第162話 恐山学園都市荒夜連 十三
「あああああああああもおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
マサキ、絶叫。
(あと少し! あとほんの少しで恐山から出られる! 一秒もあれば、出られるのに!)
舌打ちを繰り返しながら、マサキは次々飛来する球形の物体を手や氷の壁で弾いている。
東北恐山学園都市荒夜連。
そこは対マサキ用の戦術を練り、マサキが地獄から這い出して恐山を下山できぬよう鍛錬を積み続けた組織である。
戦術は言うに及ばず、戦闘スタイルもまた対マサキ特化の集団。
その集団が、次々とボールを投げる、投げる、投げる──
「一人を囲んで集団で石を投げるとか、恥ずかしいと思わないのかよぉおおおおおおお!!!」
絶叫とともに視線に力を込める。
雪女伝承を圧縮し顕現する『死』の術式。
愛しい相手を永久に氷の中に閉じ込める伝承から生じた、生物・無生物に限らず永遠に閉ざす氷を顕現するその術──
とっくに対応済み。
荒夜連の乙女たちがボールから放った妖魔どもが肉壁となりマサキの視線を塞ぐ。
そして凍り付いた妖魔ども、ボールに戻ることにより永久の氷縛より解放。再び肉壁として立つ。
(こうなったらまた爆散して──って、無理! 細分化した瞬間、体のどこかがボールに当たって捕獲される!)
ボール、すなわち離苦罹球形浄土。
それで妖魔を捕獲するにはある程度の手順が必要になる。
『妖魔を弱らせる』、すなわち『ボールを当てただけで殺せるぐらいまで弱らせること』。
離苦罹球形浄土とは、肉の戒めを解かれた魂を疑似極楽へとのぼらせる術式である。
つまり投擲攻撃によって妖魔にとどめを刺す必要がある。
今、マサキは大量の石を投げられている状態だが……
その石、投擲用の白いものが大量にあるが、その中にたまに黒いボールが混じっている。
すでに戦い、逃走を経たマサキ、その身を形成する神威の大部分をなくした状態である。
いい投擲をもらえばそれがトドメになりかねない。
もちろん爆散などしようものなら大量の神威が削れるのみならず、細分化した弱い肉片にボールがぶつかれば、そのまま全体がボール内に封印されかねない。
妖魔を殺し切るには、妖魔ごとに設定された特殊な条件を満たすか、封印のための特殊な道具が必要となる。
マサキが開発し、荒夜連がその使用技術を磨き続けたボール──離苦罹球形浄土。
あらゆる妖魔を封印可能なスーパーアイテムである。
聖別した縄だの、特殊な技能を持った職人だの、一切必要ない。
妖怪を救いたいと思いマサキが開発したその術式・呪具こそ、すべての妖魔・妖怪を殺すだけで封じられる、妖魔特攻兵器。
これは彼女にとって『救う』が、『自分から見ていつまでも弱々しく従順な立場であること』という前提で成り立つがゆえに、そういう道具になった──と、言うこともできるだろう。
しかし、ぐずぐずしてもいられない。
いられなかった。
マサキ、背筋に走ったぞわりという悪寒に従い、荒夜連の生徒どもから視線を外し、背後に向けて『死』の術式を発動。
瞬間、マサキとある人物の中間地点で、氷が爆発し、冷たい煙となって視界を塞ぐ。
煙を切り裂き登場する人物、氷邑梅雪。
「はっはっはァ! 『待て』ができたか!? 褒めてやろう!」
「くそがきいいいいいいいいいい!!!」
すぐさま斬りかかってくる梅雪に向けて氷の壁を展開する。
しかし荒夜連の生徒たちにボールを投げられまくり、イラつかされ、しかも神威量も最初に比べて目減りしている。
ゆえにその氷の壁、あまりにも雑。
戦闘巧者の進撃を留めることは適わず、当然のように回避される。
「なんだよもおおおおおおお!!! 私が何したっていうんだよおおおおお!!! どうして! 馬鹿どもが! 私の目的の邪魔をするの!? 私の足を引っ張る以外に存在意義がないのかあ!?」
「なぜ邪魔されるのかわからんのかァ!? だから貴様は馬鹿だと言うのだァ!」
「ころすうううううう!!!」
マサキ、全方位に向けて氷の棘を射出する。
細く長い棘である。それが無数に、上下左右三百六十度へと射出される。それは、マサキが一人であり、味方がいない状態だからこそできる無差別全方位攻撃であった。
細さと量ゆえに妖魔の肉壁を超えて荒夜連の乙女たちに迫る。
乙女たち、道士である。加えて言えば、この一戦、もはや逃げる気がない。ここで絶対にマサキを倒す。そのために投擲の手をゆるめない。ゆえに不動。回避など考えない。
だからこそ必中。
しかし──
「通さんぞ」
黒い雷が滝のように降り注ぎ、マサキの棘を防ぐ壁となった。
荒夜連の乙女たちを背に立つのは黒い妖魔──雷の精霊神となったルウ。
異世界における『神』とは異なる進化であり、純粋に出力を強化されたのみ。
だが、出力が上がればできることの選択肢が爆発的に増えるのが分厚い経験を経たルウという戦士の特徴。
岩を断つ剛剣の如くにもなれる。敵を穿つ閃光のようにもなれる。
当然ながら、決して敵を通さぬ鉄壁の働きも可能。
「小僧! 守備は任せろ!」
「言われんでもわかっている!」
梅雪の剣がマサキを四等分に斬り裂く。
幾度殺されても気にも留めなかったマサキ、殺されたことで舌打ちをする。
(やばい! やばいって! もう神威量の底が見え始めてる! なんでだよ! なんで!? こいつらなんでこんな一生懸命に私の足を引っ張るの!?)
