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第120話 プールサイド 四

「……なるほど、一廉(ひとかど)の武人であることには間違いない。だが……」


 異界の騎士ルウは新たに神威(かむい)で剣を生み出しながら声を発する。

 それは、目の前の女に対してかけているようでもあり、独り言のようでもあった。


 大嶽丸(おおたけまる)ざぶざぶランドの目玉アトラクション、『超巨大温水スライダー』……

 そこは三十度前後の温水が大量に流れている、上下差の激しいスライダーコースである。


 全長約七百m、生身の人間がそのまま滑るデザインにもかかわらず最高到達速度はおおよそ三十km/hにも及ぶという、剣士限定アトラクションである。

 コースの途中で放り出されてスライダー外に飛んでいくこともあるのだが、ほぼ全域がプールとなっているスライダーエリアは、そうして『いつ放り出されてプールに叩き込まれるかもわからない』というところまでアトラクション要素であり、現代日本の安全基準について知っている者が見れば卒倒するデザインとなっていた。


 そんな場所のもっとも高い場所で、ルウは剣聖と向かい合っている。


 光に焼かれた黄金の瞳の、蜂蜜色の髪の女。

 神威(かむい)量、平均以下。体格、女性としては平均的。スタイルはよく無駄な肉はないものの、取り立てて優れた筋密度というわけでもなく、骨格も太いというほどではないし、骨が特別丈夫ということもないだろう。


 黒いワンピース型の水着姿の女は、流れる水流にしっかりと足を漬けて直立している。


 その立ち姿は武的に美しい。


 どこから斬りかかっても、どのタイミングで斬りかかっても、すべて対応されそうな雰囲気がある。

 実際、そうだった。もう幾度斬りかかったかわからないが、すべて対応され、すべてに死を予感させる反撃が来た。


 ルウは剣聖シンコウを一廉の武人と感じた。その感覚に間違いはなかったと言えよう。

 だが。


「……あなたは武人として完成されすぎている。争いがあなたを避けるほどに」

「気付かれてしまいましたか」


 シンコウが浮かべた笑みは少女っぽさのあるものだった。

 ルウはその美貌に『男を狂わせてそうな女だ』と思った。


 ……実際、シンコウが目録(もくろく)を与えた者たちは、『(自分の名字)新光(しんこう)流』を名乗るのだが……

 これは、愛神光(あいしんひかり)流の分派であるから光の文字を使ったという意味だけではなく、『シンコウの名を自分の苗字の下に置くことで……なんかイイよね……妻っぽくて……』みたいな気持ち悪い思惑もあったりする結果であった。


 彼らはシンコウが広く誰でも使える流派を広めるという聖女的活動をしていること、その指導の丁寧で優しいこと、何より美貌と優美な肉体、指導の際に感じ取れる甘やかな香りにすっかりやられてしまったゆえに、シンコウに熱を上げる者どもなのだ。

