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第5話「月夜の出会いと、少年の冷たい微笑」

 庭園を飾る夜の静寂に、水色の花が揺れる。

 月明かりを浴びて輝くその一角が、だんだんとそこにいる誰かの姿を映し出した。

 ――そこに立っていたのは、ブレイディア・ライタンド・ゲバリーンド。

 8歳の王太子であり、今日のパーティーの主役であった。


 


 


 さっきまで会場の中央で、令嬢たちに囲まれていた少年が、何故かこの誰もいない庭園にいた。

 その彼が、今は夜空を背にして月の光を受けながら、無表情で水色の花を見つめている。

 ――まるで、その花だけが唯一の安らぎであるかのように。


 驚きに言葉を失っていると、ブレイディアはすぐに表情を取り繕い、柔らかな微笑みを作って私を見た。

 しかし、その笑顔はまるで人形のようだ。まばゆい金髪と碧の瞳の煌めきとは裏腹に、どこか冷たく張り付いたように感じる。


 (どうしてここに……?)


 思わず口を開きかけた私だったが、ブレイディアの方が先に小さく息をついた。


 「……ごめんね。パーティーの主役が、こんなところで。

  ……邪魔だったね」


 それだけ言うと、彼はひらりと身を翻して、立ち去ろうとする。

 周囲の令嬢を振り回していた王子様らしからぬ、あまりにもそっけない態度。

 月明かりに照らされた横顔は、ただ平坦で、何の感情も浮かべていないように見えた。


 (そ、そんな……)


 人形のように冷たい、そのあまりに完璧な微笑が、私の心にチクリと突き刺さる。

 同時に、前世のゲームで見たブレイディアの苦しそうな過去が脳裏を駆け巡る。

 たった8歳にして、彼はもう誰も信じていないのだろうか。

 考えがまとまらぬまま、私は思わず声を上げてしまった。


 「ま、待って……!」



 


 ブレイディアの足が止まる。

 私の心臓は早鐘を打つ。正直、なぜ呼び止めたのか自分でも分からない。

 ただ、こうして一人きりで暗がりに佇む彼を見過ごすことが、どうしても胸を痛めた。


 「……何?」


 振り返ったブレイディアの声は淡々としている。口元には人当たりのいい笑顔が貼りついたまま。

 その無機質な笑顔と冷たい瞳のギャップに、私は一瞬どきりとする。

 自分が何をしたかったのか分からないまま、思わず口を動かした。


 「え、えっと……私と……ともだちになりましょう!」


 ――言ってから、自分で自分に驚く。

 なぜこんな突拍子もないことを口走ってしまったのか。

 会場でも王族相手にそんな強引な誘い方は想定外だったというのに。

 困惑のあまり、一瞬頭が真っ白になる。やばい、つい勢いで言ってしまった……!


 「……あ、あの、そういう意味じゃなくて、わたし……」


 慌てて言い訳しようとする私。

 しかし、ブレイディアは私の言葉を遮るように、相変わらずの柔らかな笑みを保ったまま答えた。


 「いいよ。……友達だね」


 そのままの表情で、彼が“友達”という単語を口にする。

 まるで条件反射のような、無機質な返事。そこに喜びも驚きも見当たらない。

 ただ口角だけが上がったままの“完璧な笑顔”が、むしろ怖いくらい。


 (なんで、そんな表情ひとつ変えないの……?)


 衝撃に言葉を失う私をよそに、ブレイディアは静かに視線を逸らして、背中を向ける。


 「じゃあ、僕はもう行くよ。……友達として、これからもよろしくね、フローリアス嬢」


 最後にそう言い残して、彼は淡々とした足取りで夜の庭園を去っていった。

 ――まるで、私にこれ以上話しかけられないように、終わりを告げたかのように。


 

 


 あとには、静まり返った花の香りと夜気だけが残る。

 私はすっかり気まずくなって、そのまま庭園に立ち尽くした。

 “友達になる”と一方的に言ったはいいが、表情を崩さないブレイディアの姿に胸が痛い。

 それどころか「いいよ」と言われても、何一つ喜びが伝わらないなんて、あまりにも悲しすぎる。


 (なんで、そんな簡単に「友達」なんて言うんだろう……。私、よっぽど変なこと言っちゃったのかな)


