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第13話「“聖女の秘密”と、聖誕祭準備」

 ブレイディアが去ってから、一週間の時が過ぎた。 ふと気づけば、屋敷はいつもの静けさを取り戻していて、私の部屋でも空気がしんと落ち着いている。けれど、どこか物足りない。ついこの前まで子ども同士でドタバタやってた時間が、こんなにも恋しくなるなんて思わなかった。


 「……変だなあ、少し前までいつも一人で平気だったのに……」


 そう独りごとをつぶやくエマは、本を開いても全然内容が入ってこない。 小さくため息をついていたそのとき、ドアの向こうからリリアンの声が聞こえた。

 「お嬢様、少し気分転換になさってはいかがでしょう? ちょうど新しいハーブティーが入荷して、はちみつを入れると最高に美味しいんですよ!」

 ガチャッと扉が開き、リリアンがにこやかに顔をのぞかせてくれる。その温かな笑顔に、思わず気分がほぐれた。 「あ……いいかも! 飲んでみたい!」 私が喜ぶと、リリアンは「ふふ、ではお菓子も用意しますね」と、ぱたぱた嬉しそうに出ていく。まるで私の沈んだ気持ちを察して、少しでも和ませようとしてくれているのだろう。


 ハーブティーを待つあいだ、私は机に顔を伏せて、ブレイディアのことをぼんやりと思い出していた。 ──フローリアス家を去ったあと、ミランダ王妃の処遇が決まったらしい。王妃としての地位は剥奪され、ミランダの実家であるユーディーン侯爵家も取り潰し、さらに彼女自身は近々処刑されるとの噂……。 たった数日のうちにその決断を下す国王の怒りの大きさを思うと、ゾッとする。

 (やっぱりこの世界、悪行を重ねれば一気に破滅する可能性がある。まるで“悪役令嬢エマ”が最終的に辿るバッドエンドみたいに……)


(だけど……ブレイディアはあの人から解放された。なら、もう彼は大丈夫?)


 ふと思い返す、柔らかな笑顔になったブレイディアの顔。ヒステリックに痛めつけられることもなく、父である国王と再び仲良くなっている姿が王城の侍女たちから噂で伝わってくる。 「よかった……ほんとに、幸せになってくれてれば……」

 小さく微笑んでいた、そのとき、胸の奥に鈍い違和感がよぎる。「そういえば……」 ゲームの記憶がもやのように浮かんで、私は一瞬にして顔を上げた。


 「……あっ……!」


 ふと頭に浮かんだのは、ゲーム内でのブレイディアの暗い過去。


 (そうだ……ブレイディアはまだ“救われた”わけじゃない。ゲームの中では、10歳のころ“信じていた伯爵家に裏切られ、誘拐され、危うく暗殺されかける”エピソードがあった……)

 ゲーム画面で回想シーンが流れたときの衝撃は今も忘れられない。小さなブレイディアが“心から信頼していた伯爵家の男”に誘拐され、監禁されて……最終的には命を狙われる。 その目に浮かぶ絶望や混乱は見ていて息が詰まった。その後の彼は、人を信じることをより一層拒む“闇堕ち王子”へ変貌していくのだ。

今彼が母から解放されてちょっと元気になっても、将来的には裏切り者のせいで暗殺未遂に遭う可能性が高い。


しかしゲーム内での情報を思い出して、伯爵の名前や顔はわからない。


 「……何とか防がなきゃ。今の彼を……あんな暗黒のルートに行かせたくない」


 強く誓うように呟いた瞬間、「お嬢様?」という声がしてビクッと体を起こす。 そこには、戻ってきたリリアンが不思議そうに首をかしげていた。


 「ううん、なんでもないよ!!あ……良い香り!」


 リリアンが用意してくれたハーブティーは、はちみつの甘い香りがふわりと立ち上り、沈鬱な気分を一瞬で拭い去ってくれる。私はありがたく口をつける。 舌の上に広がるほのかな酸味と、とろけるような甘さが混ざり合い、「ん、美味しい……」と自然に笑顔になった。

 (でも……この2年の猶予の間に、あの裏切り者の伯爵の正体を突き止めて、阻止しなくちゃ。絶対)

 そう頭の中で決意を固め、私は熱々のティーをじっくり味わう。ほのかな花の香りが、ちょっとだけ優雅な午後のひとときを演出してくれる。 リリアンは私の表情がやや明るくなったのを見て安心したのか、満足そうに微笑んでいた。



