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第153話 恐山学園都市荒夜連 四

 恐山を登って荒夜連(こうやれん)にたどり着く。


「サトコ、大丈夫そうに見えないんだけど」


 ヒラサカからの心配の言葉。


 サトコは「大丈夫」と答えた。

 もちろん、嘘だった。あの光景──マサキの周囲で氷漬けになった先輩たち。しかも、その生気をマサキに吸い取られている最中だというあの景色に近付いて行っている……そう思うだけでサトコは動悸が激しくなり、呼吸もうまくできなくなるほどだった。


 だが、『大丈夫』。


(向き合える。私は、向き合える。自分の意思で、向き合える)


 頭の中で何度も己を奮い立たせるように同じ言葉を繰り返し、歩いて行く……


 そこここにある永久凍土を超えて、マサキと荒夜連の乙女たちが永久凍土の中で凍り付いている場所にたどり着いた。

 その時、現場にいるメンバーは以下のようになる。


 サトコ、ルウ。

 神器勾玉ヨモツヒラサカ。

 新作機工甲冑に乗ったアシュリーに……


 氷邑(ひむら)梅雪(ばいせつ)


 それと。


「六百年前にもなかったぐらい酷い光景なんだよ……」


 神器剣アメノハバキリ。

 その熱心さが梅雪の諦めを引き出すに至り、このたびついに現場まで同行することに成功していた。


 氷邑梅雪は思う。


(帝の蒸気塔からも抜け出すスニーキングスキル持ちゆえ、目の届く所にいた方が安心ではあるが、不安要素だな……)


 まあしかし、アメノハバキリ、あくまでも剣でしかない。

 剣になった状態で装備されなければその能力は発揮されないと確認済み。ゆえに、ハバキリが勝手に剣になっても、みんなで放置すれば問題にはならないだろう。

 

 一応ゲーム的には指揮官ユニットではあるのだけれど、それを言い出したらヒラサカもそうだし、(おり)だってそうだ。

 しかしこの現実において、ゲームで指揮官ユニットだからと言って、実際に戦えるとは限らない。


 実際、七星(ななほし)織は山のふもとに置いてきた。これからの戦いについて来られないというよりも、そもそも登山についてくることができない。

 あと夕山神名火命ゆうやまかむなびのみことも体力的な問題で恐山踏破が不可能だったので、置いていかれている。

 そして夕山ら待機組の護衛のためにムラクモが残った。


 ゆえに、梅雪、ハバキリ、ヒラサカ、サトコ、ルウ、アシュリー。以上六名での決戦となる。


「小僧」

「なんだ侵略者」


 梅雪が氷漬けのマサキを検分していたところ、ルウが声をかけてくる。

 互いに一歩間違えばこの時点で戦いが始まりそうなほど酷いやりとりにも聞こえるが、今、二人の間には不思議な連帯感めいたものさえあった。

 一度は殺し合い、実力を認め合った者同士特有のつながりである。


 ゆえにルウ、真剣な顔のまま問いかける。


「この永久凍土、どう溶かす? ……正直なところ、この氷の神威(かむい)濃度、異常だぞ。この氷だけで判断するならば……」

「相手の格、氾濫(スタンピード)四天王三人分、といったところか」

「……そうだ。我らが王の(しもべ)、この世界においても最強に類するという自負がある。しかし、純粋な神威濃度だけで言えば、この氷には及ばない。この氷を砕けるか?」


 ゲームにおいて、この氷は破壊するのに手順が必要だ。

 氷の中で休眠するマサキとはあるアイテムを使わなければ戦えず、情報もアイテムもないと恐山を訪れても『氷の中に女の子が閉じ込められている……』というメッセージとグラフィックが出るだけで、何もできないのだ。


 そしてそのアイテム、恐らく魔界産の物。

 あの触手要素どもの住まう世界における至宝、『女の子モンスター特攻』の装備によって、女の子モンスターの一種であるマサキを弱体化し、それが操る永久凍土を弱め、そうすることでようやく『氷を溶かしてみる』という選択肢が出るというわけだ。


 そのアイテムはゲームだとサトコが所持しているのだが……


 梅雪は、一応たずねた。


「この氷を溶かすような能力を持った所持品、何かあるか?」


「ない、ねぇ」


 サトコの声は重苦しい。

 どうにも、梅雪がこの問いかけをした裏に、『俺では壊せないが……』というメッセージを勝手に補完した様子であった。


 ゆえに梅雪、凶悪に笑う。


「そうか、そうか。……ならば──余計なことをされずに済むな」

「……おひぃ?」

「少々、予定と違った状況だが──」梅雪が知る恐山学園都市の光景の中に、『氷漬けの荒夜連生徒』はいなかった。ゲームではすでにイタコゾンビになったあとの時系列である。「──まぁ、どうにかできるだろう」


 梅雪は凍蛇(いてはば)を抜く。


 顔の前に立てるようにかざした凍蛇の姿、まことに優美であった。


 ほんのり青みがかって輝く刃に、無数に連なる蛇の牙のごとき刃紋、変わらず冴え冴えと美しい。

 今はその刃を飾る拵えもまた、目を奪われるほどのものとなっていた。


 まずは今しがたまで刃を納めていた鞘。

 短刀の鞘というのはどうしても四角くなりがちなものである。それなりの見た目というのか、刃に合わせて優美な曲線を描いた鞘とするにはやはり長さが必要であり、そもそも凍蛇、反りがそこまででもない片刃の直剣のようなシルエットゆえに、歩いている最中にカタカタと不細工な音を鳴らさないようにするには、どうしても鞘も長四角くするしかない。


