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第156話 恐山学園都市荒夜連 七

 マサキとの決戦直前──


 サトコより共有された情報をもとに、山中を進みながら作戦会議がされていた。


「なるほど四苦(しく)術式──厄介というか、なんというか……開発者は本当に天才なのだな」


 そう語るルウは、どうしても尊敬をはらんだ驚きを抑えきれなかった。

 ルウは魔法剣士である。そしてクサナギ大陸にとっての異世界でさまざまな術式を見てきた。

 また、同じパーティのメンバーである湖の精霊・ヴィヴィアナというのは超級の魔法使いであり、本人の性格・性質には尊敬すべき点は一切ないのだが、術式構築の腕前は素直に絶賛に値する。


 そういったものを見てきたルウにとっても、恐山に封印されたマサキの術式は、素晴らしいという念が抑えきれないものであった。


 四苦術式──


 サトコは語る。


「まず気をつけなきゃいけないのは『老』の術式だね。これは、マサキと一定時間以上交戦してるとどんどん老いていく術式なんだよねぇ」


 クサナギ大陸広しと言えど、人を老いさせる術式などというものを実現した存在は他にいない。


「これを防止するために、荒夜連(わたしたち)はスリーアウトチェンジ制で戦ってたんだけど……」


 スリーアウトチェンジ制戦術とは、初手でマサキに総攻撃を加えたあと、マサキが三回舌打ちしたら戦うメンバーを入れ替えるという戦術であった。

 マサキは人間を相手にはいつもイライラしているうえ、性格が陰湿方面にあるので、イラつくとよく舌打ちをする。

 それ以外にもぶつぶつと何かをつぶやき始めたら一発チェンジ。殺しに来る合図であるので、術式に流し込まれている神威(かむい)量が増大し、『老』の術式が加速する。


 もちろんこれは荒夜連に数多くの乙女がいるから成せたローテーション戦術である。

 また、荒夜連が切磋琢磨を旨とし、学園の乱立を奨励していた理由でもある。基本的にチェンジすると対応する学園ごと入れ替わる。

 マサキとの戦闘は複数の学園生徒を入れ替えながらやることになるので、大事なのは全体の連帯よりも学園単位での連携なのである。


「まぁ、それは入れ替わりながら戦えばいいだろう。私も小僧も、それからそこの、なんだ、その…………よく笑う子も、一対一で戦えないことはないだろう」


 療養中で動かなかったとはいえ、マサキを実際に見たルウの判断である。

 梅雪(小僧)迦楼羅(よく笑う子)も異論はなさそうだった。


「それで、他の術式は……」

「『死』は永久凍土を作るやつだねぇ。開幕で使ってくると思う。見られたら凍るだけっていうやつ」


 見られただけで永久凍土に閉じ込められるというのはたまったものではないのだが、ルウを始めとして視線程度避けられて当たり前という感じで「そうか」と軽く流す。


 それもそのはず、ルウらはとっくに気付いているのだがマサキ、強くない。

 当然ながら荒夜連総出で倒すまでいかないのだから強いは強い。しかしその強さの種類が、『速い』『巧い』といった強い方向ではなく、数多の術式を操り、条件を知らない・満たせない者をハメ殺す、『厄介』という方向なのだ。


 そして荒夜連がマサキの行動をある程度パターン化しているところから、マサキは戦法を更新していないことがうかがえる。

 というよりも、戦士ではないのだろう。術式と強化した神威出力でゴリ押していくような戦い方しかしていない様子であり、そういった意味で『強くない』。


 ただし、もちろん戦いは命懸けになる。


 強くない、『強いと素直に言いたくなる方向性の力はない』というだけで、術式を多用するような魔法使いタイプは、条件がわからないと死ぬようなひどい『わからん殺し』を仕掛けてくることが多い。

