第204話 対砂賊戦略
「ようするに、『オアシスを奪えばいい』ということだ」
砂賊対策会議。
毛利家は巫女国家ではあるが、大名の一種でもある。
その本拠地であるイツクシマは幾重にも鳥居をくぐった先にある特殊な地ではあるが、城でもあるので、『評定の間』『当主の間』『軍議の間』などが存在する。
氷邑梅雪以下、帝の命を受けて中国地方の問題を解決に来た面々、その『首脳』に分類される者どもは、イツクシマの軍議室へ集っていた。
メンバーは梅雪、ウメ、アシュリー、イバラキ、七星家代表の侍大将彦一に、護衛も軍団指揮もオールマイティにやってのけるヨイチである。
なお、イツクシマの主人であるので毛利モトナリもおり、その最新の娘であり、主に陣頭指揮をとる役割のモトハルもこの場に存在する。
部屋の色合いは白と赤の巫女装束カラーであり、イツクシマはどこもかしこも紅白なので、どこに行っても微妙にめでたい感じがある。
軍議台もまた四角い台を対角線で分けるように紅白に染まっており、赤も白もじっと見ていると目が痛くなるほど鮮やかで、なんとも『家のカラーという表現はあるが、そういう意味じゃないよ』と言いたい気持ちにさせられる。
ともあれ、軍議の場で梅雪が首脳陣に告げるのは、このようなものであった。
「砂賊どもはオアシスがなければ生きられない。そして、オアシスの位置はある程度までわかっている。ということは、だ。オアシスを襲撃し奪っていくこと。これが砂賊殲滅に肝要となる。つまり──我らの中国地方での戦いは『陣取り合戦』となる」
目的は殲滅であり大将首である桜の殺害あるいは撃退だが、そのための動き方が陣取り合戦になる、という意味だ。
陣取り合戦とは何か?
読んで字の如く、『陣』をとる戦いである。
殲滅戦との違いは敵兵を必ずしも殺す必要はない、ということだ。つまり……
「イバラキ、献策せよ」
「『追い込んで逃がす』というやり方が使えます。『時』を重要視するならば、相手に逃げ道を作り、集め、最後にまとめて殺す戦略をとるべきでしょう」
イバラキが梅雪の言葉を引き継ぐ。
小柄な彼女には少々だけ高い軍議台に手をつき、長い棒を持ってそこに広げた地図を指す。
地図は中国地方のものであり、その中央から西エリアには、いくつもの小石があった。
イバラキは棒を使って小石を動かしていく。
「北にあるものには、北東から攻めかかる。中央にあるものには、東から攻めかかる。南にあるものには、南東から攻めかかる。そうして相手を西へ西へ逃がしていき、最後に最西端でまとめて撃破する──」
地図上の小石がまとめられ、西へ西へと追いやられていく。
「──理論上はそういった戦略をとるのが、もっとも時間的に猶予がある結果を出せるかと」
イバラキは楚々とした表情で語る。
梅雪はうなずき、たずねた。
「問題点を挙げよ」
「三正面作戦となります。人数はこちらの有利という様子ですが、地の利は確実に向こうにある。地勢を得た相手を打破するには、『勢い』『機転』『理解』の三つの要素が必要となり、三軍各部隊の将には、『土地勘のある相手がどう攻めてきても対応できる総合力』が求められます」
「利点を挙げよ」
「敵で脅威となるのは、『影』を生み出す『氾濫の主人』のみ。しかしこの脅威は『一人』であるため、二つ以上の場所には同時に存在できません。三方向から同時に連携して攻めかかることができれば、脅威である氾濫の主人のいない二つの戦場を楽に攻略することが可能です」
「注意点」
「この戦略を成すためには、北、中央、南に展開する三軍が侵攻速度を合わせる必要があります。相手を西に集めるため、東に抜けられないよう注意せねばならない。そのためには、三軍が均等に進み、相手が東へ抜ける隙を作らないよう注意して立ち回る必要があります」
「ゆえに、だ。殲滅にはこだわらず、むしろ相手を積極的に逃がせ。イバラキからいくつかの戦術を授けさせる。『敵を倒す』よりも、『敵が逃げる理由を作る』戦いをすべしと心得よ。さて」