 ところが大武丸(おおたけまる)に仕事をさせるとこの鞘、優美な曲線を描くのだ。


 かといって納めにくいとか、歩いているとカタカタ鳴るとか、そのような素人仕事ではない。しっかりと刃にフィットする。

 納める時は吸い込まれるように、抜き放つ時には鞘の内側にベアリングでもあるかのようにスムーズでありながら、鞘の外側に少しばかり形を足して美しいシルエットの形成に成功していた。

 それで鞘が大きくなってしまうと抜いた時に刃の短さでガッカリ感が出てしまう。だが、それもない。『これ以外にない。これ以上でも、これ以下でもいけない』という実に見事な大きさの制御であった。


 明るい青は宝石を溶かした染料であり、その青の上には金箔が華美すぎない程度にあしらわれている。もちろん、本物の金の金箔だ。

 その金箔もただパラパラかけられたというだけでは、もちろんない。青空に見える天の川、あるいは空を締め上げる黄金の蛇の体というような流れが見える。あの変態の仕事とは思えないほどに美しく、精緻な計算の上で成り立っていた。


 鍔。

 これは機能的に言えば、鍔迫り合いの時に相手に刃を滑らされてそのまま指を斬られぬようにするなどの用途がある。

 この鍔ももちろん相手の刃から指を保護する用途を十全にこなせる頑丈さを持ち、梅雪がシナツの加護を失って片手になっても振れるように、軽い。

 ある特別な樹から削りだされたものであり、その樹は鞘、鍔、柄すべてに用いられている。


 もちろんデザインにもこだわるのが細工師の技量。

 強度を失わないように気を付けながらも一部を()り抜いて作り上げられた透かし鍔である。

 なぜわざわざ刳り抜くかと言えば、鍔で模様を表現するためであった。


 その模様、風と雪。氷邑家の家紋である。


 帝の(おおとり)、七星家の月と星、熚永(ひつなが)は花、そして氷邑が風雪。

 御三家は御三家のみだと雪月花、帝まで合わせると花鳥風月を家紋としていることになる。


 そのうち風と雪を背負うのが氷邑家。吹く風に銀雪が舞うその意匠、開祖道雪(どうせつ)銀舞志奈津(ぎんまいのしなつ)を振るう姿を表現したものと言われている。静かにして力強い。氷邑の当主のあるべき姿を意匠に込めたと言われるものであった。


 柄。

 機能としては握りやすさを司る部位である。

 通常の柄はまず木材で形を作り、その上にエイの革を張り付け、さらにその上から絹糸を編んだ紐を巻いて汗や血などで滑りにくく仕上げる。


 このたび柄に採用されたのは木材からして特別製。鞘にも使われているその木、世界樹である。

 クサナギ大陸から見て舶来品にあたるその世界樹、木材の特徴としては軽く、丈夫で、それから死なない。切り出されてなお命を持ち、装備品にあしらわれた場合、使用者に合わせて成長していくと言われていた。

 これは梅雪の肉体がまだ成長の途上であることを加味して用いられた物である。子供時代に作り上げたもの、大人になってからまた合わせて作り直せばいい──などという仕事を大武丸はしなかった。使い手が成長するならば拵えも使い手とともに成長すればいいという発想。それを可能にする特別な素材こそが世界樹なのである。


 革。

 世界樹が持ち主に合わせて成長するのに、革がそうではないなどと、大武丸のこだわりに反する。ゆえに革もまた同じように成長する素材を選んだ。

 すなわち、世界樹の樹皮。

 それも樹皮付きの世界樹をそのまま削ったわけではない。きちんと皮を剥いで乾かしたあと、その時に剥がれた皮を用いて再び張り付けるという仕事が入っている。


 さらに滑りにくくするための糸もまた、世界樹産で揃えた。

 世界樹の葉を文字通り蚕食する(かいこ)。それが吐き出す糸を撚り合わせて作った紐を巻いたのだ。


 拵えすべてに世界樹を用いることで持ち主の成長に合わせてより馴染むように成長していく。

 軽さを損なわず、丈夫さを犠牲にせず、優美であり、なおかつ豪壮でもある──


 この拵えを得た世界呑(せかいのみ)凍蛇(いてはば)、星に巻き付く大蛇のごとき威容を得るに至る。


 梅雪、凍蛇の向こうに、氷漬けのマサキを見据える。


「……さて、永久凍土、ひと呑みにしてやろうか。……サトコ」

「なに?」

「どうせ貴様は、そこの周囲で凍っている連中を助けてほしいのだろう?」

「…………うん」

「であるならば命じる。俺を信じろ」


 梅雪にとって信頼関係とは、ステータスが見えて初めて構築されるものだった。

 相手が自分のために命を懸ける気があるか──そういう基準で、その人物を信頼するかどうかを決めていた。


 だがサトコ、相変わらずステータスが見えない。


 当たり前だ。人には命が一つしかなく、サトコの命は荒夜連を救うためにある。

 ゆえに梅雪のためには命懸けにはならない。もしも梅雪と荒夜連を両天秤に載せれば、サトコは間違いなく荒夜連を選ぶ。

『お家のために他家の後継者に命を預ける』などは武士の考え方である。サトコにそういう思考は身についていない。


 それでも、信頼関係を築けるか。

 命を懸ける対象が違っていても、仲間になれるか。


 この問いかけ、梅雪にとっても試練である。

 自分はステータスという絶対的な基準なしで、他者を信用能うのか?


 仮にサトコが──


「うん」


 ──と言ったとして。『お前を信じる』という言葉を信じられるのか?


「ふん。……では、この俺が先陣を切ってやる。さあ世界呑凍蛇、(あぎと)を開け──」


 信用なくば確実に止められるであろう一撃が、放たれる。


 ためらいもなく。

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