 ルウも経験がある。相手を殺す時の魔法使い(ヴィヴィアナ)など、相手どころか味方として立っていても何をしているのかまったくわからないのだ。

 魔法剣士であり数多の経験から術式解釈能力の高いルウから見てもわからない。強い術師は『強い』ではなく、『厄介』や『不気味』といった方向で完成していくものなのである。


 そういう意味で『見られたら凍ります』という、条件もその後の現象もわかりやすい攻撃は、相対的に怖くない。


「『病』の術式は、うーん、説明が難しいんだよねぇ……教本には『生命力を奪う』って書いてあったんだけど……」

「それはその、山頂で生気を吸い取っていたものではないのか?」

「たぶんあの現象も『病』の派生だと思うんだけど、体感としては戦ってるとどんどんやる気が奪われていく、みたいなのが正しいかなあ……」


 ちなみにゲームでは『毎ターン味方兵力がどんどん減っていく』という現象で表現されている。

 梅雪にはゲーム知識があるが、ゲームで『そう』であるものが現実ではどう表現されているかは、サトコのような実際に相対したことがある者の意見の方が正しいことが多いので、説明に口を挟んでいない。

 ドヤ顔で語ったことが、実際に体験している者から『そうじゃないんだよね……』と否定されること、我慢ならない恥だからである。ゆえにあらかじめ回避しているのだった。


「で、『生』の術式は、催眠だねぇ」

「……催眠?」

「ここ最近かかった人がいないんで教本の情報なんだけど、『マサキのことを好きになって、マサキのために命を懸けるようになる』っていう……」

「一番えげつないではないか」

「でも基本的にはかからないんだよね。妖怪とかにはすごい効果があるんじゃないかって言われてるんだけど、こっちはマサキを倒す、できなくても地獄から出さないようにするために覚悟してるからさあ……さすがにそういう精神状態で相対してる相手にはまず入らないよ」

「それもそうか」

「でも『老』で衰えたり、『病』で生命力を吸い取られ? たりしたら、入りやすくなるみたいだねぇ。だから長く戦い続けないようにスリーアウト制で戦ってるんだけど……」

「ふぅむ」


 ルウは考え込み……


「それだけ聞くと、大した脅威でもないな?」

「……いやぁ、まあ、ルウちゃんみたいな子からしたらそうかもしれないけどね?」

「いや、攻略法が確立されている魔法使いなど怖くない。しかも直接的な攻撃の術式は『死』のみで、あとはローテーションで回避できるのだろう? なんというか……地獄から引きずり出して倒してしまうのもそう難しくないように聞こえる」

「……」

「だが、サトコらの母校をそれができない集団だとも思わんな。何か、あるのだろう? お題目のついた術式以上に、厄介な特徴が」

「うん、これはマサキの特別な術式じゃなくって、強い妖魔あるあるなんだけど──」



「──強い妖魔は格下の妖魔からの攻撃をほぼ無効化する」


 時間と場所はマサキの目の前、迦楼羅(かるら)がマサキを動かし、ルウが登場したところへと戻る。


 それこそ、サトコの『オロチちゃん』ことヤマタノノヅチが、マサキを相手には逃げるしかなかった理由。


 荒夜連の戦術は、マサキから妖怪という兵力を削って自軍の兵力にし、『視線』を介して攻撃をしてくるマサキの視線から、妖魔という肉盾で術者を隠し一方的に攻撃できるというものであった。


