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第152話 一か月後

 黄金の都、平泉──


 大武丸(おおたけまる)の工房。


 氷邑(ひむら)梅雪(ばいせつ)は思わず顔のニヤつきを隠せずにいた。


「……素晴らしい」


 てらいのない賞賛が出てくる。


 梅雪の目の前には拵えを終えた凍蛇(いてばば)がある。

 それしかない。


 今の梅雪は凍蛇の姿にすっかり心を奪われており、それ以外が見えない、感じ取れないほどの興奮状態にあった。


 姿形も素晴らしいが、何より素晴らしいのはその力である。


 わかる。感じ取れる。


(凍蛇の力が増している。……いや、拵えを通じて一体感が上がったことで、俺がより深くまで凍蛇の力を感じ取れるようになった、ということか。……業物を持ってはしゃぐ辻斬りどもの気持ちなど一生わからんと思っていたが……この刀ならば、少しわかってしまう。斬りたい。早く、こいつとともに戦いたい)


 だが、梅雪、格を大事にする男でもある。


 せっかくの凍蛇のデビュー戦──は、関東平野でやったので、お色直しのあとのお披露目式といったところか。

 それを飾るにはふさわしい舞台(てき)が必要だ。


「……さァて、行くか。どうせまだ氷漬けだろう。目覚めた途端にこの凍蛇に身を斬られる栄誉をくれてやる……待っていろ、マサキィ……」


 梅雪は凶悪に笑う。


 それを見てそばで茶など飲んでいた大武丸と七星(ななほし)(おり)……


「もう一時間ぐらいああしとるんじゃが」

「気に入ったようだネ! まァ、ウチはクサナギ大陸一の細工師だしネェ!」

「どうしようこの(いおり)、変なやつしかおらん」


 そのような会話をしていた。

 梅雪、まだ刀が仕上がった興奮から帰らなさそうである。



 平泉から北へ進むこと二日ほどの場所──


「だからぁ! キリちゃんが帰らないとまた梅雪にどやどや言われるんだけど!?」

「帰らないんだよ……絶対に帰らないんだよ……もう私は梅雪に所持されるまでずっと付きまとってやるんだよ……」

「そんな子じゃなかったはずなんだけど!? 正直に言って! 梅雪に何をされたの!?」


 神器姉妹が不毛な言い争いをしている横で、アシュリーとムラクモと夕山神名火命ゆうやまかむなびのみこと、御座を敷いてランチタイムとしゃれこんでいた。


 夕山が不意に上空を見上げ、つぶやく。


「あ、妖怪ジェットジジイ(サンタクロース)だ。もうそんな季節かあ……」


 妖怪ジェットジジイはゲーム剣桜鬼譚(けんおうきたん)において十二月限定で出現する妖怪である。

 上空を音速で飛び回りプレゼント用にラッピングされた箱を投下して回る。

 運が良ければアイテムを獲得できるが、運が悪いと指揮官ユニットの兵力を半壊させる爆弾など落としてくる迷惑な運ゲー要素であった。


 九月半ばに出発しそこから二か月かけて東北入り、なんか迎えに来たヒラサカとハバキリとの押し問答で一カ月ぐらい消費しつつ恐山を目指してゆっくり進むうち、もう時期は年末、クリスマスである。


 剣桜鬼譚は和風世界なのでクリスマスを祝うイベントはないのだが、なぜかサンタクロース要素は細々と存在する。

 たとば上空を飛び回る妖怪ジェットジジイなど、どう見てもサンタにしか見えない色合いと姿形なのであった。


 夕山は完全に風物詩的に目をやっただけなのだが、この情報、ムラクモはこう受け取った。


「……恐山に近寄るにつれ、妖怪が増えていますね。かつて百鬼夜行の乱において妖怪どものほとんどは地獄へ叩き返されたということですが──」妖怪の出身は別に地獄ではないので『叩き返す』という表現は微妙に誤りである。「──地獄の釜の蓋が開いた、ということなのでしょうか」


「そういうイベントはもっと暑い時期に起こるから、そういうのじゃないと思う。いやーそれにしても、そっか、恐山イベントかあ」


 夕山は目を閉じてそのイベントについて回想する。

 そして、気付いた。


「……妖魔の氷を溶かすアイテム持ってないけど、どうやって戦うんだろ」


 ゲームにおいて恐山のマサキと戦うには、彼女が閉じこもっている氷をどうにかして除去しなければならない。

 それには何度か攻め入って氷の周囲を守るイタコゾンビを蹴散らし、妖魔の神威を弱める特別なアイテムをかざす必要がある。


 そのアイテムはサトコを倒して手に入れるわけ、なのだが……


(あれ? 今のサトコってそのアイテム持ってるって思っていいの? でもなんも言及されてないな? そもそもどうやってゲームのサトコはそのアイテム手に入れたんだろ?)


