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第189話 熚永平秀の乱・十五

 離苦罹(りくり)球形浄土、その内部はあの世、すなわち死後の世界。

 そして、それを操るサトコは降霊術師(イタコ)、すなわち死者を現世に呼び出す者。


 すなわち、異界の騎士ルウ、死んでいながら生きている者である。


 異界の騎士ルウが斬りかかった相手、もちろん、(さくら)


 必然、ウメは桜が生み出した『影』であるルウの方へと対応することになる。


 ルウと桜の交錯一瞬前。


 フラガラッハが、投擲される。


 放たれた左剣が雷速で迫るも、桜は当然のように回避。

 そのまま打ち下ろされる右剣の鎬を叩くようにして逸らし、カウンターの唐竹割を──


「戻れ」


 ──入れる直前、背後から迫る殺意を察知し、大きく横へ飛び退く。


 異界の騎士ルウ。

 神威(かむい)剣を用いた戦いにおいても、投擲を多用する。


 それは『神威剣だから』ではなく、そもそも、フラガラッハは呼べば主人のもとへ戻る剣だからである。


 とはいえあまりに遠すぎたり、封印処理をされていたり、フラガラッハが主人を替えたりといったことがあれば呼んでも来ない。うっすらとその気配を察知できるだけである。


 雷速で飛翔したフラガラッハ左剣、同じ速度でルウの手の中へ戻る。

 復路にて桜の頭部を貫く予定であったが、回避された形になった。


「……浮気者の剣めが。ようやく私の手に戻ったか。まったく、あなたのようだぞ、ええと……」

「桜です。あなたは……ルウ、さん?」

「…………本当に女になっているのだな」


 ルウの中で呑み込みがたい何かがあった様子である。


 だがしかし、悲しきことに、ルウの人生はだいたい呑み込みがたいものを呑み込まざるを得ない状況に追い込まれ続けるものであった。

 戦闘時思考に(かげ)りはない。


「あなたに伝えたいことがあったが、私の行動でわかってくれたと思う。今の私は、氷邑(ひむら)梅雪(ばいせつ)に味方し、あなたに敵対する立場だ」

「寂しく感じます。でも、あなたが誰なのか、私とどういう関係だったのかは……思い出せない」

「いい。思い出してもらえずとも、私はあなたを想っている。だから、あなたに剣を向ける」

「……なんだか」

「?」

「すごく、報われなさそうな性格ですね」

「あなたが言うか!?」


 非常に色々な意味がこもった『あなたが言うか!?』であった。


 そもそもルウの生涯は目の前のコレに尽くすものであった。

 なので報われないならそれは、目の前の唐変木がルウを報いるのを忘れていたとか、そういう事情があってのことだ。


 ……そして何より。


「報われないのは、あなたの人生がまさにそうだろう、桜」


 天性にして究極の共犯者は、他者の願いに殉じる。

 軽い気持ちで人生そのものを懸けて、自分のものではない願いのために行きつくところまで行ってしまう。

 ……願いを抱いた当事者が死んでも、その歩みを止めない。


 その人生、誰に報われるというのか?


「桜、褒めてほしいと思ったことは、ないのか?」

「ありません。でも、褒められればきちんと嬉しいとは思いますよ」

「利益が欲しいと思ったことはないのか? 金でも、地位でも、あるいは有形無形の、あらゆるもので」

「特には。ああ、でも……人生が利益(それ)を出して回していかないといけないものであるのは、知っています」

「誰かにその歩みを認められ、たどり着いたならば、肩を叩いて『よくやった』と言われたいと、そう思ったことは……報酬が欲しいと思ったことは、ないのか?」

「別に。誰かの信念を貸してもらっているだけの身で、それはあまりにも傲慢だと思いますし。私は生きる目標がわからない。だから、生きる意味を人に与えてもらうだけなんです。その上で報酬まで求めるのは、やりすぎでは」

「あなたは、やはり、私の主人だ」

「……従者、という意味ですよね?」

「いや。まあ、それもあるが。それだけではなく……まあしかし──変わっていなくて安心するよ。お陰で──」


 バチバチと、ルウの全身で黒い稲妻が爆ぜる。


「──あなたを殺すことが、あなたのためになりそうだ」


 もはや迷いはない。

 雷の神霊がその力を十全に振るう。


 同時、


氷邑(ひむら)梅雪(ばいせつ)! 勝ち筋はわかるな!?」


 叫ぶ。


 桜の『影』どもの相手をしていた梅雪、これに怒鳴り返す。


「いちいち指図するなァ! わかっているに決まっているだろうが!」


「なら、よし!」


 ルウと桜が激しく打ち合う。


 勝ち筋。


 今の桜は、その肉体が神威──すなわち、妖魔状態である。


 梅雪らは、知っている。

 殺しても殺しても殺し尽くせない妖魔たる存在。

 それに対する必殺の戦術。それこそ、『サトコにゲットさせる』。


 ゆえにルウ、サトコを置き去りにしてここに来ている。


 サトコという存在を桜の意識に間違っても上らせぬように。彼女には盤外からの狙撃を担当してもらうために。サトコが桜を射程に入れるまでに、桜を封印できるぐらいに──一投において仕留められるぐらいに弱らせることこそ、必勝のための手順。


