第12話 氷邑梅雪の求めるもの
「え……? ま、ま、ま、『魔境』に行くんですか……?」
「同じことを二度言わせるな。そうだと言っている」
氷邑梅雪は苛立たし気に述べる。
だが、大名家後継が『魔境に行く』などと言えば、気の弱いアシュリーでなくとも、聞き返すだろう。
魔境。
それは氷邑家の西に広がる土地であった。
剣桜鬼譚の世界は戦国モチーフの陣取りゲームであるから、大抵どこの土地にも領主大名が存在する。
だが、その剣桜鬼譚世界クサナギ大陸の中で唯一、誰も領主大名がいない土地があった。
それこそが魔境。
多くの魑魅魍魎……ようするにモンスターがはびこっており、大大名の兵力をもってしても、一度入れば無事に帰ることが出来ないと言われている土地だ。
しかもこのモンスターどもはまれに氾濫を起こすことがあるとも言われており、そうなれば魔境から溢れ出したモンスターどもによって、クサナギ大陸は大変なことになるらしい。
一応氷邑家は立地的にこの魔境と都とのあいだにあるため、魔境からモンスターが溢れた時、その土地と兵とで都におわす帝をお守りする役目もある。
が、この魔境、別に恐ろしい土地ではない。
実際にはアシュリーのようなクサナギ大陸においてさほど数がいない人種が集まっている棄民の地である。
モンスターは存在するものの、『大大名の兵力をもってしても一度入れば無事に帰ることは出来ない』というほどではない。余裕で帰れる。
少なくとも現時点では恐ろしい場所ではない。
かつて実際にあった氾濫の時の話に尾ひれがついて広まり、歴史が流れる中で『恐れるのが当たり前の土地』になってしまった──ぐらいの感じだ。
まあ、本当に『今はまだ恐ろしい場所ではない』であり、ゲーム最終盤では魔王が復活するみたいなイベントが起こる訳だが……
では、そのような不毛の土地に何をしに行くのか?
「『魔境』には、俺が奪われた奴隷がいるはずだ」
氷邑家から逃げた『剣聖』と連れていかれた奴隷は、魔境に身を寄せている。
少なくともゲーム剣桜鬼譚においてはそうなっている。
そして……
魔境で、『剣聖』と奴隷は、出会うのだ。
『主人公』に。
……主人公が一勢力として立つ地こそが、現在『魔境』と呼ばれている場所であり、そこは立地的にちょうど氷邑家から見て西方向すぐそこである。
ストーリー的には……
まず、記憶を失って気付けば魔境にいた主人公が、棄民に拾われる。
棄民に優しくされる中で成長した主人公は、魔境のモンスターどもの中でおびえてすごさねばならない棄民たちに同情し、魔境の外にもっと安心出来て食べ物がたくさんとれる土地を求め、一大勢力を起こし、戦乱の世に打って出る──というのが冒頭になる。
しかし争いを好まない主人公は外の土地で暮らしている人々を倒すのに葛藤を抱くため、『じゃあ倒しても心が痛まないこんな外道がいますが……』ということで紹介されるのが、氷邑梅雪が当主となった氷邑家である。
まあ、自由度の高いゲームなので、いくらストーリーとか難易度が『まず、氷邑家を攻め滅ぼして感覚をつかみましょう』となっていても、全部無視して西の毛利家あたりに行ってもいいのだが……
何の情報もない状態から最初に攻めるなら氷邑家一択だろう。
チュートリアル感覚で滅亡が決定する氷邑家の嫡男としてはたまったものではない。
(というより、たまたま奴隷に厳しく接していたところを、たまたま『剣聖』にとがめられて、たまたま『剣聖』と奴隷の逃げた先に主人公がいて、たまたま主人公がその後に一大勢力として立つ──とかいうの、本当にふざけるな)
梅雪は人当たりがキツいお子様だが、そもそも、奴隷に怒鳴りつけたり、奴隷にムチを打ったり、あるいは奴隷を気まぐれに殺したりというのは、梅雪以外にも普通にやってる人はいる。