 その日の夜、屋敷がざわつく声が聞こえてきた。「エルビス様、お帰りなさいませ!」と使用人の声が廊下に響き、私は「お父様が帰ってきたんだ」と玄関へ向かう。 そこには銀色の髪をすっきりまとめた公爵、私の父エルビス・フローリアスが立っていた。いつも通り寡黙だが、目が少し柔らかい光を宿している。

 「お帰りなさい、お父様。……今回は早かったんですね!」

 「少しばかり王城の仕事が早めに片付いてな。エマ、元気にしていたか?」

 そう言いながら父は、使用人らと簡単に言葉を交わす。普段、彼が屋敷へ帰ってくるのは月に数回あるかどうか。 私はちょうど最近あったことを報告する。たとえば、母マチルダと出かけた日の話など……けれど、

 「この前お母様と買い物に行ったんですよ。そしたら──」

 話を途中まで言いかけると、エルビスは興味を失ったように顔をそらし、小さく「そうか……」とだけ返してしまう。 まるで私に関しては少し目を向けるのに、母の話題になるとシャットアウトされる感じ。

 (あれ……? お母様と出かけたって言ったら、普通もうちょっと反応あるんじゃ……)

 父と母の夫婦仲は、私にとって不思議でたまらない。母も父も、私に対してはとても優しいのに、互いにはほとんど言葉を交わさないのだ。 (何があったんだろう……お母様もお父様も、忙しいというのは分かるけど、どこか距離があるんだよね……)

 不思議に思っている私を横目に、エルビスは「……ともかく、聖誕祭の日程がやっと正式決定したぞ。そろそろ準備を始めろ」と話を切り出す。

 「そういえば...」と、この前の食事会でマチルダとエルビスが話していた内容を思い出す。

 「フローリアス家も正式に出席するし、お前も初参加だろう。そこで……ドレスを新調するのは当然として、儀式の礼装があるから、それも仕立ててもらおう」

 父は使用人たちに「よろしく頼む」と視線をやってから、そそくさと屋敷の奥へ足を運ぶ。 (結局、母との話には全然興味を示さなかった……)

 父と母、二人とも私には優しいが、夫婦同士の仲はまるで氷点下のように感じる。すれ違うときも「ああ」とか「うん」くらいしか言わないし。 この複雑さを思うと何とも言えない気持ちになるが、とにかく聖誕祭という大行事が私を待ち受けているのは確かだ。



 数日後──。 屋敷には、いつもの仕立て屋であるアリスがやってきた。 以前はわがまま令嬢だった“私”に散々痛い目を見せられたのか、最初は怪訝そうな顔をされていたけれど、ここ最近は私の変化もあって、比較的普通に接してくれている。

 アリスは大きなトランクにレースや布地を詰め込んでいて、部屋の中が一気に華やぐ。メイドのリリアンやシーナが嬉々として「これ可愛い!」「あれも良さそう!」と大騒ぎする。

 「お嬢様、今回は聖誕祭の儀式用のドレス、そして夜のパーティー用のドレス、二着を用意する形でよろしいですね?」

 「はい、お願いします!……儀式はあまり肌の露出のない、白いドレスで金の装飾が決まりなんですよね」

 アリスは「そうそう、神殿の厳かな儀式ですしね。装飾も派手にしすぎず、でも華やかさは欠かさないという、なかなか楽しそうな依頼ですわ」と言い、私の体に白いシルク地をあててイメージを確認してくれる。

 「わあ……白って何だか眩しい……。この金の刺繍のライン、すごく綺麗ですね!」 「ふふ、そうでしょ? 襟元に黄金色の細かいデザインを入れ、裾のほうは控えめにして上品に仕上げましょう。長袖にして、露出は最小限……背中の開きも小さくしますね」

 いろんな案が飛び交う中、私が袖を通しながらメイドたちと盛り上がっていると、アリスは「本当に最近のお嬢様は素直ですね」と目を丸くする。 私は苦笑いしつつ、儀式用のドレスの仕様が一通り固まったところで、パーティー用のドレスも確認する。こっちはピンクで、華やかにフリルやリボンをつけ、二重三重のふわりとしたスカートにする予定。

 「お嬢様は本当になんでも似合いますね!前回のドレス選びのときより、表情も豊かになった気がしますね」とアリスが優しく言ってくれて、私はほっと微笑む。 そうして、二着のデザインが決まると、アリスとメイドたちは生地を選んだり寸法をしっかり測って、何やらすごい量のメモを取っている。仕立てが完成するのはまだ数週間後だが、とにかく楽しみだ。



