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第155話 恐山学園都市荒夜連 六

 迦楼羅(かるら)の笑い声が響き渡る──


「きゃはははははははははは!!!」


 飛び上がって上空から。相手を蹴った勢いで反転して横から。横と見せかけて体を滑らせるようにさらに移動して前から。前から迫ったと思ったら唐突に跳び上がって相手を飛び越え、背後から……


 サトコはマサキが『凍てつく視線』を出すタイミングを頭の中で測り、いつでも狸の防壁を出せるように準備しながら、その動きを見ていた。

 ……いや、見えなかった。


(すごく、速い)


 迦楼羅の速度を見てサトコが連想するのは、あのプールでの決戦──

 氷邑(ひむら)梅雪(ばいせつ)と、異界の騎士ルウとの戦い。その速度であった。


 あの時のルウ、速度は音速を超えていた。

 サトコは実力あるイタコである。ある程度神威があれば身体能力も上がりはするのだが、それでも剣士でない者には音速以上で移動する者の動きなど捉えきれるものではない。


 ある一定の速度からは、サトコにとって全部『目にも留まらぬほど速い』でしかなく、迦楼羅の速度はその領域に達していた。


 実際──


 迦楼羅の速さ、プールでの戦いの時の梅雪やルウに、ついていくことが可能である。


 迦楼羅。

 天才技師アシュリーの手により創り上げられた、理外の機工甲冑。


 速度に焦点をあてて設計されたこの機体、動力は風──神の風である。


 普段の迦楼羅は瞬発力が低く、むしろ長距離輸送性能が高い機体となっている。

 しかし氷邑(ひむら)梅雪(ばいせつ)指揮下で戦う時、迦楼羅の速度は爆増する。


 その秘密こそが神の風。

 この機体、シナツの加護前提の設計をなされている。


 梅雪はシナツの加護などのスキルシステム……ようするに、ゲーム的なものを部下たちには明言していない。

 だが近場にいれば察することは可能であり、アシュリー、大江山(おおえやま)にてその速度強化(バフ)を体感している。


 その時からあった設計思想をもとにコツコツとくみ上げて完成した機体こそが、この翼の生えた白い機工甲冑・迦楼羅。

 ある一定の速度しか出せない状況においては、ゆるやかに加速し、最大速度までは到達しない。

 だが、一定の速度を超えると──ようするにシナツの加護がある状況下で全力加速をすると、背中の翼が開く。

 そして、止まらず動き続けることで、超速機動の際にどうしても生じる向かい風を取り込み、翼から噴射することによってすさまじい速度に到達することに成功していた。


 騎兵でこの速度を出せるのは帝都火撃(かげき)隊のエースチームリーダー桃井(もおのい)の駆る蒸気甲冑のみ。

 しかも、桃井は神威強化(ブースト)によって急加速・急制動を繰り返す動きを得意とするが、迦楼羅は加速したら加速しっぱなしである。


 いったんの停止を挟んだものの、迦楼羅、すでに加速中。

 その速度──プールでのルウと梅雪の戦いに食らいつくことが可能となっている。


 ……だが。


 その速度、そして速度によって乗算された威力を浴びせられ続け、マサキ、その場から一歩も動かず対応している。


 マサキは術式開発の天才。

 荒夜連(こうやれん)の根幹となる技術さえも開発した人物である。


 彼女の成した大きな革新的技術(シンギュラリティ)は九つあると言われている。


 まずは妖魔を封じ込めるボール、『離苦罹(りくり)球形(きゅうけい)浄土(じょうど)』の開発。

 その内側に整備された『疑似極楽衆生(しゅじょう)一切安寧(あんねい)曼荼羅(まんだら)』。

 現在、マサキをここまでの脅威たらしめた『人と妖魔とを融合させる術式』こと『人妖(じんよう)習合(しゅうごう)曼荼羅(まんだら)色即是空(しきそくぜくう)』。


 そして……


 いくら迦楼羅に蹴り込まれようとも、その細い体で受け止めるだけで、その場から動きさえしない秘密。

 これこそ恐山という過酷な地に、吹雪・豪雪にも負けない学園が都市を形成するほどに建っていられる理由。

 特殊な霊場の莫大な神威およびその他条件を必要とするものの、物体に『壊れない』という概念を付与する術式、『不壊(ふえ)蓮華(れんげ)』であった。


 この術式を突破しない限り、マサキを倒すことはできない。


 これだけでも脅威である。

 が、それはマサキの最後の術式にはその脅威度においてまったく及ばない。


天上天下(てんじょうてんげ)』なる術式が発動すれば、終わり。


 術式の発動条件を満たされる、すなわちマサキが恐山より外に出ること──

 これを成されれば、東北地方、ひいてはクサナギ大陸の終わりである。


 ゆえにこそ荒夜連の乙女たちは命を懸けた。


 そうしてマサキに動けないほどの傷を負わせ、彼女を恐山に留めることに成功したのである。


 だが今、その戒めは溶けてしまった。


 こうなるともう、倒すしかない。今、マサキは途中で強制的に休眠状態から起こされたことにより万全ではない。


 その万全ではない状態でさえ、無敵。

 マサキを無敵たらしめている『不壊の蓮華』、一体どうやって攻略するのか──


 その答えは、


「きゃははははははは!! 天罰天罰天罰天罰天罰天罰天罰天罰!!!」


 狂ったように笑い、狂ったように同じ言葉を繰り返す迦楼羅。

 

