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第188話 熚永平秀の乱・十四

「お願いします、シンコウ師匠」

「出番をくれてやる! 俺のために働け、剣聖シンコウ!」


 (さくら)の影からシンコウをかたどった黒い人型が出る。


 同時、氷邑(ひむら)梅雪(ばいせつ)神喰(かっくらい)によって異界の神威(かむい)と変化した影から、己の剣で殺したシンコウを出陣させる。


 二人の剣聖が斬り合う。


 それを見ながら──


「どうして私は、こんなことができるんだろう」


 桜が、つぶやく。


 梅雪もまた、シンコウたちの戦いの背後で、くだらなさそうに鼻を鳴らす。


「何も知らずに死んでいけ」

「何かを知るためには、生きなきゃいけないんだね。うん……」


 桜が、剣を構える。


「『目標』ができたよ。ありがとう、氷邑梅雪」


 前進。


 同時、その進路を阻むのはウメの仕事だ。

 ただし桜と同時に、桜の影より噴き出したモノどもが躍りかかる。


 さすがに数が多い。加えて、それぞれが手練れ。まともに相手をしては時間がかかる。

 しかし……


「俺に『数』は通じぬぞ、桜ァ!」


 梅雪、率先してウメの露払いを行う。


 適材適所である。間違いなく多人数を相手にして戦う適性、ウメよりも梅雪が上。

 しかしその動きは『勝ち』に行くもの。


 ウメは知っている。

 わざわざ剣聖と剣の術理で勝負をしたがったり、(聞いた話だが)マサキを相手に相手の術式を利用した比べ合いを挑んだりと、梅雪は『勝利』より『戦い』にこだわる様子を常々見せてきた。


 で、あれば今回、敵が桜のみとなり、無数に湧き出す黒い影はどう見ても桜に従うオマケである状況において、梅雪が桜と斬り結びたがるのが必然であった。

 しかし、それをしない。


 適材適所。


 主人が『戦い』よりも『勝利』を志し、己をも勝利のための駒として立ち回っていることを、ウメは察する。


 すなわちこの戦い──


 命の懸けどころである。


 シンコウとシンコウが斬り結び、梅雪が数多の『影』を相手取る。

 その中で一対一となったウメ、その全身を燃え上がらせた。


 火の神、ホデミ。


 大戦乱孤島(アイランド)九十九州での修行の中で斬り伏せた迷宮の主である。

 かつて、ウメが初めて経験した『実戦』──帝都騒乱においては『カドワカシ』なる道士が操っていた神性であり、それを斬り裂いた時点で目をつけられていたらしいこと、なんとなく察する。


 神と人とにはどうしようもなく相性がある。


 神は基本的に無言である。が、やはり『自分を宿した者を気に入っている、気に入っていない』というのはどうしてもあるらしく、出力や細部に、その『気に入っているかどうか』が出る。


 ホデミを宿した今のウメならわかるが……


 ミカヅチは、シンコウをかなり気に入っているし……

 シナツは、梅雪を、相当に気に入っている。


 そして自分もまた、ホデミに気に入られている。

 ゆえに、


「奉納」


 己の血肉を、命を捧げることで、炎の神をより奮い立たせることが、可能。


 全身火炎化を成したウメが爆ぜるような勢いで加速する。

 先ほどまでと速度の位階が異なる突撃。黒い神威を発し始めた桜の、どこか超然とした顔に驚愕が浮かぶ。


 剣と剣が、衝突する。


 火炎と化した肉体。肉を、血を炎に変えて噴射する。

 今のウメは全身にジェットエンジンを備えているに等しい。どのような状態からでも、どのような方向にも加速が可能。

 さらに火炎と化した肉体は物理損傷を気にすることなく立ち回ることができるようになり、ただそこにいるだけで炎熱はホデミの加護を受けぬ味方ならぬ者の身を焦がしていく。


 ……だからこそ、気付かされた。


(こいつ、全身が神威になってる……!?)