 さっきの自分の行動を振り返ると、かなり無茶苦茶だ。

 たぶん、ブレイディアを止めたかったのは純粋な善意なのかもしれない。でも、あれじゃ押しつけがましいだけだ。

 結局、最後まで彼の心には一歩も近づけなかったように感じる。


 「……もう戻ろう。きっと、これ以上ここにいても何も変わらない」


 そう呟くと、私はバツの悪さを抱えたままホールへ戻り、端っこでしばらく料理をつまむ。

 けれど、味もよく分からないまま、パーティーがお開きとなってしまい、フローリアス公爵家の馬車で屋敷へ帰還した。



 


 それから一週間――。


 パーティー後、王太子ブレイディアとの気まずいやり取りをずっと引きずるかと思いきや、私の日常はあっさりと元の平和へと戻ってしまった。

 屋敷では使用人たちとの関係も良好で、マナーの先生のレッスンも落ち着いている。

 父も母も仕事が忙しく、以前のように不在名前またま。結局あの日は夕食にも顔を出さず、私がさっさと就寝してしまった。


 「ブレイディア殿下から何の連絡もないし……。むしろ、こんな私の“友達”宣言なんて、忘れてるかもしれない」


 そう自嘲ぎみに思いながら、私はフローリアス家の書庫で日々を過ごしていた。

―前世ではただのゲームの舞台として楽しんでいたけれど、いざ転生してみると、ここには膨大な歴史と魔法の秘密が詰まっている。

 ファンタジー好きとしては探究心がくすぐられ、ついつい本を漁り読みしてしまうのだ。


 「なるほど……。魔王を四人の精霊王と人間が力を合わせて封印した……。ここまでがライタンド王国の建国伝説ね。魔法大国と呼ばれるようになったのも、その封印の儀からなのか……」


 幾つかの歴史書を読み比べると、どれも似たような文言でまとめられている。

 だが、さらに深い詳細――封印の方法や精霊王と人間の契約条件など――は、どこにも書かれていない。

 どうやら“重要機密”として意図的に伏せられているらしく、私が気軽に調べられる範囲では限界があるようだ。


 (ゲームの中でも、『ライタンド王国は魔法が発達してる』ぐらいの表面情報しかなかったし……。

  これ以上踏み込むと、もしかして国の秘密に触れちゃうのかも)


 前世のゲームで悪役令嬢として散々破滅を迎えた私が、またも危険なフラグを踏むのは絶対避けたい。

 あまり無闇に闇の深いところを掘り下げるのはやめておこう、とため息をつきながら本を閉じる。


 そのとき、書庫の扉を控えめにノックする音が聞こえた。


 「お嬢様、リリアンでございます。夕食の準備が整いましたので、お呼びに参りました」


 「……うん、いま行くね」


 扉越しに答えると、リリアンは「お嬢様、今日はお父様とお母様がお帰りになっているそうですよ」と教えてくれる。

 我が家ではかなり珍しいことだ。以前のエマなら、大喜びして甘えたかもしれない。

 でも、今の私はそこまで親の帰還に執着はしていない。

 とはいえ、たまには家族みんなで食事をするのも悪くない。


 (ブレイディアのことは、いまは考えても仕方ないよね。せっかく夕食の機会があるんだから、気持ちを切り替えよう)


 書庫のテーブルに本を置いて、椅子を立ち上がる。

 窓の外はまだ夕暮れ時。柔らかなオレンジ色が庭を染めている。

 空を見上げながら、私はほんの一瞬だけ、王太子殿下の無機質な笑みを思い出して胸が痛んだ。

 けれど、それ以上深く考えないようにして、私はリリアンの元へと向かう。


 扉を開けると、メイド服姿のリリアンがにこやかに微笑んでいた。

 ――そう、少しずつ運命は動いている。

 ブレイディアとの“友達宣言”がどんな未来をもたらすのかは分からない。

 でも、今はまだ穏やかな時間が流れている。少なくとも、私が望むかぎり、この平和な日常は続いていくはずだ……と信じたい。


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