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第182話 熚永平秀の乱・十

 サトコはあたりに白くけぶる冷気を見ながら、手の中の黒いボールをもてあそんでいた。


 このボールの中には、ルウがいる。


 異界の騎士、ルウ。

 かつて異世界勇者とともにこの世界に侵略してきて、帝の祖とその一党(パーティ)によって封印された者。


 サトコは、梅雪(ばいせつ)から言われたことを思い出していた。

 それは作戦開始前、雑談と呼ぶには唐突で、大事な話と思うには軽い調子で告げられたことだ。


「『ルウの好きにさせてやれ』──だっけ」


 意味がわからない。

 梅雪は説明を怠る方ではないが、大事な話ほど詳しく説明しない傾向がある。

 たとえば荒夜連(こうやれん)でマサキに氷漬けにされた先輩たちを呑んだ時だって、『呑んだあと蘇生させるつもりだから、安心してくれていい』などの説明をする時間的猶予はあったと思う。だというのに、『信じろ』としか言わなかった。


「まあ、グダグダ説明を求められるのがうざったいのはわかるけどさあ」


 ルウ──


 ボールの中にいる妖魔とは、ボールを握っていれば、ある程度の意思疎通が適う。

 そうして伝わってくる意思を見るに、ルウはボールから出たがっている。


 このボール──離苦罹(りくり)球形浄土の中はあの世である。

 それゆえにイタコたるサトコが降霊をしない限り、中の妖魔はこの世に出現することができない。


 今この時になって、梅雪の言葉が預言めいてサトコを惑わせる。

 自由にさせてやれ──その言い回しを素直に信じて、『うん、わかった』と唯々諾々と従うほど、サトコは梅雪に服従していない。

 あくまでも梅雪の願望を手伝う、恩を返すという意味で協力しているだけであり、従った結果、梅雪に危険が及びそうだと判断すれば、逆らうこともする。


 だが、梅雪は判断材料を与えなかった。


「言い回し的には『自分に危険が及んでも』とかの言葉が隠れてそうなんだけどなぁ。えー? ルウちゃんがいきなり『そういえばあの時めちゃくちゃやってくれたなぁ』とかこのタイミングでブチ切れて暴れ始めるとか……? このタイミングで?」


 サトコは、少ない情報から事情を察する能力と、乏しい根拠の中でもチャンスを掴む判断力を持っている。

 その力で、帝都騒乱の時、見事に勾玉をゲットしたのだ。


 だから、


「…………『異世界勇者』」


 梅雪の口ぶりは、ルウが自分に危害を加えようとしても──的な前置きを感じさせるものだった。

 情報を与えなかったのは、ただ単にヒントを与えるのをさぼったわけではなく、何かを避けた。根拠のないことを説明し納得を得るという手間か、あるいは、情報を与えないことで……


「私に責任が発生するのを避けた」


 サトコはだから、答えにたどり着く。


「この戦争、ルウちゃんのご主人様がなんらかの形でかかわってるんだ。あー、そうか。しかも敵側かあ。どうしようねぇ、ルウちゃん」


 ボールを握って、じっと見る。

 そして、笑う。


「ま、そうだよね。じゃあ──行け、異界の騎士ルウ」


 ボールを落とした。

 黒い靄がボールから漏れ出て……


 それは、黒い稲妻となり、氷邑家領都屋敷本丸の方へと、飛んでいく。



 (さくら)の視界の中で、ウメが動き出す。


 居合──

 五尺(百五十cm)もの長刀での居合。

 ウメの身長は刀より三寸そこら(十cm)高い程度であろう。だというのにその居合、まったくよどみがない。


 だが……


 桜は、気付く。


(抜き始めが早すぎる)


 明らかに、桜が間合いに入るより早くに振り切ってしまうタイミングだった。

 つまりウメの居合は失敗。迎撃として放つべきであったのに、焦ったのか、動き出しが早すぎて、このままでは刃が空を斬る。


 殺意の押し合いで勝利した結果、だろうか?

 相手が重圧に負けて早くに抜いてしまった、つまり、相手の失敗、だろうか?


(──違う。相手は常に格上。ですよね、シンコウ師匠)


 地を滑るように踏み込んだ桜が、ようやく剣を振るべき間合いにたどり着くより、一瞬早く、ウメの剣が振られた。

 このままでは刃が桜の目前を通過するだけである。


 だが、そうはならない。


 ウメが振った刃、鞘から抜けきっていない。


 切っ先近くに鞘をひっかけるようにしたまま振られている。

 これは失敗、ではなかった。


 狙いは明らかに、


(鞘で間合いを稼いでの殴打!)