 その後、ドレスが出来上がるのを待っていた数日間は、エルネスティーナ先生と共に聖女についてと聖誕祭について学んだ。 机にノートを開くと、先生はいつも通り厳格な口調で話し始める。

 「エマお嬢様、今回の聖誕祭は初めての参加ですよね。では先に、そもそもの聖女とライタンド王国の成り立ちについておさらいをいたしましょう。よろしいですね?」

 「はい、お願いします……!」

 私は姿勢を正し、ペンを握る。こうしたお勉強は普段なら少し面倒だが、今は聖誕祭にどう対応すればいいか知りたいので真剣そのもの。


 エルネスティーナ先生は黒板にさらさらと“初代聖女と四人の勇者”というフレーズを書き、きっぱり言う。

 「もともと、ライタンド王国は今のように平和ではありませんでした。遠い昔、魔族による侵略を受け、民が苦しんでいたのです。そのとき立ち上がったのが四人の勇者……火・風・水・地の大精霊に祝福された者たちですね。そして、そこに“光の女神”とまで称えられた初代聖女が加わり、魔族を封印したのです」

 「はい……。四人の勇者というのは、今の四大公爵家の始祖にあたるんですよね」

 「そうです。フローリアス家をはじめ、各公爵家は大精霊の力を継いでおり、だからこそ代々強い魔力を誇ります。初代聖女は“光の魔力”を持ち、邪悪を浄化し、人々の傷を癒やす力を行使して、英雄たちを助けたのですね」

 先生が見やすいように図を描き、初代聖女の偉大さを語る。私はメモをとりつつも、(つまり“聖女”はこの国にとって魔族への切り札的存在なんだ……)と再確認する。


 続いてエルネスティーナ先生は、王族と聖女だけが使う“光の魔力”の特性を語る。

 「王族の光の魔力は、軍事的に優れた攻撃・防御・結界などに特化しています。対して聖女の光の魔力は“浄化”と“癒し”……まさに邪悪を祓い、人々を救う力。 つまり同じ光でも性質が異なるわけですね」

 (そんな違いがあったんだ...!)

ゲームである程度の知識を持っていた私も、ここまで細い内容は知らなかったので目を輝かせながら話を聞いた。


 「聖女は“聖誕の日”に誕生日が重なる5歳から12歳くらいの少女が、儀式を受けて光の魔力が覚醒することで正式に選ばれます。一度聖女に任命された者は死ぬまでその立場を失いません。」

 聞きながら、(庶民のヒロインが聖女に覚醒する展開がゲームの醍醐味だったな)と思い出す。 「……予兆がなく突発的に覚醒することもあるんだよね……」と独りごとを言うと、先生は頷く。

 「ええ、まれですが予兆なしに“神の恩恵”を受ける子がいます。だから聖誕祭は誰が覚醒するか分からない緊張感もあるわけですよ」


 そして先生は最後に「聖女の三大役割」を口にする。すなわち「国家の守護」「民の癒し」「神殿との連携」。 この国がいまだ魔族の脅威と隣り合わせである以上、聖女が前線で活躍したり、神官とともに国中の祈りを司る場面も多いそうだ。

 「あ……そういえば、今回の聖誕祭で、ウォータブル公爵家の2番目のご令嬢が有力候補って聞きました」

 「ええ。ウォータブル家のご令嬢は、水の大精霊を色濃く受け継ぎ、しかも誕生日がちょうど聖誕の日に重なるとかで、神殿が可能性を示唆しているようですね」

 先生は微妙に含みをもたせた言い方をするが、本心ではどう思っているか分からない。ただ国としては“次の聖女”が誕生する可能性に沸いているのは確かだろう。

 「……なるほど、よく理解できました。ありがとうございます、先生」

 私はノートを閉じ、少し集中しすぎて肩が凝っている。先生が「お嬢様、一旦休憩を取りましょうか」と微笑むので、素直に頷く。 だが、胸の中でざわめく感情は止まらない。ブレイディアの暗殺事件、聖誕祭での聖女誕生、そして……いつか広がる大きな物語。

 この世界で悪役令嬢になってしまった運命を変えるためにも、私は今できる勉強に励もう。 ノートを握りしめて立ち上がり、心の奥に強い決意を宿したまま、私の日々は静かに続いていくのだった。


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