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第151話 恐山学園都市荒夜連 三

 凍り付いたマサキ。それを囲むように永久凍土に閉ざされている先輩たち──


 サトコが見た光景は、一見すると『引き分け』の様相であった。


 この光景を見てまず想像できる経緯は、『先輩たちはなんらかの方法でマサキ自身の永久凍土を利用し、マサキを氷の中に封じ込めることに成功した。自分たちの身を犠牲にして……』というものであった。


 これは『マサキの被害を広げない』という荒夜連のやってきたことの歴史を思えば『勝利』とも呼べる結果である。

 もちろん先輩たちの犠牲は後輩として許容できるものではない。しかし、最悪の事態は免れたと言える、そういう結果……


 ……だが。


 今、このクサナギ大陸ではない歴史をたどった世界──ゲーム剣桜鬼譚(けんおうきたん)世界において、荒夜連のイタコはサトコを除いて全滅、主人公とマサキとの戦いが発生するといった歴史をたどり得る。


 今回サトコの事件に氷邑(ひむら)梅雪(ばいせつ)が関与したことで、サトコが異界の騎士ルウをゲットしたりなどの変化は出た。

 しかし梅雪、荒夜連そのものの状況にはまだ介入できていない。


 ゆえにサトコの目の前にある状況は、ゲーム剣桜鬼譚でもたどられた歴史。

 荒夜連の壊滅と、マサキの生存につながる途中の景色なのである。


 ……サトコはもちろん、ゲーム剣桜鬼譚の知識はないが……


 気付いてしまった。


「動いてる」


 青みがかった光をぼんやり放つ永久凍土の中──

 マサキだけがかすかに動いている。


 状況はよくわからない。経緯もよくわからない。

 だがこの光景は、『荒夜連の決死の努力によって引き分けに持ち込んだ』という、そんな話ではなさそうだというのは、わかった。


 そこでサトコが手にしたボールのことを思い出した。

 思い出したあと、地面にボールを落とし、ルウを降霊する。


 自分ではよくわからない状況。誰でもいいから他の人の見解が欲しかった。

 それゆえの降霊──仮にそれにマサキが反応していたら悪手であったが、マサキはかすかに呼吸程度の動きをするのみで、反応しなかった。


 ボールを介しての意思疎通もできたことをあとから思い出す。

 それだけ、目の前の光景はサトコの心を乱し、思考能力を奪っていた。


 そしてルウを出したこと、結果的に正解であった。


 ルウは異世界で苦労人をさんざんやらされており、どうしようもない状況に放り込まれ続けてきた。

 それゆえの分析・解釈能力を持っており……


「……サトコ、目の前の状況について、あなたに話していいかどうかわからない予想が立ったのだが」


 目の前のモノがなんなのか。マサキと荒夜連の生徒たちがいったいどういう状態にあるのかを、理解してしまった。


 サトコは、深呼吸を三回する。

 肺が凍り付きそうな空気が、少しだけ覚悟を決めさせてくれた。


「聞くよ。私の問題だからねぇ。私は、聞かないといけないんだ」

「……そうか。では言うが……マサキ、だったか? あの存在はどうにも、大変なケガを負わされて……その、療養中のようだ」

「……つまり?」

「氷漬けにした少女たちの生気を吸い取っている」


 ゲーム剣桜鬼譚において、サトコはこの世に絶望し、何がなんでもマサキを殺すべく、様々なところで混乱を起こし、妖魔をゲットしたり──育てたりするということを繰り返している。


 ルートによってはボスとなるそのサトコの原風景。

 それは、目の前の光景が将来たどる姿……


 生気を吸い尽くされミイラ化し、さらに妖魔とされてマサキに使役された先輩たち。


 それを見てしまったがため、ゲームにおけるサトコは壊れてしまったのだ。


 このままだとそうなる。

 サトコはさすがにそこまで具体的な未来を思い描けない。だが、ルウの口ぶりと、言葉の響きから、このままじゃまずいということだけは痛いほど理解できた。


「……どうしたらいい?」


 声が上ずりそうになるのを抑えながら問いかける。

 どうすればいい──それだけ発するのが精一杯で、先輩を助けるにはどうすればいいという問いなのか、それともマサキを倒すにはどうすればいいという問いかけなのか……

 その二つが同時に達成できるのか、片方しか達成できないのか。それさえ、わからない。


 ルウは、眉間にシワを寄せてマサキを睨みつけ、重々しく口を開く。


「今の私では出力が足りず、この氷を砕くことができないことをあらかじめ言っておこう。その上で……氷を砕けば、生気を吸い取り切る前に、マサキの療養を止めることはできるだろう。だがその場合、氷ごとマサキ以外が砕ける可能性がある」

「……」

「……すまない。『可能性がある』というのは日和った言い回しだった。恐らく、砕ける。この氷は氷に見えるが氷ではなく……中にあるものを魔力に分解・再構成する術式……氷部分まで含めて中の者たちは妖魔化させられている、と言えばわかりやすいか」

「…………ふぅ~………………」

「……大丈夫か?」

「続けて」

「……氷を砕くことは、すなわち『妖魔を倒す』と同義となるだろう。そして、中身ごと一つの妖魔となっている氷を砕けば、中身もまた、砕ける。その可能性は非常に高い」

「……どうにか……」

「私には『砕いてみたら案外無事だった』という奇跡に懸けるしか思いつかない」

「……そっかあ」


 サトコはその場に座り込んだ。

 立っていることができなかった。


「ヒラサカちゃんが来れば、神器パワーでどうにかならないかなあ……」

「そちらについてはわからないので、なんとも……だが話によると出力を純粋に強化する類のマジックアイテムなのだろう? 難しいのではないだろうか。まあ、出力を強化されないと、そもそもこの氷は砕けない。魔力密度が純粋に異常だ」