 マサキの白い瞳が、あちこち飛び回る迦楼羅の姿を目で追う。

 しかし追いきれない。その場から動かぬマサキは無敵。しかし、動かなければ相対的速度差は増すばかりであり、何より迦楼羅、上限なくどんどん加速する。


 すでにその速度、プールでの戦いの際のルウの最高速度に到達している。

 もはや尋常な目ではその姿を捉えることさえできぬ速さ……


 痛痒はない。

 マサキは『不壊の蓮華』の術式が起動している限り無敵だった。


 だがこの術式、基本的には家屋や設備などの『動くことを想定していない物体』にしか使えぬものである。

 それは『少しでもその場から接地面(足など)が動いてしまうと術式の条件を満たせなくなる』という理由がある、というのもそうだが……


 この術式を発動するために何より必要なのは、『無』である。


 足、および感情が動いてしまうと無効となる術式、『不壊の蓮華』。

 そもそも蓮の(うてな)に座するにはすべてを超越した我欲も感情の乱れもない境地にある必要がある。そうでない者はその座にあることができない。

 ゆえにこそ自らの意思では足を動かさず、無生物であるがゆえに感情の乱れもない家屋などを補強する術式という扱いであった。


 そしてマサキ……


「…………チッ」


 舌打ちする。


 瞬間、叩き込まれた迦楼羅の蹴り。

 細い腕で受けるものの、ついにマサキがその場から吹き飛ばされる。


 迦楼羅……


 気に障る笑い声と、意味もわからず覚えたてだから使っているというだけで繰り返す『天罰』という言葉、うろちょろとうざったい動きにより、マサキをイラつかせることに成功する。


 そしてすでにたっぷり加速した迦楼羅、マサキを蹴り飛ばした先にすでに移動し、さらに背後からマサキを蹴って吹き飛ばす。

 そののちまた吹き飛ばした先の地点に先回り。さらに蹴る、蹴る、蹴る、蹴る。


 マサキはピンボールのように空中で吹き飛ばされ続け、着地することもままならない。

 このまま決まるようにしか見えない光景であった。


 だが、もちろん、そうはならない。


「……ああ、ほんと、うざったい。うざったい、うざったい……死んでほしいなあ。死んでくれないかなあ。どうして生きてるんだろう。本当にうざい。本当にうざい」


 マサキが吹き飛ばされながら、ぶつぶつとつぶやく。

 その声はか細く、幼く、儚い。だが、発言内容と、表情には、自分を蹴りまくる迦楼羅への心底からの嫌悪と憎悪が滲んでいた。


 そもそもマサキ、人間が嫌いである。

 ゆえにマサキをイラつかせるのは難しくない。相手が人間……天狗(エルフ)(ドワーフ)なども含む、ようするに妖魔・妖怪以外のモノであるというだけで、勝手にイライラしていくからだ。


 だからこそ『不壊の蓮華』はマサキにとって小手調べ。動かず無敵の状態で相手を殺せるなら、人間を殺すなんていう面倒くさい作業はそうやって終わらせたいという考えて使っているにしかすぎない術式であった。


 つまりマサキを動かすまでは、マサキに『蹂躙される有象無象』ではなく『敵』として認定されるための試験。


 次なる革新的技術(シンギュラリティ)が、試験に合格した迦楼羅を襲う。


 マサキが妖怪と融合し地獄に落とされてから開発されたこれら術式は、それ以前に開発された術式と分けて『四苦術式』などとまとめられる。


 そのうち『死』を冠する術式が、凍てつく視線を通して迦楼羅に迫る──


 直前。


「時間だ。交代するぞ」


 黒い閃光が(ほとばし)り、迦楼羅とマサキの間に割り込む。


 二刀を振るいマサキを斬り裂かんとするその閃光は──


 異界の騎士ルウ。


 ただし、これまでの彼女と姿の一部が違っている。

 無骨な騎士の甲冑は柔らかそうな薄い布のドレスとなり、背中からほとばしる黒い雷は翼のようなシルエットを光るたびに映し出す。


 その姿──進化していた。


 異界の騎士改め、雷の精霊神ルウ。

 二刀を携え、豪雪の中に立つ。

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