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第128話 パレードの終わり 二

 かくして幼年期(パレード)は終わりを迎え、すべてが大人へと近付いて行く。


 大人になるには、ただ時間を待てばいいというものではない。

 人は年齢を重ねれば大人とみなされる。だが、年齢を重ねただけで大人になれるわけではない。


 大人であって当然と思われる年齢に達するまでに、中身も大人になっておく必要がある。

 そして、どういったものが大人であるかは、()まう環境による。


 氷邑(ひむら)梅雪(ばいせつ)

 名門・氷邑家の後継者。

 いつか父を殺される運命の持ち主。

 それを跳ね除ける決意の持ち主。


 ゆえにこれから、己を鍛える旅に出る。


 その前に、父に、自分のことを(つまび)らかにしなければならないと決意する。


 梅雪は、今……


 自室で、巻物を広げていた。


 それは梅雪に『中の人』が入った直後に書いた、この世界でこれから起こることと、その対策をまとめたメモ書きであった。


 運命のせいなのか、世界の強制力でもあるのか、巻物の一部はぼやけて見えない。


 梅雪はそれを神威(かむい)で創り上げた短刀で壁に突き刺し……


「運命がネタバレを避けるというなら、もう貴様など知らん」


 道術で凍らせ、粉々にした。

 フローチャートは消え去った。


 もとより、ゲームのOPイベントであろう帝都騒乱が前倒しに前倒しで起こった時点で、チャートなど役に立たない。


「……せいぜい指を咥えて見ていろ。ここから先の展開に、貴様の席はない」


 これより先は、天意(シナリオ)ではなく人為(じんい)によってのみ紡がれる。

 梅雪は部屋をあとにした。



 当主の間。


 梅雪から銀雪を呼び出すという珍しいことが起こり、氷邑家が静かに、しかし興味深げに当主親子へと視線を注いでいる中……


 梅雪は堂々と銀雪のもとへと推参する。


 礼儀作法に則って、用意された座布団の横に座り、しかし礼儀作法の型通りではなく、父が何かを言う前に話を切り出した。


「申し上げます」


 梅雪は語る。

『中の人』のこと。

 この世界を俯瞰したような記憶。

 そして、父がたどるはずの運命。これより本格的に始まるはずだった戦国時代。


 父・銀雪は、すべてを聞き終え……


「そうか」


 と、それだけ言った。


 だが、その一言は、以前までの『息子に興味がない』かのような薄っぺらい優しい言葉ではなかった。

 さしもの銀雪も、唐突に浴びせかけられた情報に、整理の時間を要するような……


 人が、普通に困惑しているような。

 そういう声音だった。


(……父も、人なのだな)


 当たり前のことだとは思う。

 だが、梅雪にとっては驚くべきことでもあった。


 数十秒の沈黙ののち……

 父は、「梅雪」と声を発した。


「私はもうじき、三十歳になる」


 長男梅雪十歳であり、武家の結婚はだいたい十代のうちに行われるので、順当な年齢である。


「三十歳と言えば、お前の祖父はもう幾度もの戦いを経て名の通った武将であり、指導者でもあった年齢だ。……父の桜雪(おうせつ)に比べ、私は未熟で幼い……成長する機会を逸した、三十歳になることだろう」

「……」

「だが、息子がふざけているか、真面目かは、わかる」

「……父上、私は……」

「いい。これ以上、父を説得してくれるな。……息子に決死の覚悟で打ち明け話をさせたうえ、さらに説得や説明までしてもらうというのは、さすがに、父としての面目が立たないにもほどがある」