 主人・梅雪の神喰。

 神に己の血肉を捧げた今のウメ。


 桜もまた、それと同様の状態に、成っている。


 ウメは経験していない戦闘だが、今の桜はマサキに近い。

 すなわち、妖魔。

 いくら殺しても、神威の尽きぬ限り死なない。


 ……ただし、マサキと違って、桜は剣の達人である。

 シンコウより愛神光(あいしんひかり)流の皆伝を授けられた達人。


『神威ある限り殺せないので、神威が尽きるまで殺しまくる』というのが妖魔を相手には常道。しかし相手が剣の達人ゆえに、『殺す』ということの難易度が跳ね上がっている。


 斬り結ぶ。

 その勢いを基点に、愛神光流の神髄である(まろばし)が始まる。


 相手の衝撃を受け、殺さず、回し、相手に返す。その身体操作、戦術、すべてを複合したもの。それゆえに神髄。

 もちろんウメもこの神髄を身に着けている。


 刃を合わせたまま、互いの剣がうごめく。

 相手の刃から逃れるため、すり抜けるため、圧し斬るため、引いて(たい)を崩すため──

 二者の間で刃が回る。吸い付くように剣同士をくっつけながら、ぬるぬると回っていく。


 傍目には演武にも見えるであろうなめらかな動き。

 しかし実際には少しでも失敗すればこちらの力がすべて相手に利用され次の瞬間には死ぬという、とてつもない技術の応酬。


 ……今のウメは、死ぬような攻撃を喰らってもそうそうは死なない。

 一方、今の桜もまた、いくらか死のうともその蘇生能力で、あるいは妖魔の特性で、完全に死ぬことはない。


 だからこそ、『一回』が重いのだ。

 一回、殺されれば、その後、ペースを掴まれる。技術・出力の拮抗した殺し合いにおいて、ペースを掴むこと──(せい)を得ることは、とてつもなく重要である。


 そして、梅雪がシンコウを降すまで桜とウメとの決着はつかなかったように……

 この二人、技術面で拮抗している。


 だから、この二者の間に勝敗を生み出すためには、技術以外の何かを懸けなければならない。


 そして今のウメは、梅雪がシンコウに敗北した時に備える必要はない。


「奉納──」


 さらに血肉を、命を捧げる。

 出力が上がる。


 単純に出力を上げただけでは愛神光流の剣術に逆用されてしまうのみ。

 だが……


 いかに技術があろうとも、いきなり二倍三倍になった出力にまでは、対応できない。


 命が燃え盛る。

 ウメの全身が白い炎と化す。


 目を焼くほどの輝きを発しながら、ウメの剣がついに、桜の剣を弾く。

 瞬間、胴を一閃。


 一回目の殺害に成功。


 だが神威生命体となった桜は殺されて動きを止めることはなかった。

 プールでシンコウがこの状態になったように、今の桜も、一種のゾーンに入っている。


 一回目の殺害に対する応手。

 桜が、つぶやく。


「そうか、お前も死んでしまったんだね」


 ウメの背筋がたまらないほどに震えた。

 何かが背後から迫っている。目の前に桜がいる状況でも、ウメは背後を振り返らざるを得なかった。


 桜が、その名を呼ぶ。


「──我が騎士、ルウ」


 黒い二刀が交差するように背後から迫る。


 氷邑一刀流の太刀筋で受け流し、相手を貫く。

 しかし天狗(エルフ)と思しき真っ黒な影、その肉体を雷と化しウメの突きを回避。


 距離をとって、桜と反対側から、ウメを挟むようにする。


 桜が、微笑んだ。


「……ルウ。ルウ。なんだろう、思い出せないけど……きっと、大事な人だったのはわかるよ。その名前が浮かんだ時、とても懐かしかったんだ。だから……君の夢だって、もちろん、背負って歩いて行く。必ず思い出して、行きつくところまで、行くから」


 共犯者が仲間の遺志に殉じるという誓いを口にする。

 とうに死者である『影』はこれを否定も肯定もしない。死人には口がないというのは、神威により編み出された『味方の願いの具現化』でも変わらないらしい。


 ゆえにこそ、



「いいや、我が主。もう、私の夢を背負うことはない」



 否定も肯定も、生者の権利である。


 背中に薄い(はね)の生えた、黒い天狗(エルフ)

 ただしその姿は桜が神威で出現させた『影』のようにのっぺりとはしておらず、顔立ちもはっきりしているし、そこには目があり、意思がある。


 意思がある、ゆえに。

 生きていれば意見が変わることもある。


「我が主、あなたにお伝えしたいことがある。が……」


 ルウの手には、ふた振りの刀があった。

 ……それは、剣聖が死した時、その手の中にあったもの。


 すぐさま桜が覚醒したゆえにその場に放置されていた──


 本来であれば、異界の騎士ルウの持ち物であったはずの、黒い刀。


 フラガラッハ。


 愛剣を手に、ルウが、『主人』を見据え、


「言葉で語るよりも、剣で語る方が、今はよかろう」


 異界の騎士ルウ──


 氷邑梅雪陣営として、参戦。

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