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第16話 統率なしと統率一は同じではないのか?

 剣聖シンコウが奴隷を連れて逃げてから遅れること一か月ほどで、氷邑(ひむら)梅雪(ばいせつ)もまた『魔境』に辿り着いた。


 緩衝地帯にある深い山野を越えた先に広がっているのは、いきなり乾いてひび割れた荒野である。

『魔境』が魔獣どもが出て危険だからという以上に、この大地が作物の一つさえ育たぬほど不毛であるからというのが、誰も『魔境』を己の領地にしようとせず、不干渉地帯として留めおいている理由であった。


 しかしここも不毛なばかりではなく、中央近くにはオアシスがあるし、その周囲では作物も育つ。『魔境』で暮らす、主人公の最初の仲間たちは、そこで暮らしているのだ。


 まあ、オアシスは魔獣もたくさんいるので、それらを蹴散らしながらの暮らしとはなるのだが……

 現時点で、剣聖シンコウが梃子摺るほどの魔獣は出ていないはずだ。

 将来的、主人公がいい感じに全国の領土を七割ほど支配する段階になると、また話が変わってくるのだが。


 歩いている最中、かんかんと日差しの照り付ける魔境の荒れ地をただ進むだけで暇だったのだろう。

 黒い、ずんぐりむっくりとした機工甲冑『阿修羅』に乗り、頭部ハッチだけ開けて顔を出しているアシュリーが、声をかけてくる。


「しょ、しょ、しょ、聖女(しょうじょ)様は、ここにいらっしゃるのですか……?」


 シンコウは数々の仇名を持っている。

 剣桜鬼譚の世界において、『聖』という文字は宗教的に偉業を成した人に贈られる文字であるのだが、それが転じて、なんとなく神なる行いをした者・している者を雑に『聖』をつけて呼ぶ傾向もあった。

 剣聖、聖女などと呼ばれるシンコウもまた、多くの者、特に力なき者たちから尊崇の念を込めて『聖』のついた二つ名で呼ばれることが多い。


 聖女というのもまた、人口に膾炙した、シンコウの仇名の一つであった。

 多くの者は特に何も考えずにその二つ名で呼ぶのだが、その二つ名には尊崇の念がふくまれる。

 なのでシンコウのことを『自分のことを見限ったようなことを叫び、しかも奴隷を盗んで去って行った泥棒女』と思っている梅雪の目つきが険しくなる。


「あのような者が聖女であるものか。年齢を考えろ!」


 シンコウは梅雪より十歳以上年上にあたることが明かされているキャラクターであった。

 つまりR-18ゲームなので本編開始時には全てのキャラクターが十八歳以上である都合上、ゲーム中のシンコウは最低でもアラサー女だ。

 それに『ショウジョ』という呼び名を与えることに対し異を唱えた訳なのだが、このように解説が必要なキレ方なので、アシュリーはよく分かっていない感じで、サイドテールを垂らして可愛く首をかしげた。


 梅雪も伝わっていない気配を察して「チッ」とわざとらしく舌打ちをする。


「……ともあれ、シンコウと戦う可能性に備えておけよ」

「相性が悪いんですけど……」


 相性という概念はゲーム的なものだが、この世界にリアルに生きている人も、認識している様子だった。

 確かに『鈍重だがあらゆる物理現象をはじき返す装甲をまとった騎兵』と、『身体および装備を強化して素早い動きでどんなものでも断つ剣士』とは相性が悪い。

 なんなら相性がいいとされている道術士も剣士と相性が悪い。というか剣士が優遇され過ぎている。


 加えて、シンコウは剣士ではなく『剣聖』という特殊ユニットである。


『剣聖』のような特殊ユニットはステータスが特殊であり、『統率』という概念が存在しない。

 たった一人で出撃することが確定しているものの、おおむね三千人率いているのと同じだけのステータスバフが最初からかかっており、そして全てのユニットに対し相性において有利でも不利でもないという特徴を持つ。

 そして先制攻撃が確定である。なんか、飛ばすのだ。振った剣から、衝撃波的なのを。

 まあゲームでの話なので、この現実でどういうことになるのかは分からないが……

 剣聖である以上に、シンコウには注意すべき点があった。


「あいつは『ミカヅチの加護』を持っている。騎兵をぶつけるつもりはない」


 シンコウは奴隷だった過去を持つユニットだが、その時に迷宮もぐりをさせられていた。

 迷宮というのは氷邑家にある十歳でもクリア出来るようなやわらか迷宮ばかりではなく……というより、氷邑家のシナツの迷宮が『主人公が迷宮チュートリアルを済ませる場所』という位置付けなので異常に難易度が低いだけで、他の迷宮はもっと難易度が高い。


 そして迷宮は認めた者に加護を寄越す場所であり、剣士でもない梅雪がシナツの加護を得て剣士みたいな動きを出来るようになったのと同様、神の加護は何の才能もない者を剣士と同等にまで押し上げる力がある。