「……」

「お前が戻るまで、決して死なぬことを誓おう。だから、安心して行っておいで」


 父の微笑は、『中の人』が入る前の梅雪に向けられていたが如く、優しかった。

 だが、明らかに当時とは違った。顔の表面に貼り付くだけの薄っぺらい優しさではなく、心の芯にあるものが表れた笑顔であるように、梅雪からは見えた。


 父は……

 楽し気だった。


「それにしても……そうか、ウメはシンコウについて行ったか。……であれば、教えてあげよう梅雪。私はウメに氷邑一刀流を教えていた」

「……」

「驚かないね。やはり、察していたか」


 梅雪の天才性は『目』にある。


 ゆえに、わかるのだ。ウメの体を流れる術理が、愛神光流だけではなく、梅雪自身の中にも流れるものが混じっており……

 自分よりも、ウメの方が、その流れに馴染んでいると。


 銀雪は口を閉じたまま、鼻からため息をついていた。


「氷邑一刀流はどうにも、見限られてしまったらしい」

「父上、それは……」

「ああ、すまない。冗談だ。……確かに、振るえぬ剣術より、振るえる剣術が必要だろう。──梅雪」

「……は」

「愛神光流皆伝を以て、ウメを奴隷身分から解放する。その後は好きにさせてあげなさい」

「……」

「なぜ、帝都騒乱の功を以て、ウメを奴隷から解放してあげなかったか、わかるかな?」

「……私のため、ですか」


 父の微笑が答えだった。


 こうして父から言われてしまうと、否応なしにわかる。


(俺は、ウメに依存していた)


 ウメだけではない。

 アシュリーにも、依存していたと言えるだろう。


 囲って、裏切らない立ち位置にして、友のように、姉妹のように扱うことで、安心していた。

 それはまだまだ精神が不安定な梅雪にとって必要なことではあった。

 だが、過ぎればきっと、人生を停滞へと(いざな)う泥沼になっただろう。


 そして父は、それでもいいと思っていた。


 ウメやアシュリー、信頼できる家族とともに、戦いから離れ、意地や癇癪を忘れ、穏やかに生きていく道を梅雪が選ぶならば、それでもいいと。そう思っていてくれたのだ。

 紛れもなく親の愛だった。


 だが、梅雪は、どこまでも進み続ける道を選んだ。


 それを銀雪は……

 誇らしく、寂しく、あるいは……もっと他の、本人も、他人も言葉にできない感情を抱いて、見守ることにしたらしい。


「愛しき者との安穏たる停滞より、ともに進む茨道を選んだね、梅雪」

「……はい」

「私は……お前の母や、はるの母との、停滞を望んだんだ」

「……」

「お前を後継に選んだ時、他の御三家や、当時の帝からも、いろいろなことを言われたよ。『あの悪童は氷邑家を衰退させる』『それどころか潰す』『氷邑家は終わった』『考え直せ』とね。だが……氷邑家が終わって何が悪い? それは、家族と安穏と暮らすことより重要なのか? ……そう思っていた」


 家。血。運命。お役目。

 ……望みを抱いたからといって、望みを叶えるための才能が備わっているとは限らない。


 梅雪は剣士になりたかった。

 だが、剣士ではなく、梅雪の才能は、大名家後継としての自分を望む梅雪の思う通りには備わっていなかった。


 ……銀雪は。


「私は、穏やかに暮らす、名もなき誰かになりたかった」


 最強の男は、最強になんか産まれたくなかった。


「我が子を抱きしめることさえできない、この身を呪ったこと、一度や二度ではない。愛しき者に触れるという、ただそれだけのことを恐れるこの身が、憎くてたまらなかった」

「……」

「梅雪」

「……は」

「お前が旅から戻ったら、お前を抱きしめてもいいかな」

「……必ずや」

「であれば、私は生き延びよう。強さが私を殺すならば、強さで最後まであがくし、謀略が私を殺そうとするならば……うん。実はね……陰謀を巡らせたり、下剋上を試みたりするのも、嫌いではないんだ」