 だがその戦法、マサキが繰り返し繰り返し妖怪との融合を続けるごとに、通じなくなってきている。


 これまでは『マサキとそれに従い百鬼夜行を起こそうとする妖怪ども』が相手であった。


 だが、だんだん、『数多の妖怪と融合した超強い妖怪であるマサキ単体』との戦いにシフトしてきている。


 それゆえに『相手の数を減らしこちらは数の暴力で安全圏から一方的に石を投げる』といった戦術が通じなくなってきており、数より質が求められる時代になっているのだ。


 そうして今回の襲来において、荒夜連の乙女たちが持つ妖魔、開幕時点でその七割以上がマサキを前に逃げてしまった。

 ここで言う『逃げる』というのは、『そもそもボールから出てこない』という現象を指す。


 それゆえに荒夜連の乙女たちは投擲術式で立ち向かうしかなくなり、結果として視線を避け損ねて氷漬けにされることとなったのだ。


 そしてこの『妖魔同士の格付け問題』は、様々な補正も内包する。


 ゲーム的に言えば、妖魔対妖魔の戦いの場合、格上を相手にすると多大なステータス減衰補正がかかる。


 そういった補正を少しでも減らすため、ルウの格を上げようと努力していたわけだが……

 サトコとルウがちまちまと一カ月妖怪を狩っていた程度では、すでに完成しているルウの格は上がらなかった。


 しかし今、狸弾幕に隠され、迦楼羅が戦っている間どこかへ行っていた間に、進化が完了している──


 黒い雷を纏いながら、ルウがマサキへ斬りかかる。


 マサキはそれを氷をまとった腕で防御する、が……


「素人」


 ぬるり。


 ルウの剣がぐにゃりとした軌道を描き、マサキの防御をすり抜けてその喉に突き刺さる。

 剣術であった。だが、ルウほどの剣士の剣術、素人目から見ると何をされたかわからない、妖魔鬼神の類の術となる。


 ルウはパワーファイターであり、魔法剣士である。

 だがそれは剣術技能が劣っているということではない。


 ルウの強さは総合力の高さであり、いざとなれば術理にこだわらずパワーで粉砕する戦いも厭わない柔軟性にある。


 バチッ。


 マサキの喉に突き刺さった神威剣が一瞬帯電したあと、莫大な雷の術式をマサキの体内で爆ぜさせる。


 どう考えてもトドメの一撃であった。


 だが、マサキ……


「……うっざ」


 至極面倒くさそうにつぶやき、ルウへ向けた視線に力を込める。


 ルウは瞬時に剣を放棄しその場から離脱。置き土産とばかりに剣を爆ぜさせながら距離をとる、が……


 喉に突き刺された剣を爆発させられたマサキ。

 無傷。


 ルウは笑う。


「なるほど、確かに小僧の言う通りだな。莫大な魔力があるというのは、妖魔にとって、純粋にそれだけタフだということなのか。これは何度でも殺すしかないな」


 ルウが再び二刀になって駆ける。


 マサキ、目に剣呑な光を宿し、ルウをにらみつける。


「うっざ。うっざ。うっざ。……妖魔でしょ。あ、あ、あ、あんた、妖魔でしょ。妖魔なのに、なんで、敵対すんの。こっちはさあ、妖魔のために、やってるのに。なんで、私の努力をわかってくんないの。もういい。もういい。もういい……」


 妖魔に博愛を向けながら、荒夜連に使役された妖魔には容赦しない。

 妖魔・妖怪を救い彼らに住む場所を提供したいという気持ちを持ちながら、その性質は『誰にでも優しい』といったものとはほど遠い。


 ……マサキという人間の性格を一言で現すならば、こうなる。


『自分より立場の弱い者には優しい』。


 その攻撃性、その病的な『少しでも自分に敵対した者には絶対に容赦しない』という性質。

 地獄に押し込められてなお執拗に報復を狙って、数百年ものあいだ決して恨みを忘れず、荒夜連に復讐を、東北全体に制裁をと憎悪を維持し続ける陰険さ──


 それこそがマサキという少女の性格であった。


 その性格を視線から感じ取ったルウ、あきらめたような笑顔を浮かべる。


「この世界で私が敵対する連中、みんな性格に難があるのはいったいどういうことなのだ」


 ちなみにルウ、帝の祖の時代には、氷邑家開祖の道雪に敗れている。

 侵略者ルウ。現在はクサナギ大陸を脅かす脅威を倒すため、相変わらず貧乏くじを引かされながら戦い続ける──

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