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第127話 パレードの終わり 一

 氷邑(ひむら)梅雪(ばいせつ)は、これからのことを考えねばならなかった。


 たとえばそれは、このプールでの騒動の話。

 騒動を主導的に解決したのは、夕山神名火命ゆうやまかむなびのみことであり、その筆頭護衛のムラクモであるという方向性で喧伝可能だろう。

 何せ梅雪の戦いは誰も目撃者がいないところでのみ行われた。

 ……今にして思えば、鍛冶屋エリアから、視線と言うにはねばっこいなんらかの気配が注がれていたような気もしないでもないが、プールと鍛冶屋の緩衝地帯での開戦のお陰で、目撃した者はいなかったか、いたとしても少数のはずだ。


 この世界にはまだまだ自分より強い者がおり、そういった者たちへの欺瞞(ぎまん)工作の一つとして、自分を弱く見せるのが有効である──という考え方に変わりはない。

 あと、趣味的なものを言っても、こちらを弱いと侮って来た者を土下座させる方が、こちらの強さにおもねっているぶって、内心で見下してきてるやつを炙り出すより、手間がなくていい。

 ゆえに『弱さ』を被る活動は続ける方針で問題がない。


 名刀について。

 そもそもここには名刀を打たせに来た。

 大嶽丸(おおたけまる)の元へ向かっている最中に剣聖と出会い、そのまま異界の騎士ルウが乱入してきたのでなあなあになったが、本来は大嶽丸に『剣を打たせてください』と言わせるための強さを見せつける目的もあって、ここに来るという妖魔ルウの捕獲を手伝う……という流れであった。

 そうしたら大嶽丸がなぜか剣聖にフラガラッハを渡しており、そのフラガラッハのところにルウが真っ直ぐ来たため、大嶽丸をうまい具合に目撃者に仕上げることがかなわなかった。

 ここからどうするか。鍛冶師に土下座で頼み込んだり、『力を見せてもらおうか……』みたいな流れにされたらたぶん殺してしまう。本当にどうしよう。再び夕山を引き連れて来るしかないだろう。


 夕山。

 指示の通りにしたならば、ムラクモを置いて、アシュリーやアメノハバキリとともに氷邑領経由で帝都に行ったはずだ。ヒラサカがここにいないことから、ヒラサカも連れていかれた可能性がある。

 この旅程はアシュリーの騎兵車でも三日はかかる。夕山の体力を慮って途中休憩を入れたりすれば倍はかかるだろうか。氷邑領都大名屋敷までは一日程度なので、そこから父・銀雪(ぎんせつ)がどう対応するかにもよるが……

 何にせよ『さっき向かわせたから、待ってればすぐ反応がある』といったたぐいのものではない。

 遠距離通信の装置はサイバネティック・ネオアヅチや宇宙関連の領地にしかないので、なんともじれったいものだった。


 それから。

 それから、


 それから……


(……『奪われた』わけではない、が)


 梅雪は、ウメのことを考える。


 赤毛の犬系半獣人。

 無口で物静かな彼女。


 ゲーム剣桜鬼譚(けんおうきたん)においては、色んな場所が大きく成長した姿で登場するヒロインであり、愛神光(あいしんひかり)流を極めた剣士。

 最初から最後まで腐らない性能の持ち主で、主人を決して裏切らない『忠犬』。

 ヤンデレ気質があり、主人公と結ばれたあとは、定期的に抱きにいかないと主人公を拉致監禁してバッドエンド送りにする爆弾。

 まあ、このゲーム、ヒロインの半分ぐらいが爆弾要素を抱えているのだが……


 ……しかし、梅雪にとって、もはやウメはそういった存在ではなかった。

 もっと、自分の人生に根差した存在。

 まだ一年も経っていないけれど、もう隣に控えていることが当たり前になった……そういう……


 奪われたわけではない。


 ウメが望んで、自分が認めて、送り出した。


 だが、どうしたことだろう、この寂寥感は。

 梅雪はしばらく、ウメの去って行った方向を眺め……


「…………ハ」


 笑った。


「……ハハハハハ……」


「……急にどうしたの~?」


 イタコのサトコがびっくりしたようにこちらを見ている。

 梅雪は「いや」と首を横に振る。


「少し、過去の自分を振り返っていた」


『中の人』が入る前の梅雪であれば……

 きっと、今と同じようにウメを自分の左側に置くような存在にしたら、決して手放さなかっただろう。


 いったん離れることでさえも、恐れ、怒り、恐慌したはずだ。

 そういう錯乱っぷりを見せる自分の姿が、ありありと想像できた。


 それは、自分に自信がないからだ。


 自分のモノを常に自分の視界に置いていないと、離れられるんじゃないかという不安にかられて仕方なくなり、自分のモノを奪われる想像に恐怖し、混乱し、とにかく『行くな! 認めんぞ!』と喚き散らす──


