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第193話 熚永平秀の乱・戦後処理 一

 熚永(ひつなが)平秀(ひらひで)の乱終結から、一週間後。


 氷邑(ひむら)梅雪(ばいせつ)は、報告をまとめ終え、「ふん」と鼻を鳴らす。


 まずは熚永家について。

 帝からの正式な沙汰によって、熚永家はお取り潰しとなった。

夕山神名火命ゆうやまかむなびのみことからの嘆願』ということで熚永本邸にのんびり残っていた者どもの命まではとられなかったわけだが、ぶっちゃけるとこれは梅雪の指示である。

 色々理由はあるが、夕山も帝も、想定通りの働きをしてくれた、と言える。

 ……ある意味で帝を氷邑家の傀儡にするかのごとき行為ではあるので、熚永家の義憤、実のところ、さほど的を外してもいない。

 すべて終わってみれば憐れでさえある。アカリとかいうのがやらかさなければ、普通に存続していたであろうし、帝の属国としては活躍できたであろう。

 まぁ、ゲームの剣桜鬼譚(けんおうきたん)でも、アカリはクーデターを成功させて家をとっているので、この世界の未来に『昔のままの熚永家』というものは、どうあっても存在できなかったのかもしれない。


『主人公』について。

 ルウによると、性別が変わっていたらしい。

 ゲームだと『まぁ主人公の性別はスマホゲーなら可変式でも珍しくないし……』という感じでスルーするのだが、ここはゲームではなく現実。で、あれば性別が変わっていたことにも、なんらかの理由がある可能性がある。

 ただ、ルウの魂の同定力を信じるならば『主人公』で間違いはないようだし、あの覚醒イベントも『師匠を殺されたあとに起こるもの』である。

 なので、(さくら)氾濫(スタンピード)の主人であり、ルウのご主人様であるのも間違いない。性別が変わっていた理由は不明で、ことによっては探求の必要性があるかもしれない。


 その『主人公』は、結局、逃がしてしまった。


 離脱の一瞬、熚永平秀の神威(かむい)矢は確かに()たった。

 ……それは桜の体を貫き、重傷を負わせたのだ。


 神威ある限り死なない妖魔たる存在になっていたあいつを……

 死霊術師(ネクロマンサー)としてある程度の死や傷を覆すあいつを、貫き、致命傷を負わせた。


 なんらかの覚悟や誓願の乗った言葉・行動というのは、術や理を超えて現象を起こす、という事例がいくらかある。

 あの時、熚永平秀が放った矢も、そういうものなのかもしれない。


 それか致命の傷を負わせたようにしか見えなかったが、あのあと普通に治癒されている。


 何にせよ、桜が発見されるまで真相は闇の中だ。

 神威が棚引く様子を見たところ、どうにも西側に行ったようなので、西にあるどっかの海に落ちて溺れ死んでてくれないかなと思う一方、そのまま死なれていてもそれはそれで悔しいので……


(桜、今度こそ、貴様は俺が殺す)


 ……もはや、『ゲームにおいて自分からすべてを奪った罪』ではない。

 あの剣聖の志を継ぎ、借り物の信念で、恨みもないが、とりあえず殺すというあの態度、普通に万死に値する侮辱である。


 今、この世界でここまで生きた氷邑梅雪が、今、この世界で戦った、桜を殺す。

『主人公』ではなく、桜を。


 ……細々とした事後処理が必要な問題はまだあるが。

 それよりも重大な報告を持ってきた者が、目の前にいる。


 当主の間。

 そこで梅雪は、いかにも魔王然とした椅子(デザイン 夕山)に腰かけ、対面に座る男を見ていた。


銀雪(ぎんせつ)


 氷邑銀雪──

 父である。しかし、前当主である。


 プライベートな空間ならまだしも、当主の間は仕事の場所。

 たとえ父親であろうとも、家の主人となった者が家中の他の者にへりくだるような様子を見せてはならないため、当主としての仕事中、先代のことは名前で呼び捨てるのが普通である。


 銀雪も「は」と頭を下げたまま応じる。

 ただし、現在の当主の間、かなり洋風の内装になっているため、以前までのような儀礼がそのまま適用できない。

 なので目の前でローテーブルを挟んで椅子に腰かけたまま、膝に手をついて腰を曲げて頭を下げるといった姿勢で代用している。


 梅雪は「(おもて)を上げよ」と述べて会話をしやすくし、


「『イワナガ』であったか。屋敷の惨状の原因である襲撃者は」


 氷邑本邸、崩壊している。


 現在いる当主の間、実は『離れ』に作らせた場所であり、本邸は地震と台風が同時に来たかのようなめちゃくちゃっぷりである。

 銀雪が全力で振るった剣の衝撃は地下深くまでダメージを与えて地面を液状化させ、古い家屋は吹き飛んだり潰れたりとすさまじい有様であった。


 まぁ全部熚永家のせいにして、熚永家の『最期の抵抗』の激しさを示してやる代わりに、残った熚永家の財産はすべて補填にあてるといった事後処理にしたので、収支だけで言えばプラス、ただし氷邑家本邸は歴史ある家屋なので、考古学的な見地から言えば取り返しのつかない損害、といったところか。