 ……ようするに、実力や才能を認めた相手を斬りたくて仕方ないという嗜好を持つこの女の興味を惹けなかった者たちということでもある。


 その女は、優美な唇を動かして、語る。


「我が剣、すべての攻撃を返す。ゆえに、多くの者はわたくしに攻撃を行うことをためらう。……これは護身としての完成形。しかし……」

「それゆえに、己の身以外を守るのに向いていない」

「ええ」


 シンコウの剣は、シンコウに迫るすべてを返す。

 だが、逆に言えば、シンコウを狙わない者を倒す術がない。


「……私も、あなたが私の剣を持っていなければ、避けただろう。相手をするにはあまりにも厄介。しかし、相手さえしなければ牙を剥くことがない。まあ、ようするにだ」

「……」

「あなたの剣は、巧い。が、つまらん」

「ええ。ですから、攻めかかってもらうためには、兵法……忍術、心理術を用いるより他にありません」


 シンコウがターゲットと定めた相手の大事なものを奪ったり、苛立たせたりといった方法をとるのはそのためであった。

 地上において無双の剣聖は、そのあまりの無双っぷりゆえに、よほどのことがないと手出しをされない。


 なので自分を追う元主家の追手、毎回ある程度生かして返している。

 あまりにも圧倒的に勝利してしまうと本格的にあきらめられてしまい……


 戦いが、なくなってしまうから。


 異界の騎士ルウは、吐き捨てるように呟く。


「狂った人斬りめ。あなたが争いを好まぬ性分であれば、この地上の死者は減ったろうに」

「争いを好む性分ではありません。ただ、斬りたいだけ。そして、斬る相手は、強き者がいい。それだけなのです」

「それが狂っていると言うのだ」

「侵略者にそう言われるのは、さすがに心外ですが」

「だが、どうする? 私の攻撃をそちらは必ず返す。これはもう、あきらめるしかない。しかし……必ず攻撃後というタイミングでしか放たれない攻撃になど、私はやられはしない。つまり、我々はいくら斬り合っても決着がつかんぞ」

「このプール全体の状況も落ち着いてきた様子ですね」


 シンコウは相手の質問や会話に必ず応じるということはなく、あくまでも自分のペースで発言する。

 これはシンコウが話の通じない女であるという以上に……否、その性分まで含めて兵法。

『相手を呑む』『相手を自分のペースに乗せる』『そして相手のペースには乗らない』ということを常に実践し続けているために完成した、常在戦場の人格と言えた。


「もう少し比べ合いをしたかったところではありますが、そろそろ、倒しに行くとしましょうか」

「……」

「あなたの方も、まだ隠し玉があるご様子。……わたくしの剣技に返されることを嫌って出していなかったのでしょう? 隙をさらして差し上げます。なので、使ってくださいまし」

「…………定期的に狂っている度合いを上げていくのはやめてくれないか。つまり、なんだ、これまでの戦いは……手を抜いていた、と? なぜ?」

「あら? ご存じないのですか?」

「……」

「殺してしまった相手とは二度と戦えないのですよ。で、あれば、相手の技……人生を味わい尽くしてから斬りたいと思うのは、人情なのでは?」

「この世界の人情はおかしいのかな。それともあなたがおかしいのかな」

「さあ」


 シンコウはにっこり笑ったまま首をかしげた。

 言葉とは砂礫のようなもの。投げ合い、浴びせ合い、相手の目に入ったタイミングで斬りかかるためのもの。ゆえに、シンコウは言葉の交わし合いにはまったく真剣ではない。


 ばちばちと、シンコウの周囲で雷が爆ぜる。

 全身が帯電し、蜂蜜色の髪のきらめきが増す。


 ……ゲーム剣桜鬼譚(けんおうきたん)において、剣聖シンコウは特殊ユニット。

 戦闘の際には必ず先制し、その場合の攻撃モーションは……


 斬撃を飛ばす。


 異界の騎士ルウの背筋を、何者かが舌で舐めるような不気味な怖気が走った。

 その『ぬるり』としたものに従って半歩下がる。


 いつの間にか剣聖が剣を振り抜いていた。


 互いに六歩の距離だというのに、下がっていなければ体を左右に真っ二つにされていた軌道で、斬撃そのものが放たれている。

 しかも──


「……雷撃か」

「我が目を焼き、我が人生に目標をくださった神。その名をミカヅチと称する。ゆえに……」


 シンコウの全身がばちばちと激しい音を立てて帯電し……

 その白い足が、光そのものになったかのように輝く。


「攻めてこない敵へは、その神の加護を頼ることにしております。さあ……今度はあなたが受け。わたくしが、攻めというわけです」


 一部人間(夕山(ゆうやま)など)が『その言い方はなんかちょっと……!』と言いそうな言葉を発しながら、剣聖がルウへ迫る。


 大嶽丸の隠れ里内でもっとも優れた戦力を持つ二者。

 その戦いも、ここからが白熱となる。

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タチとネコが入れ替わるリバース展開!これだから百合はやめられねえぜ!
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