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第181話 熚永平秀の乱・九

 氷邑(ひむら)梅雪(ばいせつ)と剣聖シンコウ──


 鍔迫り合いから弾かれるように剣を離した直後、二人の動作は非常に緩慢に見えた。

 だが、そこにある技術の応酬はすさまじい。


 あらゆる武道・武術には『あえてゆっくりと動く』鍛錬法が存在する。

 互いに速度を合わせることで『読み合い』『応手』を確認し合う。この戦いは速度や威力に頼れないぶん、経験、眼力、引き出しの多さ──技術力が問われやすいものである。


 この戦いにおいて、梅雪とシンコウ、まったく互角に剣を進める。


 梅雪が剣を下げて足を狙う。

 その動き出しの瞬間にはすでにシンコウの足は下がっており、足を下げる勢いで右手刀が梅雪の鎖骨を分断せんとしていた。


 梅雪が脛斬りをすかす勢いで(たい)を横へ滑らせ、鎖骨断ちを回避。そのまま回転して今度は胴を狙う。

 シンコウは鎖骨断ちの刃を振り切って切っ先で地を叩き、地を叩いて発生させた力で体を回し、左刀を胴薙ぎに合わせる。


 刃が合った瞬間、かちりという音さえせず互いの剣の軌道が変化。


 梅雪は短刀の長さにした凍蛇を手首で振るように剣聖の首を狙う。

 一方、剣聖は左刀を逆手に持ち変え、梅雪の心臓に切っ先を向ける。


 そのまま、互いの首と胸の少し前で刃が停止。


 互いに互いの命を奪おうと踏み込めば、両者ともに命を奪われていた。


 技術の戦い、互角である。


「見事」


 剣聖が微笑む。


「いつまで指導者のつもりでいる? この俺が貴様の指導を賜ったことなど一度もないぞ。妄想で師匠面をするな異常者」


 梅雪が舌打ちをする。


 あまりにも静かな戦いはそのまま、流れを途切れさせぬように再開。

 ただし、次第にその速度を増していく。


 じれったいほど遅い戦いが、次第に空気を裂く音をまとい始め、だんだんと目にも留まらぬ領域へと上がっていく。

 神喰(かっくらい)を経ぬ梅雪が加速すれば、剣聖も当然の権利とばかりに加速していく。

 傍目に見れば剣士同士の戦いであった。


 だが、このクサナギ大陸における剣士とは、神威による身体強化ができる者。血統、才能……生まれつきそうある者にしか至れない領域にある者。

 その基準で言えば、この二人、剣士ではなく、あくまでも剣術使いに留まる。


 それがこの速度、この技量で打ち合っているのだ。

 種も仕掛けも存在する。一見でわかる者は大陸でも片手で数えられる程度しかいないだろうが、確かに二人の動きは、神威による身体強化を経ない、手品のようなものなのだ。


 その手品の横で──


 にらみ合う少女が、二人。


 こちらは互いに剣士の才能を持つ者同士。


 片方は犬系の半獣人、ウメ。

 赤毛を短く斬り揃えた、肉付きのいい体つきの少女である。

 眠たげにも見える無表情の中には熱い『何か』があり、その『何か』が瞳の中で燃え滾り、相対する者を見据えている。

 服装はひらひらとしたゴシック系メイド服風和服。夕山神名火命ゆうやまかむなびのみことが前世から続けた結果、(マエストロ)の域にまで至った裁縫術。それによる機能性と見た目とを高水準で両立させたオーダーメイド品である。

 手にする刀は名刀。奴隷身分から解放された(みぎり)、これまでの功績を称えて、当時の氷邑家当主銀雪(ぎんせつ)より贈られた刀だ。

 刀身は実に五尺(百五十cm)にも及ぶ長刀。その刃紋は白波が立つようなものであり、切っ先のみ両刃の小鴉(こがらす)造りとなっている。


 だが、この刀をウメが振るう時、その刃紋は白波ではなく、別なものの象形に見えることだろう。


 切っ先を正面に突き出すように構えられた刃から炎が噴き出す。


 これこそウメが修行時代に斬り伏せ、認めさせたホデミなる神の加護。

 彼女はクサナギ大陸における火の神に己を認めさせた結果、炎を操る。ゆえに刃に立つ白波、燃え上がる大火のようであった。


 そのウメと相対する者──


 さして変哲のない和服をまとった少女である。

 桜色の着物、黒い袴。帝都を歩けばどこにでもいそうな若い女性の定型とも言える服装。


 その顔立ちもまたどこか印象に残りにくい。

 不細工ではない。美しい部類に入るだろう。凛々しい、とさえ言えるかもしれない。

 だが印象に残らない。……ぼやけている、というのか。何も刺さらない、というのか。特徴らしい特徴がなく、人に伝えるのに困る、そういう顔立ちなのだ。


 その少女の名は(さくら)

