第205話 砂賊攻略戦 一
──マキビ君。
──どうして、マキビ君が犠牲にならなきゃいけないの?
──マキビ君に力があるから?
──違うよ■■■■ちゃん。
──オレは、犠牲になるんじゃない。
──それに、別にオレに力があるわけでもない。
──っていうか、オレは弱いんだ。すごく、弱い。でも……
──生まれは変えられなくても、生き方は変えられるからさ。
──オレは、この生き方を選ぶんだ。自分の意思でね。
◆
砂賊。
それは『砂賊』とひとまとめに呼ばれてはいても、出自も文化も、もちろんそれぞれが抱える『物語』も、バラバラの連中だ。
たとえばもともと中国地方で大名をやっていたが、帝の祖との戦いで滅び、砂漠に身を隠した者どもがいる。
たとえばもっと新しく、中国地方で覇を唱え始めた毛利家に反抗し、これに代わって中国の雄になろうとした結果、敗れて砂賊に堕ちた者もいる。
またあるいは中国地方でよく開く『異界の門』から流れ出てきた異世界人やその末裔どもである場合もあった。
今、イバラキの目の前にいる連中──
「誇りある者、我が前に立て! 一騎打ちを所望する!」
巨人である。
ただし関東平野にいたような、低くとも三メートルを超えるような、そういう巨人ではない。
太い手足、ぎっしりと備え付けた筋肉をさらすような服装。
そこに加えて緑色の皮膚を持ち、額からは角を生やした連中──
古い時代に怨異と言えばこういった連中を指した。
異世界においてはオーガと呼ばれた、そういう連中であった。
一方で向かい合うのは半鬼。
すっかりこのクサナギ大陸固有種の一つとして数えられるようになった鬼の血脈を宿す者であり、その小柄で子供のような肉体と、純正であれば太い四肢や発達した胴体、さらに額から生える角といった特徴を備える、そういう種族であった。
共通点がなくもない種族である。
それを目の前にして、イバラキは──
「ハッ」
鼻で笑う。
状況。
砂漠である。
鳥取砂漠は中国地方のほとんどを覆う砂の大地だ。
障害物や遮蔽物は時たま風化しきっていない岩や、異界産と思しき謎の金属建造物などがあるが、基本的には存在しない。
しかしながら砂のたっぷり混じった風が吹き続けて視界を塞ぎ、独特に連なった砂の丘陵は、その高低差で視界を塞ぐ。
そういった場所で、このあたりで最も高い丘陵に立ち、金棒を掲げて叫ぶのが、今、目の前にいる部族の長らしきオーガである。
イバラキは、岩陰に潜んでそいつを見て、喉を震わせた。
「馬鹿がよ。狙いやすい場所に頭が出てきやがって」
その傍に控えるのは、大柄な、しかしさすがにオーガには及ばない、イバラキの右腕……
長い髪を撫でつけてまともな格好をすると、どこか貴公子の雰囲気さえ漂う、トラクマという名の剣士である。
「……でもよ、イバラキ。あ、あ、あいつ、倒したら、まずそう、だぞ」
トラクマは口数が少なく、あまり言葉のうまくない男だ。
だからイバラキは、トラクマの言いたいことを整理し、「構わねぇよ」と述べた。
「確かにお前の言う通り、ああいう頭目を卑怯な手段で倒すと、敵が全員噴き上がる。一騎打ちの結果なら勝敗どちらでも受け入れるだろうが、卑怯な手段で殺されれば、一族全てが死兵と化すだろう」
基本的に部隊単位の戦闘は指揮官を倒せば相手がグダグダになって、勝利に近づく──
──というのは、きちんとした『軍』の話だ。
もともと戦術も何もなく、力と勢いで突き進むような『賊』が相手の場合、相手リーダーを倒そうがそもそも『指揮系統』なんていうお行儀のいいものも、『戦術』なんていうお利口なものもない。
だからリーダーを倒そうが倒すまいが、相手は『突っ込め!』と叫んで走ってくる。
そして現在残っている砂賊は、砂賊を糾合した『氾濫の主人』と戦い、その強さを認められた連中。つまり、『突っ込め!』ですべてをどうにかしてきた連中だと思うべきだ。
これの『一騎打ちを望む頭目』を『卑怯な(一騎打ち以外の)な手段』で倒した場合、敵の奮起を促す。
こういう連中の頭目というのはだいたい『その一族の中で一番強いヤツ』だが、果たして敵をすべて死兵にしてまで打ち取ることを優先するほど隔絶した使い手かと問われれば、首をひねる。
また、こういう連中は自分から言い出したことに誠実なので、一騎打ちで相手を倒せば、残る一族すべて大人しく負けを認めるだろう。結果的に、被害が少なく、そして素早く相手を降すことが可能になる、とも言える。
