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第171話 開戦前夜

「……女主人公だとォ……!?」


 氷邑(ひむら)梅雪(ばいせつ)は、それきりしばらく言葉を失った。


 ついに熚永(ひつなが)家、剣聖シンコウ、それから『主人公』という、梅雪に『中の人』が入って以来、何かと迷惑をかけられた(主人公は除く)連中との決戦の日が迫ってる。


 向こうの中心は熚永家であり、その目的は『実は! 帝都騒乱とかで活躍した氷邑家! これ、悪いヤツ! 帝を騙し! 夕山(ゆうやま)姫を無理やり手に入れ! 悪行三昧! これを討つ熚永家こそ真の忠臣なんだよ!』という追い詰められて頭おかしくなったヤツの言い訳的状況を成立させることである。

 道理として通るか通らないかで言えば、通らない。だが、氷邑家を滅ぼしてしまえば帝は通すしかない状況に追い込まれる。

 これを通さないためには夕山越しに帝に現状を直訴して間に立ってもらうという方法がもっとも安全なのだが、いい機会だから、悪評を流すちょろちょろとうざったい熚永家と、その食客に加わっている剣聖シンコウをまとめて倒してしまおうという目的があるので、梅雪もまた決戦の気概である。


 で、その剣聖が引き連れている人物、女らしい。


 梅雪、当主の間の『魔王!』という様子の椅子の上で、肘掛に頬杖をつき、考える。


(いや。剣聖が引き連れているからと言って主人公とは限らない。だが……あの剣聖が横に引き連れるほど気に入る人間がクサナギ大陸にそう何人もいてたまるかという話ではある……)


 剣聖が横に引き連れる、すなわち内弟子として連れ回す人間の条件、才能である。

 たぶんあの女の外面しか知らない有象無象であれば、剣聖が『ついてきてください』と述べたならば断らないだろう。しかし剣聖、ウメをさらうまでずっと一人旅であった。

 ということは、『寂しいから誰かを連れ歩く』ということはせず、内弟子、すなわち皆伝を見越して剣術を教えるような相手しか連れて歩かないと予想して間違いないだろう。


 そう考えるとウメはこちらにいるし、おそらく主人公で間違いない。

 だが、決戦を控えて集まってきた情報によると、どうにも剣聖に連れ歩かれている者、女性らしい。


(女主人公……? 剣桜鬼譚(けんおうきたん)は女性ユーザーもまあいないことはないとはいえ、女主人公だと絵的に不可能なR-18シーンがいくつもあるぞ……?)


 えっちゲームで『一度も竿役男性の姿が描かれない』ということは、ありえない。

 そうして描かれていた主人公の姿、まごうことなき男性である。剣桜鬼譚は百合えっちゲームではないのだ。


 そこで梅雪、思い出す。


「……ブラウザ版!?」


 ブラウザ版剣桜鬼譚──

 これはR-18モードと全年齢モードが選べる、国内最大R-18サイトで遊ぶことのできるゲームである。

 あったのだ。売れたR-18ゲームが次々とブラウザ版を出していた時期が。ブラウザ剣桜鬼譚もまた、そういう時代に生まれたものであった。


 R-18モードにはもちろん、えっちな一枚絵がある。

 だが、ブラウザ版は主人公の性別を選択できる仕様にしたせいか、主人公の姿が描かれないように気を払われている。まぁどうしようもなく股間にモノが生えていないとおかしいシーンはたくさんあるが、なんか『生やす薬』があるとかいう設定も言い訳みたいに語られていた気がしなくもない。


 そう、ユニットや装備品がガチャ要素として実装され、キャラクターにレアリティ要素がついた剣桜鬼譚。

 たぶんスマホゲーメソッドで作ったからか、プレイヤーの分身である主人公の性別が選択可能になっている。


 そのゲームで剣聖シンコウはゲーム開始時に配布される星四(上から二番目のレアリティ)キャラであり、チュートリアルで倒されるのはもちろん氷邑家。最初に氷邑家を落としながら操作説明などが入って、氷邑梅雪を倒すとそれ以降、主人公の本拠地、つまりホーム画面の背景が氷邑家になる。


 こうして落とされた氷邑家はハロウィンだのクリスマスだののたびに季節ごとの飾りつけをされるという酷い尊厳凌辱をされる。歴史ある武家屋敷にイルミネーションを巻き付けるなァ! と思い出しただけでキレそう。


 そして氷邑梅雪の『中の人』、このブラウザ版剣桜鬼譚も、もちろんプレイ済み。

 なのだが……


「第一章しかやってないぞ……!?」


 やりこんでいなかった。


『中の人』が生存していた時点までで、ブラウザ版剣桜鬼譚は六章までストーリーが実装されている。

 そう、六章までなのだ。まだまだ半ば。ストーリーで言えばようやく帝内地域からはばたき、サイバネティック・ネオアヅチにてノブナガ・オダを倒そうか──というところで止まっている。


 つまり、ブラウザゲームやスマホゲームあるあるなのだが、シナリオが完結していない。

 そして『中の人』は完結したシナリオを読むのが好きなので、ブラウザ版は一章までやって放置していたのだ。


 剣桜鬼譚ファンなので一応触ってみたが、操作感とかいろいろ違うし、ガチャが渋くてキャラが出ないし、人権とか呼ばれるキャラが引けないし……まぁ、いろいろあって、萎えてしまったのもある。

 先のステージを攻略記事だけ読んだが、星五のトシヒサ(味方にえげつないバフをかけるキャラ。夏イベ限定)がいないと攻撃力が足りないステージとかどうしたらいいのかわからなかった。


(ストーリー自体はディスク版と変わらないという話だが……細かな差異がありそうではある、か)


 とはいえ梅雪、女主人公には驚きはしたものの、考えているうちに落ち着いてきた。


 そもそもにして、梅雪は原作知識をさほど活かしていない。

 序盤の仲間集めやシナツの加護、それに東北へ向かった際に多少『この先ではこのイベントが起こる』と覚悟をするのに原作知識が役立ったぐらいか?