 そういう小物だった。


「……俺は、強いな?」


 梅雪は、たまたま近場にいたのがサトコなので、サトコに問いかけた。


 もこもこの青い毛の少女は、うなずく。


「そうだねぇ。ちょっと信じられないぐらい強かったよ」

「俺は、天才だな?」

「そうだねぇ。たぶん私より年下だもんねぇ。それでその強さなら天才だよ」

「俺は、魅力的だな?」

「…………え~っと、それ、私に聞く?」

「なんだ? 異論があるのか?」

「ない、けどぉ……」


 サトコは言いにくそうだった。


 梅雪は、鼻で笑う。


(そうだ。不安も心配も必要ない。……いや、意味がない。嘆いただけで傍に居続ける者。それは、俺を同情し、見下しているということ。喚いただけで傍に居続ける者。それもまた同じ。何かを奪われたくない時、『行かないで』と見苦しく駄々をこねる以外の手段を、俺はもう知っている)


 強くあればいい。

 氷邑梅雪に屈服することが唯一絶対の正解であると誰もが思うほどに。


 天才であればいい。

 今よりももっと強くなる。これからもっともっと強くなると誰もが思い、翻意など起こさぬほどに。


 魅力的であればいい。

 忘れられぬぐらいに。

 裏切られぬぐらいに。

 そして……


 自分自身を、信じればいい。


 不安を抱き、心配になり、恐慌し、歩みを止める者は愚か。


 仮に心に不安がよぎった場合、できることはただ一つ。

 不安を抱かないようになるまで努力し己を鍛え上げることのみだ。


「青毛玉」

「だからぁ~呼び方ぁ~」

「この俺に名を呼ばれる栄誉が欲しいか? であれば、俺に降れ」

「……」

「が、今すぐにとは言わぬ。今の貴様には、俺の身命以上に命を賭すべきことがあると理解しよう。ゆえに、解決してやる。そうしたら貴様の人生を俺に寄越せ」

「えっ、それって……」

「この俺の直臣にしてやる」

「……あっ、はぁい。そういうことね。そうだよねぇ……」

「なんだ? 側室がいいのか? 加えてやらんこともないが」

「え」

「まあそんなことより、今は貴様の問題だ。だが、恐山は遠い」


 氷邑領は日本地図で言えば伊勢・志摩のあたりにある。そこから恐山までは関東を通り抜けて東北の最北端近くまで行かねばならず、かなりの距離があった。

 ゆえに、


「……その『間』で寄り道をするが、構わんな。なに、時間はとらん」

「……えーっと……まあ、時間をとらないならいいけど」

「決まりだ」


 強くなる。

 個人として強くなる。


 そして、組織として強くなる。


 そのために、旅をしよう。

 旅をするために……


(この大嶽丸の里で起きた問題をいい具合に事後処理せねばならんな。それに、父上の身のとりあえずの安全も確保せねば。……父上の安全のためにできること、それは……)


