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第203話 同衾

 氷邑(ひむら)梅雪(ばいせつ)の聞いた話は、『これまでまったく統一の気配がなかった砂賊(さぞく)どもがいきなり二か月ほどで統一された』『毛利家も何度か砂賊と戦ったが、黒い影のような兵が出てきた』ということだった。


 これにより梅雪視点でも砂賊の異常な糾合・統一の主犯は氾濫(スタンピード)の主人にして、熚永(ひつなが)平秀(ひらひで)の乱の時にあと一歩で取り逃した『主人公』──(さくら)であることが確定する。


 さて──


『時』が惜しい。


 こういう状況になると『とにかく、寝る間も惜しんで急ぐ』ということを人はしがちだ。

 しかしそれは効率が悪いのだ。『締め切りが明日、ここを全力で頑張らねば死ぬので、徹夜で終わらせる。その後になったら休める』というギリギリの追い込みの際には『休まず戦い抜く』というのが重要になるケースもある。

 しかしある程度の長期的計画、しかも個人で達成すべき計画ではなく、大勢をまとめて行う計画である場合、『休息しない』は効率と速度を落とす悪手である。


 指揮官としては『ギリギリの追い込み』という状況を避けるために注力すべきであり、それでも最終的には命と労力を振り絞った追い込みをする必要性が生じる可能性に備える。だからこそ休むし、休ませる。そういう配慮が必要になる。


 だから、梅雪がその日、毛利においてモトナリと会談した夜に選んだ行動は、『休息』であった。


 超級巫女の国家である毛利家。その本拠地イツクシマ。

 いくつもの鳥居によって隠された神域であるこの神社には、多くの者が逗留できるだけの広さが十分にあった。


 兵卒たちは兵卒らしい、指揮官は指揮官らしい、そして梅雪とその子飼いは、それらしい部屋を与えられた。

 これも毛利モトナリの配慮ゆえである。


 そして梅雪に与えられた部屋には、


「さぁおいでなさい梅雪殿。祖母が子守唄を歌ってあげましょうね」


 なぜか毛利モトナリが備え付けられていた。


(…………いや、なぜ???)


 正直なところ、この日は軍団を率いての長距離移動をしたうえ、梨太郎(なしたろう)からの襲撃もあり、あと目の前の毛利モトナリとのやりとりで疲れ果てていた。

 そこで仕事を終えて休むべき部屋として案内された場所に、なんか金髪の狐耳巫女がいる。

 さすがに梅雪をして情報のオーバーフローが起きていた。


(なんだ? 実はおちょくられているのか? いやしかし、どうにもこいつ、〝ガチ〟な気配しかないぞ……?)


 白と赤を基調とした部屋である。

 通常、普通に寝室として使う部屋はここまで派手なカラーリングにはならないと思うのだが、なんらかの儀式場めいたものを感じさせる色合いの部屋は畳敷きであり、二枚の布団が敷いてあり、他にはイツクシマ名物の『きつねのお手てまんじゅう』が置いてあり、お茶セットがある。

 イツクシマの美しい水辺の景色を一望できる高さにあるこの場所には、安楽椅子を備えた『例の空間』などもあり、老舗の旅館を思わせる一室になっていた。


 その部屋で狐耳の巫女さんが出迎えてくれる。一体どういうサービスなんだ、と思う様子であった。


 その巫女さんが毛利モトナリ本人でなければ、『ああ、年頃の男性に対するそういうサービスか』と思うところなのだが、残念ながらあの狐耳と狐尻尾は言い訳のしようもなく毛利モトナリ本人であった。


 そして別に娼婦的なことをしようという気配もなく、布団に横になってぽんぽんと隣の布団を叩く様子など、完全に『孫を寝かしつけようとしている』という様子以外の何物でもないのだ。


 改めて梅雪は思う。


(……………………いや………………なぜ………………???)