 もちろん、剣士ならざる者が剣士と同等になれるなら、剣士が加護を得ればさらに強くなる。

 ……なので、迷宮を見つけた大名の中には、奴隷を迷宮に入れて安全確保をしてから、当主が悠々と加護を得るという、そういうことをする者もいるのだ。


 シンコウが奴隷をしていた領地では、代々当主がそのような手段で迷宮の加護を得るのが当たり前になっており、シンコウも『迷宮の露払い』で死ぬ運命の奴隷であった。

 だが偶然が味方し、迷宮の加護を得ることが出来たのだ。

 そのまま自分を送り込んだ当主を殺し、奴隷身分から力づくで解放されたことにし、剣術流派愛神光流を立ち上げ、それを広め、現在に至る──という訳だった。


 そのシンコウが挑まされた迷宮こそが『ミカヅチの迷宮』。

 雷を司る神であり、スキルの内容的には『攻撃に神霊属性(雷)が加わる』『騎兵・重騎兵の攻撃封印』というありえんものだった。


 つまりシンコウは騎兵が相手なら一方的に殴れるのだ。

 それはシンコウから攻撃した時に反撃をさせなくするだけではなく、騎兵からシンコウに攻撃を仕掛けても、何もせずにシンコウの反撃だけが行われると、そういう効果であった。


 このように加護スキルはチート級の力を持っている。

 だが、弱点と言っていいのか、問題もある。


 加護スキルの持ち主はそれぞれ地上に一人だけなのだ。


 つまり、シナツの加護を梅雪が持っている限り、他の者がシナツの迷宮をクリアしても、シナツの加護は得られない。

 同様に、シンコウがミカヅチの加護を持っている限り、他の者がミカヅチの迷宮をクリアしても、ミカヅチの加護を得られない。

 他の迷宮の加護も同じような仕様であり、アシュリーにシナツの迷宮をクリアさせてみたところ、やっぱりシナツの加護は得られなかったので、現実でもそういう仕様に変化はないようだった。


(もし無制限に加護を得られるのであれば、シナツの加護を配下全員に与えたのだが……全く、ふざけるなよ神霊の分際で……! この俺にいらぬ苦労をさせおって!)


 内心でキレても、神霊は殴れるような存在ではないので、ストレスが溜まるばかりだ。

 格が高くて敵わないとかではなく、実体がないし、会話が出来るような存在でもない。ただ加護スキルにその存在が匂う、そういうものなのだった。

 なので、殴れない神霊へのストレスも、まとめてシンコウにぶつけることに決めている。


「シンコウは俺が這いつくばらせ、命乞い土下座をさせる。お前は……俺の奴隷を捕らえろ」

「……はい」

「気が進まぬか?」

「……奴隷を捕らえるのは、なんだか心が痛みますね……せっかく自由になったのに」

「ふん。自由?」


 そこで梅雪が浮かべた笑みは、知識がある者が知識のない者をあざ笑う、とても意地の悪い笑みであった。

 銀髪の美少年にそのような笑みを向けられればむしろご褒美と思う者もいようが、アシュリーにとっては『なんだかとても馬鹿にされてる』という感想だけが残るもののようだ。


「ど、奴隷が主人のもとから逃げたんですから、自由、ですよね?」

「『主人公』もそうだが、お前たちはどういう社会状況を想定している? 本当に奴隷が不自由だと思うのか?」

「ええ……だって……」


 アシュリーは奴隷になりそうだったところを、前忍軍頭領に拾われ、梅雪パパに口利きをしてもらい、奴隷身分に落とされずに済んだ経験がある。

 その時に前頭領がアシュリーの奴隷落ちを防いだのもあり、アシュリーにとって奴隷とは『なったら終わりのもの』ぐらいのイメージだった。


 だが、梅雪は違うと言いたげだ。

 実際、「ふん」と鼻を鳴らして、馬鹿にしきった顔で笑っている。


「全く、おめでたいやつらめ。……まあ、ならんのがいいのは、間違いない。もしもアシュリー、貴様が奴隷身分であったなら、俺の側室に迎えることもなかったであろう。というより、社会がそれを許さなかったと言うべきか」

「で、ですよね」

「だがな、貴様のような才能ある者や、親がいる者、集落や町などで保護されている者以外にとって、奴隷身分こそが自由を保障するのだ。それを奴隷と聞くだけで解放解放と(かまびす)しく……地域社会や技能という後ろ盾がない者が、大名家の所有を拒絶して、いったいどうやって人間社会で生きていくつもりだ? 力によって立つしかあるまいよ。そして、基本的に、奴隷には力などない。全員が剣聖になれる訳ではないのだ。だが……」


 梅雪がそこで浮かべた表情は醜悪なものをついうっかり目撃してしまった時のような、眉根を寄せ、顔を微妙に逸らし、目を細める、そういうものだった。

 そして梅雪の美しい碧眼が見る先には、不毛の荒野たる『魔境』……

 剣聖シンコウが逃げた場所がある。


「……努力すれば誰でも自由になれるなどとほざく愚か者も、世の中にはいるらしい。ああ、この世界で生まれ育った氷邑梅雪(おれ)の価値観で見て、ようやく分かった。剣聖シンコウ、やつは……」


 ふん、と鼻を鳴らし、


「平等厨の異常者だ」

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