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第19話 愛神光流

 客観的な視点から語れば、主人公に氷邑(ひむら)家を攻めるよう指示したのは剣聖シンコウである。


 主人公はそもそも『魔境』の環境で生きていくことの厳しさを思い知り、そこで暮らす恩人たちを救いたいという志を持っていたに過ぎない。

 だが、世の中は戦国乱世。『魔境』の外はほぼ余すところなく誰か大名家の持ち物であり、『魔境』に追いやられるような者たちはみな、事情があって大名家の領地で暮らすことなど出来ようもない。

 そういう時にささやくのが、主人公に剣術を仕込んだ師匠であるシンコウだ。


『悪しき者が治める領地があります』


 ……シンコウは、なぜ、氷邑家を『悪』と断じたのか?

 奴隷に酷い仕打ちをした氷邑梅雪(ばいせつ)が当主となっていたから?

 たったそれだけで、多数の領民と兵士を抱えた大名家に、まつろわぬ民しか率いることが出来ない、記憶喪失の青年を(そそのか)してまで攻め入るのか?

 シンコウはそこまで視野狭窄の女だったのか?


 それとも……『ゲームだから』?

 主人公が気持ちよくなるための生贄として設定された氷邑家。そこに誘導するのは気持ちいいから気にされない。

 ゲームにおける氷邑梅雪は間違いなく現代人的価値観から言って悪党であり、名門ではあるが家臣が離れて弱体化しており、その領地にはチュートリアルに最適かつずっと腐ることのない性能の『シナツの加護』を授けてくれる迷宮があるし、領内探索では最強の防御性能を誇る騎兵である阿修羅(あしゅら)も発見出来る。


 確かにゲーム的には始めたばかりのプレイヤーに倒してもらいたい、おいしい領地だ。

 だが、この世界のシンコウのモチベーションは……


(美しい子でしたね)


 シンコウは人の姿を視覚的に捉えることが出来ない。

 彼女の目は『迷宮の露払い』をさせられる過程で、ミカヅチの光に焼かれている。その目は強過ぎる光を受けて、暗闇しか映さなくなった。

 だから、シンコウが美しいと称するのは、銀髪碧眼の美貌ではない。


(美しい──力を持っていた)


 氷邑梅雪は天才である。

 この世界で起こるあらゆる物理現象を捻じ曲げる現象は、その原動力を神威(かむい)としている。

 ゲームにおいてはMPというものが設定されておらず、MP切れという概念もない。

 しかし確かに神威というMP的なものを使って奇跡を起こすとされている。そしてゲームでも設定的には神威の多寡について触れることがある。

 ゲーム内描写に準じるならば、剣桜鬼譚で最強とされる道術士でも、神威の総量は、『五千人も相手にしたら、まる二日は休まないと回復しない』というものとされていた。

 だが、氷邑梅雪の神威量は、五千人と何度交戦しても全く尽きることがない。


(まるで……神のような、子)


 圧倒的な才能。

 誰が見ても分かる『持てる側』。

 その梅雪を見て、シンコウが感じたこと。

 それは……


(斬ってみたい)


 シンコウの目は神の光に焼かれた。

 しかし、神とはその加護をもって地上に存在を匂わせるのみであって、実体を持つものではない。


(あの場で斬ってもよかった。けれど……まだ、鈍い。彼はまだまだ大きくなれる。彼の神威は、もっともっと神に近づける)


 語られても誰も理解出来ない、シンコウという女の行動原理。


(あなたを好きになってしまった。大きくなったあなたを斬りたい。もっともっと神に近付いたあなたを斬ってみたい。だから……どうか、わたくしを意識して。わたくしを殺すために強くなって)


 梅雪の奴隷に対する狼藉に、奴隷時代に負ったトラウマを刺激された──これもまた、シンコウが奴隷少女トヨを救った動機ではある。

 だがそれ以上に、梅雪の物を奪って、梅雪に意識されたかった。

 ……余りにも幼い、子供のような興味の惹き方。そんなくだらないものこそ、伝統と格式ある大名家である氷邑家から『奴隷泥棒』を働き、文明圏を捨てて『魔境』に落ち延びてまでしたかったことなのだ。


 シンコウはときめいている。


 目を光に焼かれた時。迷宮の試練を打ち破って、この身にみかづちが宿った時……

 どうしようもなく、それを斬りたいと思った。


 シンコウは神に触れて、それを斬る方法を模索する者である。


 彼女の興した愛神光(あいしんひかり)流はそもそも、どうにかして神を斬ろうとして生み出された流派である。

 光によりシンコウの目と心を焼いた神。その斬った感触を知りたいと、それのみを念じながら体系化した、そういう剣術である。


 ……まあ、『奴隷を解放したい』……『弱者救済』というのも、シンコウにとっては偽らざる本音ではある。


 社会に対しては平等を望む。

 個人の願望としては神殺しを望む。

 生まれつき、力の流れを見る『観の目』を持ち……

『何かを斬る』ということに、とてつもない興奮と執念を覚える。

 そして相手が強大であればあるほど、興奮する。

 シンコウはそういう異常者であった。


(あなたならきっと、神になれる。だから、あなたに試練を与えましょう。愛していますよ、氷邑梅雪。もっともっと磨き抜かれて、神に至ってください。わたくしは、神となったあなたを斬りたいのです)


 氷邑梅雪を神と成し、斬ること。


 いかに才能があろうとも、人が鍛えて神に至ることはあるのか?

 分からない。


 いかに努力しようとも、人の果てに神という進化先はあるのか?

 分からない。


 どうでもいい。そもそも神を斬りたがるなどというのは狂った考えだ。根拠などいらない。彼女が『これは神だ』と確信出来れば、それが全て。


 ……ゲームにおいては、余りにも不利過ぎる条件ゆえに、最初のほうでやられるだけの、当て馬悪役、氷邑梅雪。

 余りにもあっけないやられっぷりゆえに、シンコウからの興味を失われ(次のシンコウの興味の対象として主人公が存在したのも、興味が失われた理由だ)、あとはただ没落し零落する斜陽の様子が描写されるのみの存在。


 それがもし、上限を取り払われて、死の運命を回避するべくあがくモチベーションを手に入れたならば?

 その存在は、シンコウの思う『神』に近づくのではないか?


 ……氷邑梅雪に『中の人』が出現したのは、梅雪にとってのみの幸運ではない。

『神』に愛されて捻じ曲がった運命が、ここにも、一つ。

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― 新着の感想 ―
剣聖めちゃくちゃ歪んでやがる・・・こわいよぉ
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