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第18話 オアシスへ

 氷邑(ひむら)梅雪(ばいせつ)の目の前には広大な荒野があり、足元の土はひび割れ乾ききっていて、あたりには砂塵が舞っていた。

『魔境』と呼ばれる荒野はそこだけ国が違っているかのように暑かった。空気は乾き、照りつける日差しは厳しい。歩いているだけで体力を奪われていくようだ。


「そ、そういえば、『魔境』も広いですよね? どうやってこの中から剣聖を探すんで──ちょちょちょ、何してるんですか!?」

「いや……」


 梅雪くん(十歳)は余りにも日差しが厳しいので、真横を歩く真っ黒な金属塊……アシュリーの纏った機工鎧をぺたぺた触った。

 それは予想通り熱くなっており、このまま炎天下を歩き続けたらきっと、卵などを焼ける温度になるだろうことが予想される。


 それを確かめた理由は特にない。

 気になったから、としか言えなかった。

 梅雪は気になったことを確かめ終えたので、質問に答えることにする。


「剣聖など探さん」

「さっきのなんだったんです? 私の体ぺたぺた触ったやつ……」

「俺が目指しているのは、オアシスだ」


 梅雪が弁解とか説明とかをするつもりが皆無なのを理解したアシュリーもまた、さっき触られたことはスルーして話を続ける気持ちにならざるを得なかった。


 あと別に体を触ってはいない。アシュリーの搭乗している機工甲冑は縦横がアシュリー本体の倍以上あり、本当に内部に乗り込む形だ。触られても体を触られているような感触は絶対にないだろう。

 人が乗ってる車に触って『俺の体急に触ってどうした?』と言われても違和感があるように、この巨大な金属塊を『私の体』と言われるのは、騎兵以外にはよく分からない感覚であった。


「おあしす?」

「……『魔境』の中に、水場が存在する。そこを目指している」

「どうしてです?」

「そこには『魔境』の民がいるからだ」

「つまり、そこに剣聖もいる、ということですか?」

「違う」

「え、じゃあなんで」

「この段階ですでにいる可能性はもちろんあるが、『魔境』に来たのは何も、剣聖ごときのためだけではない。それよりも重要な目的が一つある」


 もちろん『主人公』潰しだ。


 こうして氷邑梅雪の視点で過ごしてみると、将来的に自分の全てを奪う危険分子など生かしてはおけない。

 では、今このタイミングでなんとしても探し出して殺すかと言われれば……まあ、見つかれば殺すが、『なんとしても探し出して』となると、そもそもまだ存在しない可能性がある。主人公は物語開始時に『発生』する。そういう存在なのだ。


 なので、梅雪の狙いはこうなる。


「いずれ、俺のことを叩けば叩くほどコインを出すブロックか何かと勘違いした愚か者が出現する可能性がある」

「『たたけばたたくほどこいんをだすぶろっく』???」


 マンマミーア!


「……その愚か者を、今、このタイミングで殺すことは難しい。だが、そいつが勝手に死ぬように布石を打っておくことは可能だ。それをする」


 主人公はある日、『魔境』で行き倒れていたところを棄民に拾われて養われ、その中で剣聖シンコウに出会い、そこから剣術を仕込まれることになる。

 剣術によって、その当時シンコウと元氷邑家奴隷のトヨ(シンコウが勝手に名付けた。人から盗んだ物に勝手に名前シールを貼るな)が暮らしていたオアシスを魔獣から守るようになる。

 そういうことを繰り返していくうちに、『魔境』という危険地帯から力なき人を出して、外で安心出来る暮らしをしよう……というのが、主人公が一大勢力として立つ最初の動機であり……

 その時、オアシスでともに過ごしていた人たちが、主人公の最初の『兵力』である。

 まあ合戦で削られるので早晩絶滅してそうな感じなのだが、そこはゲーム的都合で数がゼロにされても生きている感じになり、なんやかんやと最後まで一緒にいる感じで描写されていく。

 最初の合戦の時に確実に三十ぐらいは削れるはずなのだが、オアシスから立ち上げに付き合ってくれた仲間が死んだ……みたいな空気は一切ない。多分削れた数字はなんらかの概念であり実在する生命には関係ないみたいな処理なのだろう。


 ともあれ、主人公が立つために必要な要素のうち重要なものの一つが、『オアシスで暮らす人々』だ。

 なので……


「オアシスから、人をいないようにすれば、この俺に愚かにも歯向かう、『未来の脅威』は存在出来なくなる、という訳だ」

「……皆殺し、ですね」

「……正気か?」

「え!? 今、そういう流れだったと思うんですけど!?」

「何も悪くない、ただまつろわぬというだけで流れ着いた民を殺すなどと……隠密というのはここまで残酷なのか……」

「私のせいじゃないと思います! ご主人様が言いそうだから! そうかなって思っただけで!」

「氷邑家の領地に迎え入れるに決まっているだろうがこの外道」

「外道じゃないもん!」

「貴様ら忍軍にやらせるのは、まつろわぬ民どもの護送だ。アシュリー、貴様には、俺の奴隷を確保し、さらう役割を任す。そして……俺は、剣聖に実力差を分からせ、命乞い土下座をさせる」