 梅雪しか知らないが、いわゆるところの『主人公』。

 異常なモノにまみれたクサナギ大陸においても異質と言える才能の持ち主であり、無限に、やっただけ成長するという性質を持ち合わせる、まさしく天才。


 天才たる剣聖と、天才たる梅雪が戦う横──


 天才たるウメと、天才たる桜もまた、戦いを開始する。


 二人の間に因縁はなく、二人の目的は横で戦う大事な人の邪魔をさせないこと。

 そして……


 もしも、二人の大事な人が負けそうになった場合。

 当の『大事な人』に忌み嫌われようとも、その命を救うこと。


 ゆえに、早期の決着が必要であり、二人の戦いは──


 轟音と震動から、始まった。


 一合──


 互いに急速に接近し、互いに全力で刀をぶつけ合う。

 ウメの炎をまとった名刀、その銘を『貪狼(とんろう)』と称する。

 術者が神の加護を受けた者である限りいかなる熱にも耐える耐熱性、剣士の強化込みとはいえどれほど激しく扱っても壊れることのない堅牢さ。そして何より、あらゆるものを斬り裂く刀としての切れ味を備えた、特殊ではないが堅実に強い刀である。


 その刀と打ち合い、零れない、桜の刀。

 これもまた名刀であった。


 その花が吹雪くような刃紋、かつて剣聖が使っていた刀を彷彿とさせる。

 実はこの刀、剣聖とともに戦い、そして限界を迎えた刀の声に応えて、死した刀を鋳直すことで再び刀たらしめた銘品・名刀。

 剣聖がかつて使っていた刀は名刀には一歩及ばぬものであった。しかし、ふた振りを一つに鋳直したこの刀、名刀の格を備える。

 能力、未だ不明。

 ただしその名があまりに運命的であったため、刀工より刀を返却された剣聖が、そのまま桜に与えた逸品。その銘を『桜花(おうか)』と称する。


 刀剣の格として同等、刀工も同じ『貪狼』と『桜花』。


 ぶつかり合った衝撃はすさまじく、二人はこの刀を得てから初めて、刀が折れるかという恐れを抱かされた。


 今のぶつけ合いで、互いに理解する。


 この相手──


 ──力のみで押し通ることのできる者ではない。


 打ち合いの衝撃を利用し、互いに再び距離をとる。


 開始位置まで戻ったウメがしたのは、刀を鞘に納めること。

 かつてと違い、ウメは居合以外の技法も十全に習熟している。

 だが、居合こそが剣士としての始まりであった。他の技と比べてもその練度は抜きんでている。

 五尺もの長刀を用いてなお、居合こそがウメの技術の粋にして必殺。それゆえに柄を相手に突き出すように鞘を持ち、右手を軽く柄頭に沿えて居合の構えで備える。


 一方で桜が選んだのは八双と呼ばれる構えである。

 この構え、顔の右側で切っ先を天に向けるようにして構えるもの。その名の由来、唐竹割、袈裟懸け、胴、斬り上げ、逆風(さかかぜ)、逆斬り上げ、逆胴、逆袈裟と同じ構えから八つの剣筋を発生させられることである。


 変幻自在の構えこそ桜の神髄。物覚えの良さとどこまでも成長する異常性を十全に活かすためには、どのようにでも変化させられるこの構えが適切と、師匠のシンコウは見出した。


 しかし……


 桜は勝負を決する時、さらにその先へと行く。


 顔のすぐ右に備えられていた手が、顔から離れていく。

 そうして完成した構えは、知識のない者にはバッターがスイングをするような、そういうものに見えるだろう。


 この構え、名称を蜻蛉(とんぼ)という。


 この構えから突進し袈裟懸けにする、それのみにすべてを賭ける構え。

 シンコウに習ったものではない。組み手の中で、桜がどうしたらシンコウを倒せるか考え、己の力で至った構えである。


 通常、剣は左手で振り、右手でコントロールをする。しかし、この構えから繰り出される袈裟懸け、両手で振る。ゆえにその威力は防御を許さず、その剣速は雲耀(うんよう)──雷鳴の瞬き、すなわち光にさえ及ぶと言われる。

 桜の対シンコウ戦術はすなわち、返せない速度で返せない威力を叩きつけてやれという超攻撃的戦術。それを成すために到達したこの構えこそが蜻蛉であった。


 居合と蜻蛉。

 互いに最高速度を出せると自負する構え。互いに一撃必殺を企図した構え。

 何より互いに、『()られる前に()る』という殺意がにじみ出た構えである。


 遅い方が、死ぬ。


 静かに構えるウメ。

 ふつふつとたぎらせた気を視線に乗せる桜。


 構えの時点で、どちらが攻め、どちらが受けるかは互いに教え合っている。


 (せん)(せん)をとれれば桜の勝ち。

 ()(せん)をとれればウメの勝ち。


 春の花の名を持つ二人が、殺意を交わす。

 散る花はどちらか──


 桜が、踏み込んだ。

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