だからこそ、一騎打ちを望むのであれば、一騎打ちに応じるのが最も被害が少ない。
……と、いうのが、『この戦場』の話だ。
「だがな、この戦いは『中国地方西の砂漠に潜む砂賊ども』全部が敵だ。目の前のあいつだけが敵じゃねぇ。しかもこの戦いは緒戦で、ここからオレらの進撃が始まる。だからな──」
……その時、砂混じりの風でイバラキの表情が隠れる。
だが、わずかに見える口元だけで、震えあがるほど恐ろしい笑みを浮かべていることがわかってしまう。
「──惨たらしく殺す」
この戦いが占領戦であり、砂賊を味方につけるための戦いであれば、そういう方向の手段はとられない。
しかしやり方は『占領戦』であるが、求める結末は『殲滅』である。すべて殺すのだ。降ったあとの相手の心理など慮ってやる必要はない。
それどころか、
「ここで、オレらが何をしてくるかわからない、降っても許されない、まともに戦おうとしても取り合わない──『本隊に合流して、全軍で反抗しなければいけない相手』だってことをわからせてやらにゃならん。だから、あいつは生贄だ。……ハッ、いかにもちょうどいいじゃねぇか。まっすぐで、強くて、部下からの信頼もあつそうだ。ぐちゃぐちゃにしてやる」
「……」
「あとよぉ、気にいらねぇんだわ。『一騎打ち』? なんだ、その、こっちが応じなきゃ卑怯となじっても許されますよ、みたいな状況作りは? 自分勝手に決まりを作っておいて、こっちを従わせる? おいおい、そりゃあ──偉いオサムライ様と何が違うんだ?」
一騎打ちというのは、一騎打ちを強いる。
これに応じない者を軟弱、卑怯とそしる空気を作る。
──気に入らない。
やっていることは、自分が有利と信じるルールの強制だ。
だというのに『一騎打ち』という、いかにも武人の誉れみたいな言い回しをすることによって、自分の卑怯な思惑を隠し、それどころか、これが卑怯であると自身さえ気付かないようにしている、無意識の狡猾さ。
「オレらは弱い。恐らく、梅雪の部下で最弱の集団だろう」
イバラキの軍にはもちろん、氷邑家の兵もいる。
だがその中核は山賊団酒呑童子の生き残りである。
北方から攻めている七星家や、南方から攻めているヨイチ、もちろん遊撃のために戦場を俯瞰している梅雪直属にも敵わない。
平地で真正面からぶつかれば、敵わない。
「だが、一番勝つのはオレらだ。……トラクマ、お前、あのクソデカの馬鹿と話してこい」
「お、俺は、話を、するの、は……」
「だからいい。口下手なのはいかにも武人だ。お前が話すのを苦手にしてるのは、嘘じゃなくて本当だ。だから、お前が一人で出て行って、話をしようとするなら、相手は絶対に耳を傾ける。そういう雰囲気が隠せてねぇよ」
「……イバラキは?」
「話さない方がいい。お前は本気で一騎打ちの前に、……ハンッ。身の上でも話してやれ。酒呑童子であったことも隠さなくていいぞ。どうせ死ぬ相手だ。相手は必ず乗ってくる」
「わ、わかった」
トラクマが武骨な剣を持ち、敵オーガが待つ丘陵へと進んでいく。
イバラキは──
「……さて、クソデカ男、お前の死にざまを決めたぜ。誇りを懸けた一騎打ちの最中で、間抜けに落とし穴にハマッて死ぬ。そして──その死にざまに怒った連中、全員アホみたいな罠にかかって死ぬ」
トラクマに時間を稼がせ、注目を集めさせている間に、相手の周囲に落とし穴だのの罠を張る。
やることは単純。この程度を策と語れば、軍略知識に誇りを持つ者からは鼻で笑われるであろう。
だからいい。
イバラキの戦術は、氷邑家で軍略を学んだ上で、それにこだわらない。
綺麗な策を生み出す部隊運用などどうでもいい。必要なのは勝利であり、山という資源が乏しく、山賊団という複数のサムライどもからひっきりなしに攻められる身であるのだから、労力少なく、効率よく、相手を殺すのみ。
それに、自分たちの土地でいつの間にか掘られていた落とし穴にハマッて死ぬなんて、最高に無様で滑稽で笑える。
あり得ないと思うだろう。だから、かかる。
イバラキの戦いは己が弱い前提のものであった。
だが、心理を見抜き、性格を把握し、地元の者よりも深く早く地勢を理解する目を持つ。
かくして氷邑梅雪旗下軍一戦目、イバラキ対オーガども。
相手に怒りと恐怖を植え付ける勝利となった。