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第202話 歩みの始まり

 ……最初は、『水を求めて』だった。


 アマゴ族のオアシスを台無しにしてしまった(さくら)は、その償いをするために、他の砂賊(さぞく)のオアシスから水をもらうことにしたのだ。


 桜に倫理観や常識などというものはない。

 ただただ、最初に出会った者たちのために動くだけの者。だから、『ないなら、奪おう』と思うまでにそう時間はかからなかった。


 桜は未だ大怪我を負っていて、剣士としての力を振るうことはできない状態だった。

 しかし償いはしなければならない。願いは叶えなければならない。最初に出会ったアマゴ族が水を求めているならばそれを獲得する。その途中で死んだとてまあいいやというだけの話。


 だから、桜は命懸けで戦った。


 死を恐れはしないが、積極的に死を望むわけでもない。

 戦いの中であれば死なないように工夫し、使えるものすべてを使って戦い抜く。


 剣を使えない状態での戦いは、指揮官としての桜の才覚を開花させ……


 異界の神威(かむい)の用法を桜に学ばせた。


 自らの神威での蘇生・治癒ができる桜の怪我が完治するまで、二週間ほどが必要だった。


 これこそが誓願のこもった一矢による一撃の効果。

 ほぼ無限の蘇生・治癒を可能とする桜をして、剣を振るまでに二週間もの時間を必要とした。


 その制限のある状況の中、桜はアマゴ族とともに、怪我をした体をおして戦った。

 その姿は、たとえ桜の中身がどうあれ、人の心を打つ。


 また、実際にアマゴ族には『力』が必要だった。

 桜はアマゴ族に足りないものを提供し続けた。その結果──


「桜! 果物を喰え!」


 ──アマゴ族の長シカノに、すさまじく懐かれた。


 この時すでにアマゴ族は桜の力によって七つの砂賊を糾合し、巨大な砂賊のうち一つに分類されるようになっていた。

 今日の水を細々と飲みながら、異界の神威の影響を受けて魔獣となった獲物を狩って日々を生きるだけだったアマゴ族。その決して叶うことはないのではないかと思われた悲願に、手が届くと思うところまできている。


 シカノは七難八苦を与えたまえ! とよく叫ぶが、別に本気で七難八苦が欲しいわけではない。

 ただ彼女の人生には、ままならないこと、予定外の被害が多すぎた。そのためただ不幸を嘆くだけでは気分がどこまでも沈んでしまうので、自ら望んでこの苦難を呼び寄せ、これを超えることで成長の糧とし、目標達成に近づいている気分を味わうことにした。これが『七難八苦を与えたまえ』という言葉の生まれた背景である。


 なので目標にだんだんと迫っている実感が得られる日々はとても喜ばしいものであり、その力となってくれている桜に懐かない理由はないのだ。


 ……これはゲームにおいて『主人公』が、魔境のまつろわぬ民たちの心を得たのと同じ流れである。


 無私にして人のために命を懸け、力を捧げて他者の目的のために奉仕する。

 そのような者が傷つき、命を振り絞っている様子は、心を打つ。

 ……実際には、中身もなく、命や痛みにさえ興味がなく、ただ言われたことをし続ける以外の生き方を知らない『共犯者』であるが、まさかそんな人格が『自分のために頑張ってくれている人』にあると思う者はいない。


 桜は真実、無私である。

 真実、他者のために命を懸け、痛みを恐れず、進み続ける。


 それゆえに、主人公。弱者の心を打つ美しき者であり、苦境の中に文字通り降って湧いた唯一の希望なのだ。


 そういうわけでシカノは、ぐいぐいと桜に果物を押し付けている。


 梨である。


 鳥取砂漠にはまれに梨が生っている場所がある。

 この梨は砂漠の少ない水分を吸いながら実ったものであり、甘さがあり、みずみずしく、砂漠をさまよう者にとって無二のごちそうだ。果実は純白でしゃりしゃりと歯ごたえがあり、なんとなく粒の大きな感触というのか、口の中でとろけるのではなく、噛めば噛むほど無数の果実に分裂していくような、そういう不思議なうまさがある。

 また、食べると寿命が十年延びるなどという迷信もある、『神仙の果実』であった。


 アマゴ族の新しいテントの中で、桜の膝の上に頭をのっけてごろごろしながら、桜のほっぺたに梨を押し付けるようにするシカノの様子は、どこからどう見ても完全に懐いていた。親戚のお姉ちゃんに甘える幼女そのものである。


 桜は苦笑を浮かべながら「シカノが食べなよ」と応じる。

 この二人の関係は二週間ですっかり気安くなっていた。

 それはシカノが懐いたからというのもあるが、二人して死を賭して砂漠で戦い続けたゆえのものでもあった。


 そんな、仲睦まじい光景……


 桜はふと思いついたという様子で、問いかける。


「ねぇ、シカノ。シカノは、どこまで行きたい?」


 ……その問いかけが、天性の共犯者の進む先を示す、契約めいたものであるなどと、シカノはおろか、他の誰にもわかるはずがない。


 シカノは、真剣な顔をして、真っ白な眉を逆立てる。


「もちろん、毛利に復讐し、アマゴ家を再興するまで!」

「……シカノにとって、アマゴ家は本当に大事なんだね。……アマゴ家? アマゴ族じゃなくて?」

「もともとアマゴ家は武家だったんだ! だからな、毛利を倒したら、イツクシマを本拠地にして、武家になる! そんでそんで、アマゴ家が──天下を統一するんだ!」

「帝と戦う、っていうこと?」

「帝だって倒せる! アマゴ家は本当に強いんだぞ!」

「ふぅん、そっか」

「信じてないな!?」

「ううん。信じてるよ。──シカノ」


 桜が優しくシカノの白髪を撫でる。

 本当に、本当に、優しい笑みだった。

 言葉の調子は軽く、雰囲気だって、日常の会話をする時と変わらない。


 ……剣聖シンコウが見抜いた通り。

 桜は、どのような状況でも変わらない。茶をやらせようが、人を斬らせようが、『このまま』だ。

『このまま』、


「必ず、天下を統一しようね」


 決して曲げぬ誓いを口にする。

 命と人生を賭し、すべてを巻き込んでも、誰を害しても、絶対に止めない歩みを宣言する。


「ああ! 絶対だぞ!」


 対するシカノは、本気ではあった。

 けれど、それが不可能な目標であるとわかるぐらいには常識があった。彼女はアマゴ家の忠臣なのだ。主家が天下を統一すればこれほどいいことはないと思っているのは真実。そのために活動することにも迷いはない。

 ……迷いはない、つもりでいる。

 だが、『何を犠牲にしてでも』というほどの覚悟はなかった。……特に、仲間をすり潰してでも進み続ける覚悟などは、この幼い少女には、なかった。そんな覚悟をするほど重大な約束が交わされたことも、わかっていなかった。


 ……かくして、約束は交わされ、共犯者は歩み始める。


 手始めに、この後、鳥取砂漠の砂賊どもが残らず糾合されることになるのだが──


 それが『手始め』でしかないことも、それ以前に、まさか砂賊すべてを統一することになることさえ、この時のシカノは想像さえしていなかった。

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― 新着の感想 ―
元から自分の無い無私に、力がついてるとなんて厄介なものになるやら……そして内面描写が無ければ、それなりに感動的な一幕になっちまうのがまた何ともはや……。
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