「存じ上げております」


 銀雪の凶悪な笑みを梅雪は覚えている。


 帝への下剋上をほのめかした時。七星(ななほし)家の処遇について報告した時。

 そういう時に、銀雪は確かに凶悪に笑っていた。……だから、嫌いではないどころか、好きなのだろう。


 でも、それはそれとして……


 否。


 平和に安穏に名もなき誰かとして暮らしたいという願い。

 下剋上や陰謀、出し抜くことを楽しむ顔。


 すべて銀雪である。

 なぜならば、人というのは、『中の人』の有無にかかわらず、複数の願い、楽しみを同時に持って当たり前だからだ。


「私も強くなってもいいかな、梅雪。それでも、抱きしめさせてくれるかな」


 銀雪は問う。

 梅雪は。


「もちろん」


 笑顔で応じる。

 その感情が表れた顔は、これから大人にならんとする、十歳の少年の笑顔。



 出立の日。


「おおおおい! おおおおおおおい!!!」


 梅雪らが旅支度を整え屋敷前にいると、大きな声が届いた。


 実のところ、誰の来訪かは物見からすでに聞いている。


 大嶽丸(おおたけまる)だ。


 梅雪にとっては初見だが、『中の人』の知識にはある。

 背が低く、太く丈夫そうな、赤と黒の入り交じった角の生えた女。

 そいつは『工房からそのまま来ました』という水着エプロン姿で、ただひと振りの刀を持っていた。


 ……物見から聞いていたが、『本当にあの格好で来たのか……』という驚きを禁じ得ない。

 しかし大嶽丸、水着エプロンでうろつくことなどまったく気にしていないかのように、ずかずかと近寄ってくる。


 出迎える意思がないならばとっくに追い返しているので、梅雪は大嶽丸が近場に来るまで待った。


 大嶽丸は──


 梅雪の目の前で、手にした刀を抜き放った。


 御三家後継者の目の前で許可のない抜刀など、凶行、ひいては帝への謀反の意思まで疑われかねない狼藉である。

 だがその場にいる者、氷邑家家人……いわゆるヒラの武士たち……以外は落ち着いたものであった。


 梅雪は刀に視線をやる。

 いや、吸い寄せられる。


 朝にほど近い昼間。真っ白い日差しを受けて輝く刃は、ほんのわずかに青みがかった白い輝きを放っている。

 刃紋は波飛沫のごときものである。……あまりにも美しい。だが……


 美しさ以上の何かが、梅雪の目を惹きつけてやまない。


 梅雪がしばらく見ていると、刃が音を立て始める。

 不可思議極まりない現象であった。

 リィィィィン……と鳴るその音色、梅雪にとって、あまりに耳に心地よい。

 同時に、その音は、これまでずっとはぐれていた親兄弟に再会した幼子の泣き声のようにさえ聞こえた。


 大嶽丸は、「よっしゃあ!」と叫ぶ。


「よーやく見つけたヨ! 君がこいつの持ち主だネ!」


 まるで落とし物を届けに来たかのような物言い。

 もちろん梅雪の落とし物ではない。これは、大嶽丸の独特の感性から出た言葉である。すなわち……


「面会謝絶でずっと何をしているのかと思えば、俺の刀を打っていたのか」


 これこそ、大嶽丸が梅雪のために打った名刀。

 ただし、大嶽丸は打ち終わるまで、この刀の持ち主が梅雪だとは知らなかった。


 インスピレーションに従い、そこにある素材を素材の求めるままにつぎ込み、鋼の形を浮き彫りにするように鍛造した結果、この刀が会いたがっていたのが梅雪だった──という、芸術家と言うにもぶっ飛びすぎた思考の果ての発言である。


 だが梅雪、大嶽丸がこういう独特の表現をすることを知っている。


 ゆえに驚かず、手を差し出す。


「受け取ってやるゆえ、早く寄越せ」


「ほいヨ」


 大嶽丸は抜いたままの刀を梅雪に放り投げる。

 素人が長物を投擲すると、不自然に回るものだ。


 その鋭く美しい刀もまた、くるりと回り……

 自らそうしたかのように、梅雪に柄を向けて、その手の中に収まった。


「……」


 陽光を背負わせるように刃を掲げ、見る。

 近場で見るとますます美しい。うっすらと青く輝く刃。遠目には波濤(はとう)の如きものと思われた刃紋はしかし、近くで見れば、無数に連なる牙のようにも見えた。

 拵えはまだ白木のものである。だというのに、握っていると、柄巻でもすでに巻いているかのように手に吸い付く。


 梅雪はその剣に、あるものを幻視した。


「……氷で出来た蛇」

「やっぱり君には見えるネ! 銘を確認しておくれヨ!」


 銘を確認するには白木の柄を外して(なかご)を検めなければならない。

 だが、鞘はまだ大嶽丸の手の中にある。目釘が打たれていないので道具はいらないが、外すには刃を持たねばならない。


 しかし梅雪、まるでそうするのが当然のごとく、刃を握って柄を外す。

 その刀は、梅雪の手を一切傷つけなかった。


「……凍蛇(いてはば)