「……殺すんです、よね?」


 ついさっき梯子(はしご)を外されたので、アシュリーの問いかけには慎重さがあった。

 梅雪は「ふん」と鼻を鳴らす。


「土下座が見事であれば助命を考えてやらんでもない、が……あの平等厨のイカれ女と上手くやっていける気はせんな」


 主人公の価値観が現代人的だからこそ、『奴隷を解放しよう!』というシンコウが違和感なく『正義の志を持つ師匠キャラ』として受け入れられた。

 だが、剣桜鬼譚(けんおうきたん)世界で生まれ育った梅雪の価値観で見ると、シンコウはこの時代には余りにも異物的な思想を持つイカれ女だ。

 そもそも奴隷というのに対する解像度が低過ぎる。


 ……まあ、シンコウのバックボーン的に、奴隷というのが『主人の気分一つで殺される、満足に寝床も飯も与えてもらえない存在』だと思い込んでしまうのは、分からなくもない。

 迷宮の露払いとして買われた奴隷など、確かにそういう扱いであったのだろう。


 だが氷邑家の奴隷は言ってしまえば下働きでしかない。

 もちろん、主人や奴隷以外の身分の者に逆らえば懲罰だ。

 これは『理不尽ないじめへの抵抗』さえもが『逆らう』という行為にふくまれる。


 しかし今の氷邑家は梅雪以外全員穏やかで争いを好まない人しか残っていない(好戦的な人は弱腰の当主を見限って出て行った)ので、理不尽ないじめをするような元気のいい人材は梅雪しかいない。

 よって梅雪の存在を除けば、氷邑家はかなり奴隷にとって居心地がいい場所だと言えただろう。

 空気を悪くする要素が全て梅雪に集約している。


「あいつが見ているのは『人』ではなく『言葉』だ。一人称『私』の者が全員女だと決めつけるような、乱暴な見方しかしていない。奴隷という同じ言葉を用いていようとも、その内容は違うというのに、内容まで見る気がないのだ。……あいつが奴隷を救うのは、醜い自己満足に過ぎん。あるいは、過去の己を救った気分になるための代償行為か」

「でも、奴隷にされそうだった身からすると、奴隷解放っていいことだと思うんです」

「ほう?」

「それに……もしも私が奴隷だったら、ご主人様は、私を側室にしなかったんですよね?」

「しなかった。他の方法で囲った」

「……」

「扱いは今と変わらん。それとも貴様も名称ごときにこだわって内実を見ない愚か者か?」

「……いえ」

「であれば、誘拐された俺の財産を救いに行く。文句はあるまい?」

「はい」


 アシュリーは奴隷になりかけており、奴隷にならずに済んだと思っているだけあって、彼女の中にもまた奴隷というのに対するマイナスイメージがある。

 よって、奴隷を連れ戻す行為には思うところがずっとあった様子だが……

 ようやく、理解したらしい。

 これは誘拐された従業員を取り戻す旅路なのだと。


「でもご主人様、剣聖には勝てるんですか?」

「ステータス的には勝てるはずだ」

「すてえたす?」

「能力において、俺は、剣聖の初期状態を上回っている」


 初期状態というのは剣桜鬼譚のゲームがスタートするタイミングなので、今から見れば未来になる。

 そして剣桜鬼譚のユニットはターンが進むごとにどんどん強くなっていくので、現在の剣聖はゲーム開始時より弱い可能性もある。

 が……


「……まあ、勝つさ」


 能力で圧倒出来る、とは思う。

 一抹の不安があるとすれば、どうにもこの世界、参照出来る能力値の単純な比べ合いではなく、戦闘のたびになんらかの細かい補正が無数にかかる感じがする──というあたりか。


 道術士と剣聖の相性差はそもそもない。剣聖は特殊ユニットであり、全ての相手に対して不利でも有利でもないのだ。

 それにミカヅチの加護対策として、アシュリーを矢面に立たせず、自分で行くつもりだ。

 何より、剣聖は身体強化を使えない。

 ミカヅチの加護という下駄を履かされているので身体能力が上がっているものの、そもそも剣聖は『身体強化なしの剣術のみで剣士と渡り合う』というところから、その愛神光(あいしんひかり)流の優秀さを諸国に認められた女である。

 身体能力で言えばシナツの加護を持っている自分と……まあ年齢による肉体の大きさ・筋力量の差異はあるが、背は高くとも大柄な方ではない剣聖と、十歳児。加護ありでだいたい同じぐらい、というところではなかろうか。


 加えて、梅雪は別に剣の比べ合いで全てを決める気もない。

 大名属性ユニットなのだ。それなりの戦いをするつもりでいる。そのための戦術もある。

 だが、その計略を発動するためには、まず、剣聖に瞬殺されないだけの強さを示す必要があるだろう。


 強さとは、腕力ではない。

 そして梅雪の性格的に、道術で遠くからチマチマ攻撃する気もない。


「……剣の術理の勝負になるな」


 剣聖と呼ばれる、剣の術理の天才と、術理の勝負。

 経験の少ない梅雪にとって、その一点は絶望的な差、のはずなのだが……


「……くくくくく……楽しみだなァ……己の最も自信がある分野で、歯牙にもかけなかったこの俺に敗北する、あのイカれ女の顔……!」


 ……忘れるなかれ。梅雪もまた、天才。

 その天才性は神威の量であり、対集団のセンスでもある。が……

 その目、その理解力は、応用が利く天才性である。


「悪い顔してるよぉ……」


 アシュリーが頭装甲を半端にかぶって日差しを防ぎながら震える。

 梅雪は暫くのあいだ、「ククククク……」と体を小刻みに揺らして笑い続けていた……

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