 夕山がなんか改装に超乗り気なので、数か月もすれば帝と氷邑家と、あと七星家のマンパワーによって魔王城とか建てられる可能性がある。

 ただ夕山にはこだわりというか、変な基準がありそうなので、もうわかんねぇから全部任すわ、ぐらいの感じである。


 ……ともかく。


 イワナガ。


「名前は、聞いたことがある」


 梅雪はこの名を持つ者を二者、知っている。


 言うまでもなく、日本神話における石長比売(いわながひめ)である。

 日本神話において木花之佐久夜毘売(このはなさくやひめ)の姉として登場する。

 恐らく神話について詳しくない人も、『木花之佐久夜毘売と石長比売という姉妹を嫁にもらった邇邇芸命(ににぎのみこと)が、石長比売は醜いからいらなーいと突き返したところ、二人の姉妹の親である大山津見神(おおやまつみ)がキレて「イワナガをあげたのはねぇ! アンタが永遠のものになるようにって願いをかけてのことなんだよ! それを突き返すとは何事か! 花のように短く生きて死ねェ!」と述べたエピソード』はなんとなく聞き覚えがあるのではなかろうか?


 そしてもう一方は、この神話を元ネタにしたのだろう、ニニギと神器関連の登場人物として……


(確か……うむ、名前は聞いたことがある。聞いたことがあるのは本当だが……)


 一行だけ登場した名前である。


 剣桜鬼譚、ニニギ関連エピソードがあまりにも『なんかあるらしい』ぐらいの量しかなく、全然わからない。

 銀雪が遭遇したイワナガは『サクヤの妹で、ニニギを相手に姉と恋のさや当てをして負けた、負けヒロイン』『姉とニニギの子である神器たちを憎んでおり、関係者一同抹殺する勢い』『なんか知らんが無敵』という者であったらしい。


(原作プレイ勢が何も知らんキャラクターを出すなァ!)


 アニメで初めて明らかになって原作未プレイ勢と原作プレイ勢がともに『何それ、知らん。原作プレイのみなさん、知ってる?』『何それ、知らん……』みたいになること、わりと多い。


(もしやブラウザ版では掘り下げがあったのか!? くそ、何もわからん!)


 一応攻略サイトとタイムライン受動喫煙はしていたものの、イワナガについての言及は見当たらなかったので、たぶん敵とかヒロインとかとしての登場はしていないのだろう。


(ブラウザ版、ニニギの掘り下げ方向にシナリオが進んでいくのか? ……まぁ、知らぬものを推測しても仕方ない、か)


 何より重要なのは、


「そのイワナガは『予言』として、『お前は数年後、息子を殺すだろう』と述べた──そうだな?」

「はい」

「で、どうする?」

「暇を、いただきたく存じます」

「なんのために?」

「イワナガなる者の手がかりを探り、やつを殺すために」

「ならば、よかろう」

「ありがたく」

「ここで『傍にいては殺してしまうかもしれないので、離れる』などと言われれば、何をしてでも留め置くつもりであった」

「でしょうな」

「銀雪。俺は死なぬと誓おう」

「……」

「だから、安心して行ってこい。……お帰りをお待ちしております、父上。はるも、その母も、お任せください」


 奇しくもそれは、氷邑梅雪の三年に渡る武者修行とまったく逆の立場で放たれた、同じ言葉であった。


 銀雪はただ黙って、頭を下げる。

 深く、長く、長く、長く。


 頭を下げ続けて──


 顔を上げた時、銀雪は、笑みを浮かべていた。


「……梅雪。お前を殺すという予言、不吉なものかとも思ったが、もしやこれは、祝福でもあるのかもしれぬ」

「と、申されますと?」


 梅雪が言葉を崩したことで、『当主と家臣の会話』は終わり、『親と子の会話』が始まっている。


 銀雪は、楽し気に肩を揺らし、笑う。


「お前は家族だ。愛しき息子だ。それを殺すなどとんでもない。だが……私は、剣客でもあったらしい」

「……」

「最近のお前を見ていると、戦ってみたいという欲求が、わくことがある。……恐らく、まだ、私はお前に勝てるだろう。全力の殺し合いであれば、お前に準備をさせずに殺すことは、可能……というより、その目は高いであろう」

「……はい」

「だが、こたびの戦いでまた大きくなったな、梅雪」

「……」

「思えば私は、力が強すぎ、あらゆるものを壊すのを恐れるあまり、何もしないよう努めてきた。……その反動が来ているのかな。力を振るうことが、楽しいと──皮肉にも、イワナガの襲撃によって、少しばかり思えてしまった」

「すなわち」


 梅雪が凶悪に笑む。


「父上は、私を──全力で戦うに足る相手だと、そう認めてくださる、ということでしょうか?」

「もう少しだね。まだ、我慢ができる。だが……いずれお前は、私が全力で立ち向かっても、及ぶかわからぬ力を手にするのだろう」

「……」

「そう考えると、イワナガの予言は祝福でもあるとは言えないか?」

「確かに。……実際に、父上が私に斬りかかった時には、そうですね……優しく転がして差し上げましょう」

「それは──うん、負けられないな」


 親子は笑った。

 好敵手のように、笑い合った。


 梅雪は「さて」と真面目な顔に戻り、


「銀雪、戻って良いぞ」

「は」

「私は……」


 フッ、と鼻で笑い、


「落ち武者の様子でも、見に行くとしようか」


 事後処理の、最後かつもっとも面倒なものへ、挑むことにした。


 どこの者とも知れぬ暴徒どもの、処理へと。

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