 なんでこんなに孫扱いされるのかさっぱり心当たりがない。

『中の人』の知識にも、毛利モトナリが接触した者をすべて孫認定する愉快なキャラであるという情報はなかった。

 ゲーム剣桜鬼譚(けんおうきたん)におけるモトナリは、力ある国家の主人として、頻発する『異界』および『砂賊』の脅威に一心に対応している人ではあるが、言っちゃ悪いが個性が薄く、狐耳ロリババア巫女(言うほどロリではない)というのもなんかこう、よく見るよね……みたいなキャラクターなのである。


 しかしこの孫に対するフルスロットルぶり。


 ただの頭のおかしなロリババアなのか、という疑いが梅雪の中でいよいよふくらみきって、撤回の余地もなさそうな感じになってくる。


 しかし、


「お布団に入って──椿(つばき)の話をいたしましょう」


 ……その名は。

 椿という、名は。


 梅雪の、今は亡き母の名である。


 毛利家の縁者だという話は梅雪も知っていた。

 だが、『知っていた』に留まるのだ。……氷邑家は言うまでもなく名門である。毛利家も、特別な存在感と力を持ち、帝および御三家と並ぶとさえ言われるほどの力ある名家だ。


 その名家と名家の縁談だというのに、力ある二つの家をつなぐはずの一粒種であるはずの梅雪が、ほとんど毛利家とかかわりない人生を送ってきた。

 ……母の椿と毛利家との関係性の悪さが透けて見えるようではないか。


 そのモトナリが、部屋に忍び込んでまで、その話をしようと言う。


 梅雪は、周囲をうかがった。

 ……今はウメもそばにつけていない。二人ともそろそろ年頃なので、出かけた先で同室でいると『帝の名代としての出征なのに女を侍らせてお部屋で仲良しですか』といういちゃもんをつけられかねない──というか、巫女国家での逗留なので、梅雪の方があまりそういうイメージをつけないよう巫女にアピールする目的で部屋を離した。

 自分に無礼ではない者に対しては割とちゃんと気遣いをする梅雪である。


 まぁ、なんか部屋に狐耳巫女が布団に入ってスタンバイしている時点でいらん気遣いだった可能性も出てきているが……


 ともあれ。


「母の話を、聞かせていただけるのですか」


 梅雪は気を引き締めた。


 モトナリは優しく微笑み、布団をぽんぽんと叩く。


「梅雪殿、いらっしゃい」

「……座ってするわけにはいかぬ話なのでしょうか」

「いらっしゃい」


 ここで梅雪に強い葛藤があったのは言うまでもない。

 母の話はめちゃくちゃ聞きたいのだが、そのために毛利モトナリに添い寝させるというのは、果たして天秤のつり合いがとれているのかどうか迷ったのだ。


 毛利モトナリは若く美しい見た目の優しい女性なのだが、いきなり孫扱いしてきて用意された部屋の布団でスタンバイしている女は怪しすぎるので、出来うる限り物理・精神双方で距離をとりたい心情が働いている。

 だがしかし、母の話……


(……父も、まともに母の話はしてくれない。詳しい話題を避けているというか──)


 秘すべき事実があって情報を出さない、というよりも。

 父が、母についてなかなか語らないのは……


(──まだ、死を受け入れられていないのだろうな)


 あの父も、人間だから。

 ……それも、特別、家族への情が深い人間だから。


 だから語れないのだ。

 言葉にして思い出を語ってしまうと、一緒にあふれ出すものがあまりにも多すぎて。口を開くことが、出来ないのだ。


(……ここで聞くしかないか)


 梅雪は覚悟を決めて、警戒する小動物のような足取りで布団へと向かった。


 モトナリは優しく微笑み、横になった梅雪に布団をかけると、その体をぽんぽんと優しくたたき始めた。

 右側を下にするように横になった(右利きの者が右側を下にするように眠るのは武家の儀礼の一つである。こうすると不意の襲撃の際も、左腕を犠牲にし、無事な右腕で反撃が可能となる)梅雪の正面に、モトナリの優しい顔がある。


 人んちの布団で狐耳巫女と向かい合って寝ているこの状況、俯瞰すると混乱しそうなので、梅雪はつとめて真剣な顔で、モトナリの話に集中することにした。

 真顔で布団に寝っ転がって体をぽんぽんされながら狐耳巫女と向かい合っている身長百七十センチ十三歳の少年が出来上がっており、その状況は俯瞰した者すべてに混乱を強いるものではあるのだが、梅雪は考えないようにする。