繰り返される舌打ち。
梅雪に殺されぬよう、荒夜連のボールの直撃を受けぬよう、さらに『守備は任せろ』とか言っておきながら急に攻撃されるんじゃないかという不安からルウへも警戒しなければならない。
地獄へ続く門越しに足を留めて術を撃ち合うだけの戦いしか経験してこなかったマサキの頭は、とっくにこの複雑かつ四方八方が敵という状況についていけない。
しかも、気に障る笑い声がする──
声の方向から飛来するものへ咄嗟に氷を放つ。
すると、白い機工甲冑迦楼羅が笑いながら蹴り込んできた姿が見えた。
迦楼羅は氷の壁を蹴り砕くと宙返りしながら離れていき、白い機体を活かして豪雪の中に溶けるように消えていく……
ただ「きゃははははは」という笑い声だけがあちこちから響き渡る。
マサキの神経がごりごりと削られていく。
……だが、彼女が気付いていないだけで、負けを寸前に控えて必死になっているのは、梅雪らの方であった。
マサキは爆散を始めとして、『全速力で駆ければ一秒程度の距離に到達する手段』が無数にある。
爆散は細分化されたあとでボールに囚われる危惧からやろうとしないが、彼女がやぶれかぶれになってしまえば、何をしでかすかわからない。
そうして恐山の外に出られてしまえば梅雪らは負けである。
七歩歩いて天上天下唯我独尊と唱えるというのは、そこそこ時間がかかる手順のようでいて、その場で小さく七歩踏んで早口で唱えるだけという不細工で狡い方法もとり得る。
そしてどれだけ不細工で狡い手段であろうとも成立させてしまえば勝ちなのだから、マサキがその手段をとることは充分に考えられた。
加えて、梅雪、ルウ、迦楼羅、荒夜連の人員が集ってマサキを一斉攻撃しているが、この状況、いつまでも続けられない。
マサキには『老』の術式がある。
この術式は言ってしまえば『周囲一定範囲内に居続けると老いていく』という戦闘時間への制約、老いという不可逆のデバフの付与である。
歳が若ければ多少はマシかもしれないが、この術式、マサキが荒夜連を倒すために地獄堕ちしてから編み出したもの。その老いの速度、一分で一年。
マサキの存在が進化していればさらに老化速度が上がっている可能性もある。すなわちあまり時間をかけて『老』の術式の発動条件を満たすと、その瞬間に敗北と言って差しさわりない。
それを避けるために荒夜連はスリーアウトチェンジ制戦術をとっていたのだけれど、恐山のどこからマサキが逃げるかわからなかったので、荒夜連の乙女たちは広く布陣している。
梅雪が『巨大な氷の壁』という目印を出したので他の場所に布陣していた生徒たちも集っているだろうが、果たして『老』の術式が発動するまでに間に合うのかは微妙なところであった。
イラつき、冷静さを失い、戦闘時の思考に慣れていないマサキは気付いていないが、状況はまだまだマサキ有利。
マサキは『本当にうざい! 早く死ね!』と思っているが、早く死んでくれと願っているのは梅雪らの方こそなのである。
そもそも梅雪、ルウ、迦楼羅、荒夜連で囲んで一斉攻撃をしている状況で、キレながらもまた生きているマサキ、その神威量、主観的には見る影もないほど目減りしていても、敵対する者からすればまだまだ無尽蔵にしか見えないほどの量があった。
だからこその千日手状態。
──梅雪の計画通りである。
マサキが梅雪らに気をとられている場所より、はるかに高所。
雪風に遮られた視界の中に立つその者ら……
サトコ、ヒラサカ、ハバキリ。
ヒラサカが、サトコの左手を取る。
「サトコ、一投ぶんだけ、力を貸せるけど──」
何かを言おうとしたが、サトコは、ヒラサカにうなずき、目を閉じて深呼吸を一度。
言葉を遮る。
……わかっている。
ここから放たれる一投こそが、荒夜連の戦いを終わらせ、マサキに突き刺すトドメの一撃。
恐山を登る最中に梅雪より示された手順。
山のふもとに逃げるマサキをぎりぎりで留め、注意力が飽和するほどの攻撃を仕掛ける。
その隙に捕らえよ──
神器ヨモツヒラサカによる神威強化を前提とした、超々遠距離からの狙撃により、マサキをボールに捕らえる。
荒夜連18番サトコが最後のマウンドに立つ。
豪雪の向こうにいる豆粒ほどにしか見えない目標に向けて放る、失敗の許されぬ一投。
荒夜連の、東北の、ひいてはクサナギ大陸の命運がかかったピッチングが、始まる。