梅雪は配下を見回し、
「まず一軍、北より攻めかかる役目は七星家援軍に任す。指揮官はもちろん、侍大将彦一だ。その勢いと武威で相手を威圧せよ。逃げ道以外を塞げば、震えあがった敵はすぐにでも逃げ出すであろう。……大江山でこの俺に手柄を譲られたと思うのであれば、挽回の機会をくれてやる。励めよ」
「承知ィ!」
彦一が握り拳で胸を叩く。
どん、という力強い音が軍議の間に響き渡った。
「そして南方から攻める役割はヨイチに任す」
「一つ、よろしいか」
「申してみよ」
「梨太郎はいかがなさいます? あれは、私と彦一様とで分けた相手。しかも、梅雪様を狙っている様子。このたびの侵攻においても、遭遇することはありうるでしょう。私か彦一様、どちらかはお傍に侍るべきかと存じますが」
「問題ない」
「御意」
説明が足りないにもほどがある。
しかしヨイチにはこれで充分であることを、梅雪は知っている。説明されていない問題点を指摘し、問題ないと主人が告げたならば、それを信じ、己の役割を遂行する──ヨイチにとっての『忠義』とは、そういったものであるからだ。
梅雪は視線をイバラキへ向ける。
「そして中央軍。指揮するのはお前だ、イバラキ」
「かしこまりました」
「え、じゃあご主人様はどこに行くんですか!?」
ここで声を発したのはアシュリーだった。
一時期性徴を挟んだせいでちょっと遠慮がちになったものの、最近は何かが吹っ切れたのか再び無遠慮なメスガキに戻っている。
梅雪がいない時に凍蛇(人間形態)と話している姿が目撃されているので、そこで何かのやりとりがあったのかもしれない。
梅雪は鼻を鳴らす。
「俺はすべての戦場を回り、遊撃と伝令を行う。部隊単位では、俺の直属が最も速い」
シナツの加護の力である。
今回、中国地方に入った軍勢は、言ってしまえばすべて梅雪の配下のようなものではある。
しかし全軍にシナツの加護が行き渡るというわけではないのだ。道中で確認したところ、どうにも梅雪を直属の上司だと認識している者たちにしか加護による速度補正は入らなかった。
たとえば七星家は直属の上司が彦一であり、その上に梅雪がいるという認識だ。
なので大江山で梅雪とともに戦った者ども、命を懸ける気概のある者どもでさえ、シナツの加護の対象外となっている。
一方で部隊長である彦一は直属の上司が梅雪という認識らしく、加護が入る。
部隊長たちは全員がそうなので、やはり『直属だと認識しているかどうか』が重要らしいものと思われた。
「ウメ、アシュリーは俺に付き従え。俺たちが行うのは基本的に『伝令』『遊撃』、特に『強敵に対する遊撃』だ。アシュリーは忍軍を使って先行偵察や先行伝令などを行え」
ウメの役割は言うまでもない。
梅雪の護衛であり、懐刀として強敵の首を刎ねる役割だ。
「鳥取砂漠は砂賊と地形、気候、さらに砂嵐まで起こる。そういった環境への対処方法を指導する役割として、各軍に少数の巫女部隊をモトナリ様より貸し出していただくこととなっている。……各々方。この氷邑梅雪は帝の名代としてここに在る。この戦いに敗北は許されん。各自が作戦目標を認識し、足並みをそろえて敵を西へ追い込み……」
梅雪の視線が、地図に注がれる。
そこでは、敵に見立てた小石が、中国地方の西端に集められていた。
梅雪はそれに対して風の道術を放つ。
小石が吹き飛び、蹴散らされた。
「……まとまったところを、吹き飛ばす。その際には奥の手を使うこともあろう。この戦略、それぞれが砂賊程度をものともしない戦力を持ち、逃亡し集まった砂賊兵力を真正面から叩き潰せる前提で成り立つ。それぞれの武力に期待する。──この俺に勝利を捧げよ」
彦一が大きな声で応じる。
一方でヨイチは静かに頭を下げながら承諾の声を発し、イバラキは黙ってニヤリと笑った。
梅雪は満足げに笑う。
「それでは蹂躙を始めよう」
砂賊攻略が、始まった。