「そう。そいつは凍蛇と名乗った。もう片面にも名があるだろう? そっちが真名だヨ。だが、それは君だけが知っているといい」


 もう片面……


 梅雪はその真名(まな)を見てかすかに微笑む。

 なるほど、紛れもなくこの刀は自分のものだ。自分以上に、この刀の持ち主にふさわしい存在はいない。そう確信できる銘が刻まれていた。


 柄を嵌め直す。

 不意に投げられた鞘に切っ先を向ければ、それはするりと刃を呑み込んだ。


 大嶽丸は語る。


「その子に似合う(こしら)えを作れる職人を知っているんだ。紹介状を書いておくからたずねるといいヨ。まあ、ちょっと遠い場所なんだけどネェ」

「構わん。どこにいる?」

「東北にある『黄金の都』。そして細工師は、その名も大武丸(おおたけまる)サ!」


 黄金の都。

 そこはすべてが黄金で出来た場所であり、彫金細工が有名であり、その他にも様々な細工品があり、細工師たちが鎬を削る地である。

 また、帝の祖が生まれた地とも言われている。


 現代日本の地図に直せば岩手県のあたりになるこの場所にも『オオタケマル』がおり、『オオタケマル』は剣桜鬼譚(けんおうきたん)に全部で三人登場する。目の前の『大嶽丸』、黄金の都にいる『大武丸』、それからその妹の『大岳丸』の三人だ。


(テキストだとわかるが、声にされるとややこしいな……)


 いちおう、大嶽丸ざぶざぶランドのご当地ヒロイン(年頃の女)として目の前の大嶽丸が配置されていたように、他のオオタケマルもえっちシーンを回収できる。


「ちょっと遠いけど、可愛い子には綺麗なおべべを着せてあげたいものだろう?」

「ああ。通り道でもある」

「お、どっか行くのかい?」

「……今まさに、出発するところだ。長ければ三年は帰らん旅になる」

「オオ!? いやァ、よかったよかった。間に合ってホッとしたヨ。……ん? ここって氷邑家じゃない!?」

「そうだが……」

「ってことは氷邑梅雪!?」

「そうだが……いや待て、貴様、なんだ、わかっててここに来たのではないのか?」

「いやァ、剣が『こっちだよ』って言うもんだからさァ。歩いてたらここにいたんだよネェ」

「……」


 剣の声、本当に聞こえている説がある。

 まあ梅雪の『神威を見る目』も他の者にはない視界なので、それと似たようなものと言われればそうなのだが……何にせよ、奇人変人の類ではあろう。


「とにかく間に合ってよかったヨ。にしても氷邑梅雪、噂と違って……」

「……なんだ?」

「勇士……いや……戦士……うーん、違う……英雄……? そうじゃないなァ、この気配は。この気配は……」


 ア! と大嶽丸が声を上げ、


「征服者」

「……」

「うんうん、それがいい。すべてを呑み込む征服者! イヤァ、噂はあてにならないもんだ! さすが、その子が選ぶ主人だヨ!」

「ふん」


 征服者。


 その響き、梅雪は……


「気に入った」


 大嶽丸作名刀・凍蛇。

 その真名、世界呑(せかいのみ)


 大仰な名前である。だが、悪くない。

 自分のための名刀ゆえか、その名は心によく馴染んだ。


「では、征服に向かうか」

「イッテラッシャァイ!」


 梅雪がどこかへ向かうことさえ知らなかった大嶽丸の声に送られて、旅は始まる。

 すべてを丸呑みにする、旅が。

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