 モトナリは、


「椿は、わらわの直系の女でした」


 本当に、語り始めた。

 梅雪と同衾するための狡猾な嘘というわけではなかったらしい。

 やはり『どうして同衾しないと語ってくれないんですか?』という特大のノイズがあるのだが、これは気にしてはいけないものとする。


「わらわの子孫は多いのですが──」ゲームにおいても、モトナリの子孫という出自のキャラクターは多い。公式の経産婦狐耳ロリババア巫女なのだ。「──椿はその中でも、血縁が近い。孫か、そのまた孫か、そのぐらいの縁があるのです」


 ……毛利モトナリは二千年の時を過ごした女だとされている。


 まだ帝の祖さえ生まれていない。そのまた祖が家を興してさえいない。そういう時代に、むき出しの『異界の脅威』と戦った女なのである。

 それがなぜ、不老不死──不老であるかと言えば。


「わらわは、過去に神と契約を交わし、『異界』に対抗する力を得る代わりに、『死の自由』を奪われたのです。ですが、産む自由は奪われませなんだ。ですからもう、その時代その時代、素敵な殿方と」

「その話は必要でしょうか」

「……失礼。ともあれ、梅雪殿の母である椿は、わらわの直系。確実に直系と言えるぐらいに新しい、直系の子孫なのです。であるから、梅雪殿にも、わらわに近い縁を感じております」

「……」

「このたび、帝の名代ということで梅雪殿がいらっしゃると知った時には、大変嬉しく感じました。……同時に、申し訳なくも感じておりました。何せ……椿は一度、毛利家との縁を切られております。そうして、その決定をし……病弱であった椿に苦労を強いて、あるいはその寿命を縮めたのは、わらわであるからです」

「母は、どういった病気だったのですか?」

「『海異(かいい)』の呪いを受けておりました」


 海異──


 梅雪は大江山(おおえやま)において、大辺(おおべ)と戦ったことがある。

 その時に大辺が操っていたモノども。降ろした神。それらが『海異』と呼ばれるモノである。


 これらはクサナギ大陸にとって外なるモノ、外なる神。

 これらの目的は『地上を海に還すこと』。『地上というのは本来海の一部であり、これを海に再び沈めること』を目指して地上侵攻を繰り返す、異常なるモノどもなのだ。


「……呪い、というのは?」

「そも、彼女の両親は、その片方が海神(かいしん)の信徒であり……椿は、その信徒が、わらわの直系の者をさらって儀式を行い、その果てに産ませたモノなのです」


 ゲーム知識になるが──

 海神の信徒というのは、海神の力を借りるたび、海神に処女を捧げ、凌辱させる。

 それを以て『儀式』などとうそぶくおぞましき連中だ。


 それはいわゆるところの触手プレイ、あくまでも化け物に凌辱させるといった手段である、はずだった。

 ……だが。いたのだろう。

 海神に捧げた女をつまみ食いする者も。


「………………」

「……家族がそのような出自であるというのを聞かされるのは、なかなか、つらいものだと思います。ですが、言っておかねばなりませんでした。これを避けて語っては、問題への認識がぶれるのです。……落ち着くまで、祖母が抱きしめてあげましょう」

「……祖母ではないので結構です。続きを、お願いします」

「……海神と、その信徒に凌辱を受けた母の胎から生まれた椿は、生まれつき、その身に異海を宿しておりました。それは、彼女が長じるにつれ、彼女の中で広がっていった──具体的には、肺の中に海があったのです。彼女の呼吸は、いずれ海水によって止まると、早いうちに知れたのです」

「……」

「イツクシマの巫女たちは、異界を倒す使命を負っています。……それは、『海』も対象外ではありません。椿はその身に海を宿していた。だから、早い段階で殺されるはずの子でした」

「……それを、放逐したと?」

「当時の扱いをそのまま語るのであれば、『殺された』ということにはなっています。しかし、実際には、『殺そうとした者をあざむき、逃げた。それが後年になって発覚したので、絶縁扱いとした』」