 そのアイテムの出自、どう考えても魔界である。

 サトコは魔界由来の何かと戦ってアイテムをゲットしたのだろうと思われるのだが、今のサトコ、そういう戦いを経験した様子がない。


 夕山は考え、考え、考え……


「あふん」


 オーバーヒートした。


 周囲がぎょっとする中、夕山はお茶を優雅に飲み、


「ま、全部梅雪様がなんとかしてくれるでしょう」


 ダイナミックに丸投げした。


 信頼と言うには調子がよく、期待と言うには野放図すぎる。

 ゆえにこれは確信である。


 彼ならなんとかするだろう。

 だから、心配はいらない。


 夕山は優雅にお茶を飲む。

 周囲はしばらく夕山を見ていたが、『まあ夕山だしな』ということで再びランチタイムに戻って行った。


 ヒラサカとハバキリの不毛な言い争いは、まだまだ続く。



 恐山──


 荒夜連(こうやれん)は隠れ里である。

 そもそもが常に吹雪いている峻険な山脈であり、ここを踏破するには体力、登山技術の他に、ルート知識も必要となってくる。


 ゆえにサトコ、恐山の入口で仲間たちを待つ。


「来るかな」


 梅雪と別れた日から一月(ひとつき)

 約束の日ではあるものの、あくまでも『作業に一月かかる』という口ぶりだったので、実際はもう少し遅れるだろうとは思う。


 それでも、待ちきれなくて、ここにいる。


 本当はこんなふうにただじっと待っているのではなく、少しでも経験を積み、ルウを育て上げるべきなのだろう。

 だが……


 サトコはそばにいるルウを見つめる。


 異界の騎士。黒い肌の天狗(エルフ)

 背が高い。体つきは芸術品のようであり、身に着けた鎧は硬くきらめいている。

 一カ月前のままの姿だ。


 ルウの進化、あるいは強化さえも、ままならなかった。


 妖怪を探し出して狩るということを繰り返した。だが、ルウはもとよりクサナギ大陸最上位の強さ。

 サトコの使役下にあるのでパワーダウンしてはいるものの、こぼれた妖怪程度をいくら倒したところで、強くなれるほどの神威は集まらない。


 マサキの部下と考えれば妖怪の掃討も荒夜連の活動として正しい。

 正しいが、どうにももどかしく、じれったく、結果として何かを得られた感じはしない──そういう一月を過ごすことになってしまっていた。


 ルウは最近、出しっぱなし、連れ歩き状態だ。


 神威節約を思うならばいちいちボールに収めるべきなのだろうけれど、どうにも……


(おほぉ……一人は寂しいから──なんて、口に出しては言えないなあ)


 ……サトコは話し相手として、ルウをそばに置き続けてしまったのだ。


(こういうのが甘えん坊の後輩気質なんだろうなあ。……先輩にもきっと、見抜かれてたんだ)


 先輩。


 荒夜連の上級生たちはみな、尊敬すべき先輩である。

 今のサトコは確かにそう思っている。


 だが、特別な想いを込めてその呼称を用いる時、想像するのはただ一人だ。


 どんくさくて、泣き虫で、ドジで、一生懸命で……

 

(……一番マサキに近い場所にいた)


 人のために、自己犠牲をいとわない。

 そういう性質を何度注意したかわからない。尖っていたころのサトコは口も悪かった。『先輩は役立たずなんだから引っ込んでてください』だなんて、そういうことさえ、言ったこともある。


 でも先輩は、にへらと力が抜けるような笑みを浮かべて『ごめんねぇ』なんて、すっとろい言葉を言って……

 前に立つ。

 盾になろうとする。

 ……サトコに背中を見せようとした。


(助ける)


 手段はわからない。

 想像もつかない。


 だが、決めている。……あるいは、願っている。


 助ける。

 助けたい。

 助けさせて。


 どうか、どうか──


 伏線も何もなしに、唐突に幸運が降って湧くような。

 そんなハッピーエンドを迎えられますように。


「サトコ」


 ルウが横に跪き、そっとサトコの手をとった。

 見れば、力いっぱいに握りしめすぎて、掌に爪でも食い込んだのだろう、血が出ている。

 ただでさえ寒い恐山。しかも今は年末という全国的に寒くなる時期。流れ出た血が凍りそうなほどの冷たさが、傷口に差し込む。


「案ずるな。あなたはよくやった。……『すべてを望み通りにしてみせる』と誓うことはできない。だが、あなたが努力を重ねたぶんだけ、私がそれに応えることを約束する。だから、あまり、自分一人で抱え込まないでくれ」

「…………『騎士』だぁ」

「ああ、私は騎士であった。王に仕え、部隊を率い、民を守る騎士であった。……だが、民も国も、世界さえも、失って、この大陸を侵略する勢力になり下がった」

「……」

「私のように、ならせはしない。これは……誓いではなく、願い、だな」

「……そっかぁ」

「そして恐らく──私のように思っているのは、一人ではないぞ」


 ルウが立ち上がり、視線を遠くへ向けた。

 すると……


 吹雪の向こうから、人影と声が近付いてくる。


 サトコは、胸に手を当てた。


(一人じゃない)


 だから、甘ったれの後輩ではいられない。


 誰かに全部任せて、自分は乗っかるだけなんて、許されない。


「これは、私の物語」


 自分が救う。

 自分が戦う。

 自分が決めて、自分の足で進む。


 仲間とともに。

 仲間を連れて、行く。


 仲間たちが吹雪の中から出てくる。


 サトコは、小さくつぶやいた。


死合開始(プレイボール)


 背番号18番(エースナンバー)、サトコ。

 ホームのマウンドにいよいよ登板。

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