表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
166/246

第166話 北の崎にて 2

 いつしか年は明け、三が日も終わろうとしていた。


 氷邑(ひむら)梅雪(ばいせつ)の歩みが再び始まる。


「復路についてだが、往路がクサナギ大陸東側から来たので、復路は西側を通って戻る予定だ」


 北陸ルートである。


『城壁割り』という名で有名であった尾庭(おにわ)博嗣(ひろつぐ)の故郷を経由し、北陸『軍神領』からもしかしたらシンコウゆかりの地を経由してそのまま『つるつる漆塗りランド』に入り、サイバネティック・ネオアヅチ(安土ではなく岐阜あたりにある)を通り抜けてドデカ湖を突っ切り、帝都から氷邑領に戻るルートだ。


「往路は多少急いだが復路を急ぐ理由はない。丁寧にあらゆるものを蹂躙し帰るつもりだ。異論のある者、先に帰るなり荒夜連(こうやれん)に残るなりしていいぞ」


 絶対に計画は曲げないという宣言であった。


 ここで先に帰る組が発生する。

 夕山神名火命ゆうやまかむなびのみことおよびムラクモ、そして七星(ななほし)(おり)、それと神器ヨモツヒラサカである。


 夕山とムラクモは単純にタイムリミットだ。

 実は帝の妹が三年間もうろうろするのはさすがに許されなかったようで、せいぜい半年程度の物見遊山を許可されただけである。

 しかも通常は護衛として大行列を引き連れて行くべきところを、護衛はムラクモとアシュリーだけという状況なので、これ以上心配をかけては帝の胃が爆発する懸念から、一足先に帰ることにしたのであった。


「優しいお兄ちゃんではあるしねー。それに、梅雪様に言いたいことを言えたから、私は満足したのです。あと純粋に体力的にキツい」


 言いたいこと──


 三年も放置は長すぎィ! というアレだ。


 言ったは言った。ただ忙しい時に言われたので、あんまり梅雪の心に届いている感じがなかった。

 しかし言っただけで満足した様子だった。というのも……


「自分の言葉で人の意思を曲げられるなんていうのは傲慢だから。『言った』『聞いた』『あとは任せる』以上!」


 ということのようだった。


 夕山のこの距離感、梅雪も評価するところである。

 一番まともに『大人』をしているというのか。夕山を相手にあまりこんなことを思いたくないが……


(……尊敬すべき者を思い浮かべろと言われれば、悔しいが思い浮かんだ光景の視界の端っこにこいつがいるのは否定できん)


 過干渉でもなく不干渉でもない。

 梅雪推しに狂った女であることは間違いないのだが、基本的には分を弁えている。

 生活しながら推していた人間特有の距離感みたいなものをしっかり持っており、『同じ世界に転生したので狂う時は狂う。けど生きている人間が相手なので節度は守る』というのが行動に現れていた。


 帝都騒乱の時にはムラクモを遣わされて奇妙なごっこ遊びに付き合わされたりもしたが、確かにアレが原因での不利益は……


(まあ、帝都蒸気塔に真っ直ぐ向かうことができず、蒸気塔の外で宿を取る羽目にはなったな……あとウメとアシュリーの機嫌をとるのに数日かかったり……騒乱の際のスタート地点が蒸気塔であればもっとシンプルに片付いたあれこれもあった)


 あったが、まあ。

 あの時点からすぐあとに帝都中が謀反と大逆と混乱に呑まれるというのは、想定しろというのが無理な話である。

 普通に事が進んだら、奇妙なごっこ遊びで総計七日ぐらい足踏みさせられた程度なので、『帝の寵愛を受けている妹御のわがまま』としてはかなり軽い部類であろう。


 ヒラサカは──


「キリちゃんの状態とか報告しないといけないんだけど。っていうかそもそも、ヒラサカはサトコの問題が片付くまでっていう約束だし、約束は守らないといけないかしら」


 ということのようで、ハバキリの状態についてはヒラサカも色々言いたいことがありそうではあるけれど、基本的に妹の願望を叶える方向で動くらしい。


 七星織はと言えば……


「なんか予想より過密スケジュールで疲れたのじゃ。あとその……わらわ、想像以上に役立たずでは!?」


 織はまあ役立たずなのだが……

 実際、彼女がなんらかの活躍をしたのは、氷邑湾で海魔を倒した時、嘘の目撃証言をでっち上げたのの手伝いのみであった。


 他のメンバー、なんだかんだ命懸けの場面で活躍の場があったのだが、織だけ徹頭徹尾役立たずだった──という認識らしい。

 夕山とか、夕山のそばに控えていただけで全然戦っていないムラクモとか、織の中で『いないこと』になっている。


(まあ、別に、最初からこいつに戦闘面で役立つところがあるとは欠片も思っておらんが……)