 赤子のうちに殺そうとした──という話だったはずだ。

 つまりモトナリの語ったことが真実であれば、『赤子が、自分を殺そうとした者をあざむいて逃げた』ということになり、これは誰が聞いてもおかしな話である。


 つまり、『そういうこと』にして守ったのだ。

 椿の命を。そして、毛利家の……


「異界を許さぬ我らは、そういう体裁で生まれたばかりの赤子を放り出すしかなかった。そして、隠して育て……ある程度自力で生きられる年齢になったあと、完全に中国(なかくに)地方から追い出し、二度と戻らぬようにと言い含めました。肺に呼吸不全を抱えた子を、放り出したのです」

「……しかし、母は生きた」

「その際に気を利かせた者がおりました。……曲直瀬(まなせ)という医師をご存じですね?」

「はい。名医であると。私は直接お目にかかったことはありませんが」

「かの騎兵医師に、治療を願い出て、椿を預けたのです。……そして成長した椿は、氷邑銀雪(ぎんせつ)殿と結ばれ、あなたという子を産んだ」

「……」

「銀雪殿と出会ってからの椿の様子は、銀雪殿の口から聞くべきでしょう。……その際に、名門氷邑家の相手として、『後ろ盾も家柄もない女』はふさわしくないということで、銀雪殿がかなり頑張って、椿を毛利家縁者に戻したと聞いています。銀雪殿も、この場にいれば頭を撫でて差し上げたいのですが……」


 いつの間にか、モトナリの手は梅雪の銀髪を梳くように撫でていた。


 あまりにも自然に撫でられているもので、梅雪はこれにしばらく気付けなかった。

 ……気付いてしまうと、


「……失礼」


 目に、涙が浮かんできた。

 心の中の堅い棘が解けて、ジワリと目から溢れ出すような涙だった。

 止められなかった。梅雪は、目をこする。


 モトナリが優しく笑う。


「そのように目をこすると、赤くなってしまいますよ。梅雪殿、これをお使いなさい」


 柔らかな布を渡される。

 ほのかにぬくもるその布を受け取り、梅雪は目元を抑えた。


 いい香りのする布の向こうで、モトナリが言葉を続ける。


「クサナギ大陸に住まうあらゆる者は、我が子、我が孫のようだと思っております。けれど……あなたはその中でも特別なのです。一度は死んだことにし、放逐した子。つらい生まれの子が、つないだ命なのです。これを特別に愛おしく思わぬことは、わらわには、難しい。すべてがかわいい子──とはいえ、血の繋がった孫というのはやはり、特別にかわいいものなのですから」

「……」

「あなたの母は、強い子でした。……あなたも、強い子なのですね」

「……私は」


 梅雪は、口から勝手に言葉が漏れるような感覚を覚えた。

 止められない。いや、止めようという気が、起きない。

 むしろ望んで、声を発してしまう。


「……私は、強くありません。この弱さゆえに、私は大変なことをしでかし……早くに死ぬ運命にありました」

「……」

「強くない。だから、私は、強さを志しています。私は……強く生まれなかった。強く生まれたいと思っていた。でも、どう生まれたかは変えられなかった。だから、『どうして自分を強く生まなかったんだ』と、運命を責め、周囲に当たり散らした。けれど」

「……ふふ」

「……生まれは変えられない。変えられるのは、生き方だけだと、気付きました」


 梅雪は布を目から離す。

 すでに、涙はない。

 ただ目の充血が残滓として残るのみである。


「私は最強ではない。だから、最強を目指します」

「立派なことです。祖母は嬉しく思います」


 梅雪はモトナリの言葉を否定せず、「ありがとうございます」と述べた。


「さあ、お眠りなさい梅雪殿。あなたと離れていた時間を、祖母に埋めさせてください」


 一瞬、冷静な部分が『このまま眠るのか、本当に?』と疑問を呈したが……


 疲労と安らかな気持ちが、梅雪に抵抗をあきらめさせた。


 目を閉じる。

 入眠はあまりにも早く、ほとんど意識せぬまま、梅雪は寝入ってしまった。


 モトナリは梅雪の頭を優しく撫で……


「……『生まれは変えられない。変えられるのは生き方だけ』ですか。……まさか、あなたと同じことを言う子が生まれるとは」


 そして、どこかに向けて、


「……マキビ君。あなたの役目、あるいは、この子が終わらせてくれるやもしれませんよ」


 古い馴染みに、声をかけた。

 ……すべてを失い戦い続ける、古い──大事な人に。

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