 この世界で生きて、剣術を磨き、道術を磨き、命懸けの戦いを繰り返し、力を得たのは、原作知識によって有利であった点はもちろんあるが、まぎれもなく氷邑梅雪が氷邑梅雪として積み上げた成果に他ならない。

 相手がディスク版由来だろうがブラウザ版由来だろうが関係ない。鍛えた。剣聖に勝つつもりで鍛えた。そして、勝つつもりで備えている。ゆえに、なんの関係もない。


(俺の持てる物で、倒す。それだけだ)


 己の努力によって積み上げたものは、裏切らない。

 現在の氷邑梅雪は、かつての、ほんのささいなことでキレ散らかし、不安から他者に強く当たり、才能が及ばぬ現実から目を逸らすために少しでも己を煽った者を、パパに頼んでどうにかしてもらうような弱者ではない。


 強者である


 それはそれとして──


「……この俺の悪評を流し、氷邑家を悪に仕立て上げようと画策する熚永家。楽に死ねると思うなよ」


 煽りに対しては全力で反撃するが。


 ……かくのごとく、準備は万端。殺意も万全。

 氷邑梅雪、対剣聖および主人公、その配下熚永家の戦、その備えに憂いなし。



 熚永本邸──


 赤および花をイメージカラー・マークにする家である。

 その本家武家屋敷には今、異常な熱があった。


「氷邑家を倒し……我らが御三家筆頭……否。帝の唯一の忠臣となる」


 現在の熚永家当主は、正しく『熚永家の心』を継ぐ者であった。


 もともと、熚永家というのは帝への忠義を何よりの美徳とするお家柄である。

 弓矢というものが『卑怯者の技術』とされ、表向きには『槍の熚永』を名乗り始めてからも、秘密裏に弓の技を伝え続け、いざ帝が必要としたならば、どのような汚名を被ってでも帝の敵を射貫く──自己犠牲も厭わぬ忠誠心。これこそが熚永の心であった。


 だが、アカリのやらかしにより、バグが起こった。


 何よりも忠誠を旨とし、家全体が帝への忠誠心の高さを基準に人を評価するような風潮であった。

 だというのに期待された天才秘蔵っ子のアカリがよりにもよって帝のお膝元で帝の居城である蒸気塔を狙撃するということをやらかし、熚永家は完全にバグってしまった。

 何せ忠義こそ美徳、忠義の高さこそ人の評価であった家なのだ。それが謀反をやらかし、忠誠心を疑われた。しかし、忠誠心を基準にして物事を考えるので、頑なに『忠誠しています!』とアピールする以外の手段がわからない。


 これはまさしく教育の敗北である。

 熚永家、代々とってきた家の運営方針が帝の命令を待つというものであり、自ら功績を作って帝にアピールすることは『卑しい』とされてきた。

 そのため、忠誠心を疑われ、帝からの指示が来ない状態になると、どうしたらいいかというノウハウがないのだ。


 実は、目立たないだけで、信頼回復のためにいろいろやってきた。

 しかし指示待ちのノウハウしかなかったため、その『色々』がすべて空回っていた。

 もちろん、アカリが勝手なことをやらかしてこういう状況になったので、『冒険的な人格』の持ち主がことさら意思決定に噛めない状況も醸成されており……これまで積み上げたすべて、状況のすべてが、熚永家を滅亡の方へと追いやっているという、どうしようもない状況であった。


 そういう状況で、熚永家はどう考えたか?


「氷邑家は、甘言で帝を騙し、姦計によって我が家の忠義を貶めたる仇敵である」


 この主張、『そういうことにしている』わけではなかった。

 彼らは本気ですべての原因が氷邑家の陰謀にあると信じ込んでいる。


 自分たちが帝に忠誠を誓っているという事実はゆるぎない。だが、帝から忠誠を疑われているという現実がある。

 ならば、その事実と違う現実の原因は何か?


 帝都騒乱の際に名を上げた氷邑家に違いない。


 アカリも恐らく、氷邑家に騙され、悪に仕立て上げられたのだ。つまり、すべての元凶は氷邑家であり──


 ──これを倒せば、何もかも元通りになる。


 ……こういう思考をたどっていた。


 お題目ではない。熚永家の、少なくとも中心的な地位にいる人物は、本気でそう信じている。

 ゆえにこの戦い、大義名分はお題目ではなく、彼らの中では紛れもなく真実。誇りを懸けた決戦であり、帝への忠義をゆるがせにするような曇りなど一点もない、天下に号する堂々とした戦いなのである。


 だからこそ、モチベーションも高い。


「者ども、(げん)を張れェ! 帝を悪しき氷邑家からお救いし、我らの忠義を天下に轟かせようぞ!」


 熚永家領都武家屋敷にて、忠義の気炎が上がる。

 まぎれもなく彼らにとって、クサナギ大陸の存亡を懸けた一戦が始まろうとしている。


 それを当主の横でながめ、剣聖シンコウは微笑んだ。


 彼女は熚永家の狂信に気付いているが、何も言わない。

 ただ、こう思うのみである。


(……氷邑梅雪(ばいせつ)……早く、あなたを斬りたい)


 どこまでも欲深く、どこまでも身勝手。

 この戦国時代の最強格は、我の強さも最強格──


 目的のために散る有象無象の命など、彼女にとっては『気にすべきだ』という発想さえわかない些事であった。

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