 剣士が必殺の神威(かむい)を込めて振るった一撃、たとえ木の鞘での殴打とはいえ致命の一撃たりうる。

 普通はあの振り方をしても鞘が不細工にすっぽ抜けるだけ。だが、きちんと引っかかったまま振られているところからも、あれが不手際ではなく狙い通りであるのは確実だった。


 横腹を打たれる。桜の構えは蜻蛉(とんぼ)。切っ先を高い位置に、両腕を上げるような構えだ。これは右側から首や頭に向けて放たれる刃は柄や腕でガードできるものの、腹を狙った攻撃や突きには対応が不可能である。


 そして。


 突きというのは、致死の一撃であろうが、動ける。

 斬るというのは命に届きがたいが行動を不能にする効果が高く、突きというのは命に届きやすいが突かれて致命傷を負ってもなんだかんだと動くことはできるものである。


 そして。


 腹を横から殴打される。

 なるほど骨は砕けるであろう。内臓はひしゃげるであろう。それは死に至る一撃であろう。


 だが……


 それがなんだ。


 桜にとってこの構えは覚悟の構え。

 対応力を捨て、首を飛ばされることだけ警戒し、相手が突いても、こちらの骨や内臓を砕いても、とにかく進んで相手を真っ二つにするという覚悟を体現した構えである。


 腹を砕かれ死ぬだろう。


 だが、死んでも相手を両断する。


 鞘が腹に当たると知れた一瞬で覚悟は完了している。


 構わず進む桜に、ウメの目がぴくりと驚愕の動きを見せる。


(私の覚悟を読み違えたな)


 桜は少しばかりの悲しさを覚えた。

 相手の半獣人、間違いなく手練れである。


 だから、こんな小細工で止めようとせず、きちんと、互いに身命を賭す覚悟があると理解したうえで、覚悟の剣を振ることができたなら、きっと、どちらかが勝っただろう。

 そしてきっと、経験の差で、勝ったのは相手だったとも思うのだ。


 だからこそ、悲しい。

 自分が覚悟を示せなかったばかりに、相手が死んでしまう。きちんと実力を発揮できなかったゆえに一人の偉大な剣士が死んでしまうことに、悲しみを覚えるのだ。


 悲しみを覚えつつ──


 後悔はまったくない。


 だから、桜は実感した。


(でも、私の覚悟を読み違えていたのは、私も同じ。まさか、『ともに間違えていこう』という覚悟が、本当に、死が目前に迫っても、それをものともしないほどだったなんて、私にとっても意外だったな)


 ……桜。

 異世界勇者。

『主人公』。


 ゲーム剣桜鬼譚(けんおうきたん)の主人公は、決して正しい人間ではない。


 個性豊かで我欲が強いキャラクターたちに、時に協力し、時に止め、時に話も聞かずに殲滅する。

 その行動は正義ではない。


 その行動を成す性質は──


 天性の共犯者。


 仲間と認定した者とともに、どこまでも間違える。

 誰も止めない。誰も変えない。ただ、どこまでも共に行く。

 ゆえに侵略者である。ゆえに守護者である。ゆえに──


 ──最強である。

 

 ごしゃり、と嫌な音がして、桜の脇腹にウメの刀の鞘がぶち当たる。

 鞘を腹で止められたことによって、ウメの刀と鞘が離れ、刀が桜の腹の薄皮を裂きながら通過する。

 次の瞬間、ウメを間合いに捉えた桜の刀が振るわれる。


 その一撃、光と成った。


 ウメの左肩から右腰を引き裂く光の筋。

 だが、桜は決着を確信しなかった。


(浅い)


 間合いを見誤った? こちらも相手の殺意に負けて焦り、事前の想定より遠間で剣を振ってしまった?


 違う。


(鞘だ。鞘が私の腹にぶつかった衝撃で、少し後ろに下がられた)


 愛神光(あいしんひかり)流。

 それは相手の攻撃の威力をそのまま以上にして返す光断(ひかりたち)を奥義とし、あらゆる衝撃を体の中で回し続け、戦いが続く限り外部から力を取り込んで加速し続ける(まろばし)を神髄とする。


 衝撃の利用というのは愛神光流を修めるうえでずっと意識し続けることであった。


 桜は天才だ。ウメより早く愛神光流を皆伝した。

 だがウメは実戦を繰り返した。その中で、体が生き抜くために無意識に動く反射が組み込まれている。


 その反射が、桜に鞘がぶつかった瞬間、ウメをわずかに後退させたのだ。

 ぶつかった瞬間、『鞘による殴打では殺せない』と判断し、同時にウメの体が生き残るための選択をしたのだ。


(経験の差)


 互いに致命傷。

 だが、互いに受けた傷は殴打と斬撃。

 死ぬまで一瞬ある。


 一瞬あれば──


 傷を癒す術を、互いに知っている。


 神威を回す。

 身体を癒す。


 とはいえ相当な深手である。さすがに開始時の通りに綺麗に、とはいかない。


 だが互いに戦うにはまったく支障がない状態まで傷を癒し……


 再び、思い知らされることになる。


 ──この相手。


 ──容易くない。


 激突の一合目で相手の力量を測り。

 覚悟の二合目で相手のしぶとさを思い知らされ──


 三合目。


 一撃決着を不可能と断じた二人による、削り合いが、始まる。

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