 氷邑銀雪。


 異界の騎士ルウ、剣聖シンコウなどと戦って、改めて理解した。


 クサナギ大陸最強を一人選べと言われたら、それは父だ。


 その父がどのようにして殺された──死んだのか。

 ゲーム剣桜鬼譚(けんおうきたん)で氷邑梅雪が家督を継ぐまでにあったことは、未だにわからない。


 だが、暗殺をされるかもしれないと父に示したならば、殺されるようなヤワな対応は絶対にしない。


 だからこそ、梅雪は己を鍛える長旅の前に、父に報告する必要があった。


 私、氷邑梅雪は──


 ──このクサナギ大陸を俯瞰する、異界の知識を持っています、と。



「ほわ」


 暗闇の中でその人物は目を覚ました。


 透き通る、水そのものの体を持つ、どこか幼げな顔立ちの河童(ウンディーネ)──


 の、原種。


 異界における湖の精霊。

 クサナギ大陸にとっての異世界から、勇者にして王たる主人公とともに来た四人のうち一人。


 暗闇の中、安楽椅子に腰掛けていた湖の精霊・ヴィヴィアナはきょろきょろと周囲を見回す。


 と、不意に目の前に、お茶の注がれた、ソーサー付きカップが差し出された。


 ヴィヴィアナはそれを受け取り、一口すする。


「ほわっ(ちゃ)ぁ!?」


「失礼。そういえばヴィヴィアナ様は熱いお飲み物が苦手でございましたな」


 暗闇から聞こえるのは気のいい老爺といった声である。

 闇の中から闇より黒い革手袋をはめた手が出てきてカップを回収。そして新しいお茶が現れる。


 ヴィヴィアナがおそるおそる口をつけると、今度は適切な温度の香茶(こうちゃ)であった。


暗殺者(アサシン)、毎回わたくしにアツアツのお茶を出すのはやめてくれませんかぁ?」

「失礼。毎回リアクションをとってくださるもので、つい」

「信じているのに……次こそはまともな温度のお茶をくれると……」

「ええ、信じてくれるからこそ、騙しがいがございます。信頼させることは詐術の第一段階でございますゆえ」

「騙すのは敵だけにしてくださいよぉ」


 ヴィヴィアナの正面で暗闇が肩を揺らして笑う気配があった。


 ヴィヴィアナはほっぺたをふくらませて、子供っぽく怒りをあらわにする。


「……もう、わたくしのドールハウスは壊されちゃうし、せっかく封印から抜け出した分身は殺されちゃうし。寝覚めのお茶は煮えたぎるほどアツアツだし、イヤになっちゃいますよぉ」

「おや、ドールハウスのみならず分身まで」

「分身はいいんですよぉ! 問題はドールハウスです! あれ、作るの大変なのにぃ!」

「どうせ大して役に立たない術式なのですから、いいのでは」

「そりゃあお人形のポージングぐらいにしか使えない術式ですけどぉ! わたくしの趣味のために重要なんですよぉ! あの術式を使わないとポーズの微調整が難しくて──」

「それより」

「遮らないでくださいよぉ!?」

「我らが主人は、未だお目覚めにならないのですかな? ルウが毎日、主人の寝床の前でうろうろとうざったく、掃除もままならないのですが」

「ああ、ルウちゃんは殺されちゃった……封印かな? されちゃったみたいなので大丈夫ですよぉ」

「なんと。封印から出るために、かなり神寄りの存在になっていたはずですが……」


 ここは──『魔境』。


 かつての氾濫(スタンピード)の中心地であり、帝の祖が氾濫の主人をうち倒した場所でもある。


 ただし、すでに妖魔堕ちしていた氾濫の主人──『異世界勇者』は殺すこと適わず、倒しても無数の神威に分裂し、散逸し、いずれ復活するとわかっていた。


 ゆえに異世界の神威をまとめて『魔境』に封じ込めたのだ。

 ……異世界の神威をまとめて封じ込めたからこそ、ここが『魔境』と呼ばれる不毛の地になった、というのが順番的に正しいが。


 ルウ本体が封印から抜け出せたのは、ここを守る封印が妖魔に向いたものだからである。

 力を出すほど神に近付いてしまうルウは、己の存在を神に近付けることで封印をごまかしたのだ。


「ほわ。それにしても、綺麗な女の子でしたねぇ」

「唐突にどうされました? ご存じですかな。脈絡なく頭に思い浮かんだことを唐突にしゃべるのは、老化のせいだという……」

「お黙りなさい」

「失礼」

「……そうだ。あの子。あの子を次の勇者にしましょう」

「また始まった」


 暗闇が頭を抱えた気配がする。


 湖の精霊ヴィヴィアナ。

 異世界の精霊にはそれぞれ権能がある。


 ヴィヴィアナは、救世主の任命という権能を持ち……

 異世界勇者を勇者に任命した過去もあった。


 老爺の声が、肩をすくめたように発せられる。


「まあ、勇者任命は結構ですがな。それもこれも、封印が解けてからになりましょう。ドールハウスはそのあいだに作り直せばよろしいのでは?」

「ほわぁ」

「今のはどういう鳴き声で?」

「鳴き声じゃないですぅ。感嘆符ですぅ。いいこと思いついたんですぅ」


 ほわわぁ! と感嘆符をあげて、ヴィヴィアナが何かを始める。

 それを暗闇の中から見た老爺は、同情するように呟いた。


「次の勇者。どこの誰だか知りませんが……同情申し上げる」


 ……運命に優遇された者は、同時に、運命から試練を受ける定めも課せられる。

 そうして数多の者をその場の勢いと『気に入った』というだけで勇者に任命し……


 試練の中で、数多の若者を死なせてきた、最悪の救世主選定者。


 ルウが神の眷属であり、強くなることによって神に上る存在であるのと、反対。

 異界において、そもそも神であったのに、その素行から精霊に堕とされた者。それこそが、ヴィヴィアナという湖の精霊であった。


 そのヴィヴィアナの趣味が爆発する。


 封印が解除され、『新たな勇者』が試練と幸運に満ちた人生に蹴り落とされるまで……


 あと、五年。

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「まあ、このゲーム、ヒロインの半分ぐらいが爆弾要素を抱えているのだが」 プレイ光景は見たいけど、自分がプレイしたいかというと迷うなw
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