報告してくる将がいるからこそできることである。


 そしてその役割は、熚永(ひつなが)家を率いて将帥をした経験のあるヨイチが最適だ。


 七星家は勇猛であり勤勉ではある。だがしかし、『目の前の状況にとにかく対応することしかできない』という硬直性があるのも事実。

 もっとも、彦一に『細かいことを考えていちいち報告し、状況を読んで対応できるようにせよ』などと言ってもパフォーマンスが落ちるのみ。あの軍はただ何も考えず進むのが最も正しい運用法である。


 イバラキの軍勢は狡猾で戦場を俯瞰する力もある。

 だがしかしイバラキの性質に問題がある。あの女は敵をハメることに長け、そこにいる者どもの心理を読むことに長けている。だがしかし、味方と連合した経験がなさすぎる。

 むしろ味方もすべて操り、欺くべき敵と思っているところがある。それはある戦場では役に立つ性質ではあるが、この戦場はそうではない。なので『足並みをそろえる』ということには若干の不安が残る。


 その点ヨイチは地上から全体を冷静に見てペースをそろえることができる。

 七星家のような突破力、イバラキのような『ハマッた相手にはとことん有利』という、『圧倒的さ』はないが、堅実にして教科書通りの動きをするヨイチとそれに率いられた軍勢は、地上で梅雪とは違う角度から状況判断をするにはうってつけの軍であった。


 これを中央に配置し、南北のバランスをとらせる調整役にするかどうかも検討したが……

 梅雪は結果的に、ヨイチの軍勢を南に配置した。これは、調整役を任せればそれにヨイチは従順に従うだろうが、その立場が公式には『労役中の罪人』であるし、そのもともとの顔が『熚永家当主』であるから、イバラキも七星家も、このヨイチに進軍速度を指示されては従いにくかろうという配慮である。


「ヨイチから『それ以上』の報告はあるか?」


 梅雪が問いかける先には、機工甲冑をまとった忍軍の姿がある。

 忍軍は、


「『北に圧力をかけるか、まっすぐ西を目指すべきか、いかに』と」

「『西へ行け』と返事してやれ。他の軍は──俺が尻を叩いてやろう」


 梅雪が空で立ち上がる。


 ……その背後には、ウメ、アシュリーと、梅雪直属の兵どもがいる。


 三万人の軍勢のうち、たった三百名の梅雪直属。

 だがしかしこの直属兵、すべて梅雪がステータスを見ることのできる者どもである。


 帝内地域を支配する帝、その名代の直属としてはいかにも少ない。

 だがしかし、空より降りて戦場をかき乱すには充分以上の軍勢。


「中央、イバラキと当たっている軍勢の背後をくすぐってやる。……行くぞ」


 静かな号令とともに、ぎしりと空気が重々しくうなずく。


 氷邑梅雪がこの軍勢の勝利を疑っていない理由。

 そのうち大きな一つこそが、このシナツの加護を前提にした制空権。


 厳しい気候、砂嵐、砂賊どもが地形を知り尽くしているという不利。

 すべてすべて二次元的な戦いにおいてのみ気にすべきものである。


「いやはや、楽すぎて申し訳なくなるなァ? 飽きたら地上で蹴散らして遊ぶか」


 空中の足場が消え、梅雪らが降下する。


 剣士を含む三百人隊、砂漠で備える敵の背後に降り立つ。

 それは爆撃にも等しい、今、この時代、この世界においてすべての人々が不慣れな、上からの攻撃であった。

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