表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
110/247

第110話 プール・パレード 二幕の一

 イタコのサトコは、自分の腑抜けっぷりについつい笑ってしまった。


(帝都にオロチちゃんを放つまでは、確かに自分の頭で考えられてたんだけどねぇ~……)


 今、目の前には黒い軍勢。

 西洋甲冑をまとった者どもが出現し……


 氷邑(ひむら)梅雪(ばいせつ)が、一人でそれに対処している状況だ。


 サトコには、何もできない。

 なぜならサトコの重要な武装である、ボールがないからだ。


 今回、サトコとヒラサカが立てた『大嶽丸(おおたけまる)ざぶざぶランドで妖魔を相手取る手順』は、以下のようなものになる。


 一、まずは大嶽丸ざぶざぶランドに入る。

 二、大嶽丸に妖魔の接近を訴える。これは、ヒラサカが『自分なら大嶽丸と面会できる』と力強く請け負ったため、深く事情を聞くこともなく任せることにしてしまった。

 三、大嶽丸に情報を共有し、危機をわかってもらったあと、その手伝いとして武装を許可されて妖魔と対面。

 四、水辺守(プールガード)と協力し妖魔を倒し、ゲットする。


 こういった手順だ。


(いやあ~笑っちゃうぐらい、甘すぎだよねぇ……)


 もしもサトコが情報だけ得て自分で手順を考えたならば、まずは大嶽丸ざぶざぶランドに従業員として潜入する方法を探る。

 サトコが得意とするのは、その土地でいつまでも潜んで、機会が来た時に奇襲的に活動を開始するという潜入工作員戦法である。


 彼女自身知らないが、ゲーム剣桜鬼譚(けんおうきたん)本編において、サトコは十年も帝都に潜み続け、そのあいだ、ずっと神器を獲得する機会を狙い続けていたのだ。

 その地域の暮らしに溶け込み、しかし決して流されない強さこそがサトコの持ち味だった。


 ところがそれは、孤独ゆえの流されなさだったらしい。


(引っ張ってもらえると思っただけで、これだもんなぁ。私って、どこまで行っても後輩なんだぁ……)


 ヒラサカの力強さに引っ張られて、安心してしまった。

 彼女に任せればきっと全部うまくいく。もう孤独な戦いなんかしなくていいし、先輩たちも、母校も助けられる──


 そう思ってしまった。


 だってずっと、そう思いたかったのだから。


 戦いたくなかった。ひとりぼっちはイヤだった。

 でも、しなければならなかった。同級生はほとんど逃げてしまった中で、まだあの場所を救いたい、あの場所で戦う先輩たちを救いたいと思っているのなんか、自分一人だけだったから……


 でも、思い知った。


(一人じゃないからこそ、たくさん考えないといけない)


 守るべき仲間がいるからこそ、仲間のために考えないといけない。


 サトコは天才だった。

 それでもサトコは、荒夜連(こうやれん)の危機に対処する人員に入れてもらえなかった。


 それはきっと、この甘えた後輩気質を見抜かれていたからだろう。

 誰かの命令に従って力を振るうことはできても、そうやって甘えられる状況では、すぐに思考を手放してしまう。

 心構えができていないのだ。……そんな人員、たとえ強力な妖魔を降霊できても、足手まといになるに決まっている。だから、人員から外された。


 それを思い知った。


 だから今、成長の時。


「……ヒラサカちゃん、入り口に戻ろう。ボールをとってこないと、私は無力だから」

「も、戻るって……梅雪を放っておくの!?」

「そばにいても何もできない。だから、離れる勇気が必要なんだよ」


 仮に、人員から外された腹いせではなく、先輩たちのために自らの意思で現場の荒夜連から離れて、外で力をつける選択をできたなら?