もちろん財産の一種なので余り乱暴に使うのは咎められるものの、『何年も使える値段高めのカバンを乱暴に使うな』ぐらいの咎められ方であって、金に余裕がある家なら相対的に価値も下がる。
というか剣桜鬼譚世界の常識に照らし合わせれば、奴隷をムチ打っていたぐらいでキレて大名家に歯向かう剣聖の方がヤバい人なのだ。
一応剣聖にも元奴隷というバックボーンがあり、奴隷に酷い扱いをする梅雪にキレたのもそのせいという話になるのだが、氷邑家まわりのストーリーはどうにも、主人公に有利過ぎて、氷邑梅雪視点だといちいち『それはおかしいだろ!』とキレたくなるものが多過ぎる。
まあプレイヤーとしてやっていると気にならないし、悪役の梅雪が自業自得でざまあされている感じもあって、なんなら気持ちいいまであるのだけれど。
「『剣聖』に盗まれた奴隷を取り戻すぞ」
「そ、そんなに、ご執心の、奴隷が……?」
問いかけるアシュリーの目に、何だか危険な光が宿った。
梅雪は布団の上に寝転がって頬杖をつきながら、「ふん」と鼻を鳴らす。
「勘違いするなよ。奴隷などどうでもいい」
「で、でも」
「重要なのは、俺のモノが奪われたということだ。俺に許可なく俺から離れる者、俺から奪う者を許してはおけん。だいたい──剣聖だか何だか知らんが、大大名の家から不当に家財を奪っておいてお咎めなしなどと、そのようなことが許されるはずがなかろう」
氷邑梅雪は優しさを覚えた。
喩えば今、寝室でしているアシュリーとの会話のように、なかなか事情を理解しない者に丁寧に解説してやったり、普段であれば『煽り』と思うような発言を煽りとして受け取らないなどのように、梅雪はただキレまくるだけの子供からは卒業した。
しかし、そういった特別扱いは、自分のために命を懸ける覚悟がある者……ステータス閲覧が可能な相手にしかしない。
「剣聖だか何だか知らんが、よくもこの俺のモノを奪い……あまつさえ、俺に説教までしてくれたなァ……? その狼藉、後悔させてやる。額を地面に擦り付け、俺に命乞いをしろ……! しないと言うならさせてやるまでだ!」
「ぴぃっ……!?」
「……という訳だ。アシュリー、貴様ら氷邑機工絡繰忍軍にも出陣してもらうぞ。もちろん、並行して、父上に暗殺者を仕向けそうな家の調査もしろ」
「は、はいぃ……」
そんな意図はなかったのだが、すっかりアシュリーをおびえさせてしまったらしい。
梅雪は少し考えて、アシュリーを手招きし、布団の上に来させた。
そして自分の横に寝かせると、頭を撫でてやる。
最初はカチコチに緊張していたアシュリーだが、布団の魔力と異常に心地よいナデナデによって、すぐに眠りに落ち始める。
まだまだ幼い女の子なのだ。いくら忍軍の頭領とはいえ、妹を撫で慣れている天才梅雪の手にかかれば、寝かしつけることなど訳もない。
しかし、梅雪は気になることがあった。
(怒鳴って怯えさせたあと優しくして懐かせるというのは、かなりドメスティックバイオレンスだな……)
アシュリーに対して怒鳴った訳ではないのだが、梅雪は相変わらず怒りを上手く我慢出来ないので、思い出し怒鳴りの影響をそばに控えるアシュリーが受けてしまうと、そういう状態なのだった。
(早く心穏やかに暮らしたいものだ)
梅雪は心の底からそう思った。
人の発言を九割ぐらい煽りだと思い込み、煽りに対しては怒りを表明しないと気が済まない梅雪ではあるが、その根っこは平和主義者のつもりでいる。
なので自分を怒らせる要素ばかり詰め込んでいるこの世界が悪いと思いつつ、まだ十歳の少年もまた、眠りについていった。
アシュリーをそばに置いて眠ると、よく眠れる。
この世の全てが自分のために命を捨てる覚悟を持つほど自分に忠誠を誓っていれば、どこでだって安眠出来ることだろう。
梅雪の求める世界は、きっと、多分、そういう世界で……
(そのためには、主人公が邪魔だな)
だから平和な世界を守るため、主人公は生かしておけない。