「全力のルウちゃんなら砕ける?」

「砕けるが、あなたに使役された状態では全力を出せないな。……あえて聞かなかったが、ボールの術式、中身の解放を想定していないだろう?」

「……うん。一度ゲットした妖魔を解放……ボールと無縁にする方法は、知らない」


 たとえば、サトコが帝都騒乱のさいに放ったオロチ。

 あれは梅雪に殺されたわけだが、しばらく屍をさらしたあと消えた。


 妖魔というのはそういうものなので誰もその点について気に留めなかった。

 普通の妖魔は倒されると消える。無数の神威に散逸するのだ。そして時を経て復活する。

 妖魔の肉などを加工するには、特殊な技術によって妖魔を道具に縛り付ける必要がある。


 そしてボールから放たれた妖魔は、倒され、消えると、またボールに戻る。


 体を構成する神威が散逸しているのですぐさま再利用できるわけではないが、それでも、ボールがない状態よりかなり早く復活するのだ。

 ゆえにオロチ、サトコの所持するボールの中に戻っている。ダメージが大きいのでまだ戦える状態ではないものの、それも年内には元に戻るだろう。


 サトコは、


「ごめん」


 謝った。

 ルウは数拍おいてからその謝罪が自分に向けられたものだと気付き、「何がだ?」と問い返す。


「……ボールに縛り付けちゃったこと、ごめん」

「いやまあ、その謝罪は至極まっとうだと思うが……戦いの結果虜囚の身になり、自分を捕らえた者に謝罪されるというのは、さすがに経験がない。どう反応していいかわからんな」

「……」

「それに、今こうしているのは取引があるからだ。納得もしている。……個人的な好みで語れば、あたら若い者がその命を犠牲にするべきではないとも思っている。だから、あなたを手伝うことに『否』はない」

「……うん、そうだね。ありがとう、って言うべきだよね」

「問題は、私が全力を出せないことだ。氷を砕くか砕かないかを考える前に、砕く力がないのでは話にならん。同行者の中で氷を砕けそうなのは……まあ、あの小僧だろうな」


 氷邑梅雪──

 平時の出力はルウを上回ることはない。

 だが、その出力を上げる技があり、なおかつ、ヒラサカの強化対象にも含まれるので、同行者の中ではもっともこの永久凍土を砕き得る可能性を持っている。


「……生気吸収のペースから見て、そう差し迫った状態というわけでもなさそうだ。だが、のんびりするほど時間があるという感じでもない。参考までに聞くが、ボールの中身の妖魔の出力を上げる手段はあるのか?」

「うん。戦わせると進化したりする……」

「…………えーと」

「倒した相手の神威を取り込んで、存在を強化することができるのは、ボールっていうか、妖魔の特徴なんだよねぇ。だからそういう手段で鍛えたりもしたんだけど……」


 サトコのヤマタノオロチもそういう手段でゲットした妖魔、ということになる。

 もとは野槌(のづち)と呼ばれるさして強くない蛇の妖魔であったのだが、サトコと半生を共に戦い抜いたことにより、ヤマタノノヅチに進化したのだ。


 神話におけるヤマタノオロチよりは格落ちするが、それでも見た目のハッタリと破壊力はかなりのものである。


 ……問題は、野槌程度の格だと、百鬼夜行の主人と化したマサキに歯向かうことができない、ということだった。


 オロチちゃん(種族名ではなくサトコがつけたニックネーム)は、八又になってもその中身は野槌なのである。

 ある程度の格がないとそもそもマサキに歯向かえない。サトコの同世代が戦わず帰ることを許されたのは、そういった事情もあってのことだった。


「ルウちゃんの格だと、たぶん、今から鍛えて進化するには……かなり、多くの妖魔を狩らないと無理だねぇ」

「私も進化するのか……」

「たいていの妖魔は進化するからねぇ」


 三首になったりするのだろうか……とルウは静かに戦々恐々とした。


 だが、その妄想を振り払うと、ある可能性が見えてくる。


「……サトコ、小僧らと合流するまで時間があるな? 我らもできることをしよう」

「おひぃ~……?」

「恐らくだが、私は神に進化する」

「…………えっと」

「そもそも私は力を得すぎると神として元の世界に召しあげられるという制約があった。だが、ボールに囚われたことが、その問題を解決してくれるかもしれん。……神になったからすべてを救える、とは思わないが。それでも、可能性に懸けて自己強化をすることで、見えてくる希望もあるやもしれん」

「……そうだね」


 それはルウなりの慰めであることが伝わってきた。

 このまま、サトコに『やること』を与えないと、サトコが心労で倒れてしまうのではないか。だから、少しでも具体的な『待っている間にやること』を与えよう──そういう気遣いである。


 ゆえにサトコ、ルウの提案に乗ることにする。


「うん、じゃあ……梅雪の刀の拵えができるまでの一か月、恐山からたぶん、いくらか妖怪が外に漏れてる気がするし……それを狩ろう」


 早くと急かして来てもらうという選択肢も考えはした。

 だが梅雪、きっと応じないだろうと思う。あの我の強さを持つ男が、自分の用事を横に置いて、他人のために予定をまげる姿が想像できない、し……


 もし、梅雪が来ても、永久凍土に手も足も出なかったら?


 その問いに絶望的な答えが出るのを引き延ばしたい気持ちも、確かにあった。


 かくしてルウとサトコは一か月かけて修行をすることになる。

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