 自分に今できることがなんなのかを見極め、できることを精一杯にする。現場に居残ることだけが戦いではないと理解し、現場のために、どこであろうが、できることをする。


 ……そういう勇気が必要な時もある。

 サトコはそれを、思い知った。


「青毛玉!」


 梅雪が戦いながら叫ぶ。


 青毛玉、という呼び方には、だいぶ、こう、かなり、けっこう、思うところがあるが……

 言ってる場合じゃないので、サトコは「なに!」と返事をする。


「戻ると聞こえた! 夕山(ゆうやま)様を安全な場所へ連れていく使命を与える! ウメ! 貴様も護衛としてついて行け!」


「でも!」


 ウメの声は悲鳴のようだった。

 彼女が梅雪の命令に逆らうことはまずない。


 だが、先ほど見てしまったのだ。


 あの黒い剣士の剣に吹き飛ばされ、血反吐を吐いていた。

 その傷、外傷こそ見当たらないが、決して軽くない。


 しかもウメの目から見て、梅雪が相手取っている黒い軍勢は、一人一人がかなりの使い手。

 大江山で蹴散らした有象無象とはわけが違う。個人戦においても強敵だし、しかも黒い戦士団、陣形らしきものを使い始めている。


 きちんと数の利を活かせる、一人一人が強壮なる集団。

 あれの前に、明らかに怪我を負っている梅雪を一人残すというのは、できない。


 だが梅雪、冷然と言い放つ。


「俺がこの程度の連中に負けると思ってか?」

「……」

「言い直そう。この程度の連中に負ける者が、あの騎士に勝てると思ってか?」

「……でも」

「俺は、やつを殺すと口にした。俺は……二度と言葉だけの殺意は発さぬ。二度とだ! 殺すと述べたならば殺す! ウメ、貴様はこの俺を嘘つき扱いするか!」

「………………」

「行け! 貴様らの背後はこの俺が守る! のみならず、この連中を蹴散らし、すぐに追いつく! それとも貴様は、この俺の意地を、誇りを、馬鹿にするか?」


 絶対に勝てない強敵と出会った場合の対処。

 逃げるのが正しい。


 そもそも、『逃走』というのは多くの場合賢明(クレバー)な選択肢だ。

 人には命以上に大事なものはなく、たいていの場合、逃走という選択は延命のための最善手となる。ゆえにこそ逃げる。これは生物としてまったくもって正しい。


 そして現状、この大嶽丸の隠れ里には水辺守(プールガード)と呼ばれる防衛戦力がおり、そもそも、この事件と梅雪とは無関係である。

 道義だの強者の責務だのといったものを大義名分として振りかざそうとしても、間違いなく梅雪より強者である剣聖シンコウが、相手の最大の強者と今も戦いを続けている。


 認めるべきなのだ。氷邑梅雪は無力な子供である、と。


 であれば行動すべきなのだ。唐突にクサナギ大陸の歴史の中から現れた強敵を前に、『逃亡』という選択をすべきなのだ。

 それこそが、もっとも賢明な行動。


 だが。


「ここで逃げて、家で父上にでも泣きつき、『おりこうさんでしたね』と褒めてもらうのが、正しい生き方か?」


 振るわれる短槍をかいくぐりながら、梅雪は己に問いかける。


 否である。


「すべて剣聖に任せ、むやみに追いかけたりなどせず、大人しく自分より強い大人に従うのが、正しい生き方か?」


 否である。


 ……それは賢い生き方ではあろう。

 だが……


「意地も通せぬ生き様の、一体何が『俺の人生』か」


 神威を込める。

 刀を振り抜く。

 黒い戦士を斬り捨てる。


「賢い生き方? 利口な子供としての分を弁えた行動? クソ喰らえだ! 俺は! 意地も! 誇りも! 何も奪わせん! 誰かの評価を気にして生き様をまげてなどやるものかよ! この俺こそが氷邑梅雪! 御三家後継! 氷邑銀雪(ぎんせつ)が嫡男! そして! いずれこのクサナギ大陸で最強の名を冠する武士である!」


 叫び声には血の飛沫が混じった。


 だが梅雪、口の端の血をぬぐうこともなく、戦いを続ける。


「ウメ、俺の最強への道を邪魔するならば、貴様でも許さぬぞ。……わかったら行け! 貴様は主人の言葉を信じぬのか!」


 ウメは──


 胸によぎった一抹の寂しさの正体を探ろうとする。

 だが、そんな暇がないことも理解した。


 夕山、サトコ、ヒラサカ。それから、自分。

 この四人の中で、素手でも戦えるのは剣士である自分しかいない。


 だからウメは一礼し、三人を先導するように駆け出す。

 夕山に合わせた速度はあまりにももどかしい。戻って梅雪のそばに立ちたい気持ちをこらえるのが大変だ。


 だが、それは出来ない。


 だって、主人は──


(……道を、歩いている)


 一人だけの道を。

 横にも後ろにも誰も立つことを許さない道を、歩いているのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
痺れるぜ、
いい啖呵だ。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