 なんかしらショックで奮起するなら、それはそれでいいこと……

 とは限らないけれど(暴走して空回りする可能性があります)。


 とりあえずやらせてみよう、というのが梅雪の考えである。


 ムラクモは『夕山が行くなら守る』という目的でそこにいるので、夕山が帰るなら説明不要で帰る。


 そういうわけで、夕山、ムラクモ、ヒラサカ、織の四名は帰宅ということになる。

 すでに色々なイベントをこなした東ルートでの帰宅になる。

 護衛戦力がムラクモのみなのが不安要素と言えば不安要素だが、荒夜連の連中も何人かついていくようなので、イベントがすっからかんになった東ルートを通るぶんには問題あるまいと梅雪は判断した。


 荒夜連の連中が同行する理由は、マサキの討伐と、そもそもマサキという存在や荒夜連という秘密組織の存在などを帝に報告するためである。

 マサキという脅威を退けたことで荒夜連は一つの節目を迎えた。

 この集団、対マサキ特化の戦闘集団なので、ここから先、新たな脅威が地獄の門から出てくるならば、戦術などを組み直す必要がある。


 しかし唐突にはどうにもならないので、恐山の状況や歴史を帝にバラし、地獄の門への対応人員と、あとお金などどうにかしてもらおうという目論見である。

 これについて帝都騒乱でオロチを放った犯人が荒夜連であるとバレる可能性があるのだが、夕山が安請け合いしたので悪いようにはならないと予想される。


 一方、梅雪とともに行くのは、アシュリーおよび迦楼羅(かるら)、ルウとサトコに凍蛇(いてはば)ということになった。


 凍蛇は佩刀であるので別行動をとられても困る。

 アシュリーは……梅雪的にはさっさと帰したかった。どう考えても氷邑領にいた方が、経済的にも、忍軍の性能的にも役立つからだ。

 しかし夕山に『長すぎィ!』と言われたのもあり少しばかり考えた結果、同行を許すことにした。


(これは『甘さ』か? ……リスクヘッジで言えば、領都にいてもらった方が助かる。夕山とアシュリーに泣き落としをされて仕方なく呑んだ、か? ……いいや、それだけはない)


 泣き落としで同情を引かれ、相手の主張に押し切られる……

 梅雪、そういった行動をする者を許さない。


 弱者という立場を押し付けて相手を意のままにしようとする性根を梅雪は嫌う。

 であるからアシュリーの同行を許したのは結局のところ……


(迦楼羅が旅の足として便利だった。それもある。……まあ、泣き落とされたわけではないが、夕山の言葉に『もっともだ』と目から鱗が落ちる思いがあったのも事実であろう。だが、一番の理由は……)


 梅雪は、己の中にある感情に気付いて、笑った。


(……結局のところ、俺も俺で、アシュリーと離れるのを寂しく思っていた、ということなのだな)


 妻として愛しているわけではなかった。

 だが、そばにいないと、なんとなく収まりが悪い関係性であるとは思う。


『主人公』からの先行NTR(寝取り)を目指しているので女は増えた。これからも増えるだろう。

 だがやはり、最初に仲間にした存在というのは思い出深いものだ。


 そしてサトコ。


 もはや毛玉ではない。髪をばっさりと切った彼女は、出会った時よりかなりさっぱりしてスポーティな印象になっていた。

 表情というのか、顔立ちもどこか違う。眠そうだった雰囲気はなりを潜め、どこか近寄りがたい硬質な気配を発している。


 ゲームで出会うサトコは目のハイライトが消えており、極度に無口で会話をしないキャラだった。

 どちらかと言えば、今のサトコはそっちの雰囲気がある。


「貴様は荒夜連(ここ)に残ってもいいのだが?」


 梅雪は意地悪に問いかける。


 サトコは、かすかに微笑んだ。


「口に出したことは守るよ。あとの人生は、梅雪に捧げる」

「そのようだ。では行くか」


 恐山学園都市荒夜連をそうしてあとにする。


 そうして……


 旅立ちを決意してから、二年と数か月。

 氷邑梅雪に『中の人』が入ってから──


 三年が、経過する。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