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第183話 熚永平秀の乱・十一

 氷邑(ひむら)梅雪(ばいせつ)は、唐突に笑いが込み上げて来るのを感じる。


 殺し合いの最中だ。


 真横では、ウメと『主人公』──(さくら)が、自己治癒能力前提の激しい斬り合いをしている。

 濃厚な血風が漂い、ただの二人の戦いが、『戦場』の気配を強いものへとどんどん塗り替えていた。


 その横で打ち合う梅雪、わずかでも気が逸れればすぐさま死ぬという状況にある。


 剣聖の剣はもちろん鋭い。

 互いの切っ先は、互いの命に届く。


 間違いなく失敗の許されない、一髪千鈞を引く殺し合いの最中──


 だというのに、笑っていた。

 笑いが、込み上げて、止められなかった。


 剣聖シンコウもまた微笑んでいる。

 とはいえこの女、いつでも微笑みを浮かべている。いつもの顔、と言われればそれまででもある。


 しかし、わかる。梅雪には、わかりたくなくても、わかってしまう。


 だから梅雪は、こう切り出すことにした。


「やめよう」


 剣士ではないとは思えないほどの速度での斬り合いが、その一言でぴたりと止まる。


 述べた梅雪はおろか、剣聖さえも、剣を止めるのに迷う様子も見せない。


 暗闇の中。血風の中。真横で鳴り響く従者同士の激しい殺し合いの音の中。

 梅雪は剣聖と静かに見つめ合う。


 互いに互いの体に手が触れるような至近距離だ。

 かつて、剣聖の方が背が高かった。だが、今は梅雪が剣聖を見下ろす身長差になっている。


 剣聖は相変わらず目隠しをつけている。

 その目は『神の光』に焼かれて見えない。しかし、視線と呼ぶべきものを梅雪に向ける時、その顔はわずかに上げられていた。


 蜂蜜色の髪の女。

 造型は紛れもなく美しい。……梅雪の『中の人』は、シンコウというキャラクターに特別な思い入れがある、というわけではなかった。いわゆる『推し』というわけではない。強いユニットだから使っていたが、まあ、その程度の思い入れだ。

 だが、それでも、使い続ければ──付き合いが長くなれば、それなりの思い入れというのは、生まれる。


 梅雪にとっても、剣聖は思い入れがある相手だと、そういうこと、だったのだろう。


 己でも信じられぬほど穏やかな笑みをこぼしながら、梅雪は、言葉を続けた。


「……俺としたことが、まったくもって恥ずべきことだが──どうにも、貴様との殺し合いを惜しんでいるらしい。らしくもない、穏やかな剣を奮ってしまった。……ハハハ。なんだ、今の戦いは? 互いに互いの技の確認をし、互いに互いを試すように刃を奮うなど……まるで、『師匠と弟子』のようなやりとりではないか」

「……」

「まったくもって、腑抜けた剣であった。……最初で最後だ。この俺の本音を吐露してやる。俺は、貴様の命を惜しんでいた。貴様というのは、俺にとって、目標ではあったのだろう。その関係を終わらすのを、惜しんだ。らしくもなく、な」


 そう述べて、梅雪は凍蛇(いてはば)を鞘に納める。


 一方のシンコウは、刀を納めず、右手に大刀、左手に小刀を持ったまま、備えている。

 その立ち姿に隙がないのは、『剣聖にとっていつものこと』だから、だけではなく。


 氷邑梅雪──

 穏やかに笑おうが。

 刀を納めようが。

 このまま、笑って別れる、あるいは和解するかのような雰囲気が漂おうが……


「謝罪しよう剣聖。今から貴様を全力で殺す」


 口に出した誓いを曲げぬ男であると、知っている。


 氷邑梅雪が『殺す』と述べた。

 であれば、今日、ここで、命のやりとりが途切れることはないと、知っている。


 梅雪は、両手を合わせる。


 ただしそれは、いわゆる宗教儀式的な祈りの所作とは少し違う。


 両手の指をわずかに(かぎ)状にして、上下で合わせるようにする。

 その手の形、蛇の(あぎと)のようであった。


 それは、祈りではなく……


 (いん)


 氷邑梅雪。

 大名家当主。

 剣術使い。

 転生者の知識を宿す者。


 そして……


 道士。


 東北荒夜連(こうやれん)にて、マサキと戦い、その神威(かむい)神喰(かっくらい)を行った。

 それは梅雪に道士としての刺激を与え、道士としての成長を促した。


 道術。

 この世界で生きてみて学んだことだが、一口にそう述べても、様々な種類がある。


 まずは力を放つだけの最も単純な道術。

 ゲームの梅雪が行っていた大規模攻撃の術はこれに分類される。


 そして術式。

 事前に回路を設計し、その回路に神威を流すことにより、事前準備のない道術よりも複雑で大規模な術を少ない神威で行使することができる。

 ただし『回路に神威を流す』、すなわち『特定の動作や言葉、条件のもとでしか発動しない』といった不便さがあり、たいていの場合、弱点が設定されている。


 また、道術の開発というのは、実戦での運用とはまた違った才覚や訓練が必要となる。

 逆に開発者が必ずしも実戦で強くないというのもまた、マサキ戦で学んだことであった。


 では、実戦で剣と道術を使い続けた梅雪の、開発者としての才覚はどの領域か?


 もちろん──


 天才である。


「俺の三年間を確認したいとほざいたな、剣聖」


 渦巻く力は強い冷気をまとっていた。

 梅雪の足元が凍り付き始める。


 明らかに『何か』が始まる前兆。

 だが、剣聖はこれを阻まない。……梅雪は、知っている。この女は──どこまでもどこまでも、『見ているだけ』の傍観者。この世界を最初からどこか俯瞰的に見下ろし、自分のもとまで届く攻撃だけに対応する。神の光を浴びせかけられても逃げることなく目を開き続ける異常者。


 ゆえに、目の前で隙をさらすこの道術行使、通る。


 それは、梅雪が剣聖を深く知るゆえの、確定事項であった。


「見せてやる。俺の三年間の結実を」


 術式には名がある。

 名付けというのは管理しやすくするためのラベリングであり、名を付けることにより術式の効果を安定させるという道術的価値もある。

 また、箔付けという効果もある。


 マサキが仏教関連の用語を術式に多用したのは、本人が自分のことを『お釈迦様のように慈悲深くいい人』だと認識していたのもあるが、強い力を持つ者に関連する言葉を使うことで、術式の効果を高めるといった効果を見込んでのことでもあった。


 であれば梅雪、この術式に、こう名付ける。


「起動せよ、剣桜鬼譚・異聞──さあ、ゲームを始めようか。貴様が死ぬまで続く、デスゲームをなァ!」


 梅雪を中心に吹雪が発生する。

 あたりが白くけぶり、梅雪と剣聖を包み込み……


 一瞬あと。


 二人の姿が、霜と冷気だけを残して、消失した。

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