 戦いの激しさが増していく。


 梅雪が蹴散らす『影』ども。

 生前の性能をそのまま備えているらしい。神喰(かっくらい)の性質から分析すれば、全盛期の性能をだ。ゆえに、多数を蹂躙することに長けた梅雪をしてなかなか殺し切れない。

 しかし、戦況は有利である。『時間の問題』といったところだ。


 ウメとルウの『影』との戦い。

 ルウは強敵である。が、相性の問題なのか、ウメの戦闘技法、ルウによく刺さる。

 ルウはその速度で攪乱し、中・遠距離から投擲も交えた攻撃を浴びせ続け、機を見て二刀による接近戦を挑むというスタイル。

 一方でウメは愛神光(あいしんひかり)流でも、氷邑一刀流を用いても、『待ち』の戦術をとり、じりじりと間合いを詰め、相手の攻撃を逆用して戦うといった戦法をとる。

 中から遠距離からの攻撃をそのまま返すことさえ可能なウメに小技の連発は通用しない。そもそも、遠距離からの攻撃は、右斜め前に主人がいる前提であるからして、特にさばく訓練を積んでいる。そして接近されればウメの『貪狼(とんろう)』とルウの『影』が持つ刀との長さでウメが優位である。

 そもそもにして、かつてのルウは氷邑家開祖に敗れている。その時代から進歩していないわけではないにせよ、相性差は依然ゆるぎない。


 梅雪が生み出したシンコウと、桜が使役するシンコウとの戦い、千日手である。

 この二者はまったく同じ出力、習熟度を持っていた。さらに使う剣術が相手の力を逆用するもの。ゆえにこそ、シンコウを留め置くにはシンコウをぶつけるのが最善といった都合がある。


 そして、ルウと桜との戦い──


 ルウの優勢であった。


 桜はルウの動きを忘れている。

 だが、ルウは、たとえ愛神光流を身に着けていようとも、桜がどのように考え、どのように動き、どのように応じるかをよく知っている。


 さらに現在のルウの出力、サトコから神威を大量に譲り受けたこと、さらに長らくサトコとともに戦ったお陰か、かなり高い。

 さすがに自由な状態の力を十全に発揮するとまではいかないが、それでも八割か九割ほどの力は出せる。


 ルウの真の力は、剣術でも魔法でも膂力でもない。

 その引き出しの多さにある。


 ゆえに記憶を失った主人、愛神光流しか知らぬ剣士を相手取るのは、ルウにとって容易いことであった。


 さらにここは、氷邑領都屋敷。


 アシュリーが敵忍軍の相手を終えればここに到達するであろうし、敵援軍は来たとてイバラキが備えている。

 何よりサトコが潜んで狙っている。

 時間は梅雪らの有利に働くのだ。


 ここにおびき出された時点で、剣聖シンコウと同じように、桜もまた詰みであった。

 

 勝利はできない。


 ──その桜の脳裏に、声が響く。


『ほわぁ』


 なんとも気が抜けるような、女の声だった。


 その声は、咳ばらいを二回したあと、作ったような荘厳な声で、告げる。


 ……気付けば。

 桜は、周囲の時間が止まり──


 目の前に、テキストが表示されているのを、認識していた。


『我が任命した勇者よ。あなたの目の前にあるのは、運命の分岐です。さあ、選択なさい。もちろん……』


 声は、嬉し気に続ける。


『……選択を誤れば、あなたは死の運命から逃れられぬでしょう』


 この時間の止まった『選択の時間』。

 これこそが、湖の精霊によって勇者に任命された者に与えられた権能。


 止まっている者たちに干渉することはできず、ただただ選択をするのみの時空間の歪みである。

 だが、片方は生き残れるという選択肢を表示するこの権能は、数多の勇者たちを窮地から救い……


 片方は確実に死ぬという選択肢を表示するこの権能、数多の若者たちを殺してきた。


 桜は戸惑いながらも、選択する。

 その結果は……

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