旦那様ってあの旦那様ですよね…?
それから、食事を続ける内に、エリオールは事の顛末を説明した。
新しく宝石関連に手を出そうと思い、親戚筋が勧める宝石商に行ったこと。会談後に店舗も見て欲しいとなり、蔣団主が女性ということもありエスコートしたら、何故か記者たちが表で待機していたこと。
「帽子をやたら深く被っていて、違和感はあったんだけど記者までは見抜けなかったんだ……」
「…………」
「そのあとすぐに商団側にも、親戚にも抗議したし、新聞社にも講義と訂正を求めたんだけど、それより兎に角ソフィアナの誤解を解かなくちゃって思って……」
「確かに驚きました」
「だよね、そしたらゲオボルトで駆け抜けていくし……」
「それは申し訳ございません」
「謝らなくていいんだ。ソフィアナは何一つ一切謝ることはない。とりあえず、嫌な話はここまでにして温かい内に食べてしまおう」
ソフィアナの目の前には海老たっぷりのトマトパスタがある。干しエビこように身がぎゅっとしているのではなく、ブリンブリンの食感は食べていてとても楽しい。スープも旨みが溢れていて、食事はどれも選んで正解だった。
食事を終えて、ソフィアナとエリオールは海岸沿いの散歩へと出た。エリオールが差し出した手を、ドギマギしながらもそっと掴むと痛くない程度だが、力強く握られる。
数回出たパーティーと、庭の散歩や領地の視察でしか腕も組まないので、手を繋ぐのはとても恥ずかしい。
空には満月が浮かび、海に月光が反射して、足元を照らしている。
「ソフィアナ」
「はい」
「今までごめんね」
「それは、もういつも謝っていただいておりますから……」
事も投げに言うと、繋いでいる手を引かれて向き合わされた。
「いつも夫として不甲斐ないばかりに、ソフィアナには苦労をかけたね」
「え?いいえ……皆さん良くしてくれますし……?」
「でも、ソフィアナはずっと我慢してたんでしょ?」
「いえ、侯爵夫人として当然のことですし」
「違うよ。それでも、ソフィアナが我慢していることだったり、色んな思っていることを受け止めるのが夫としての、私の務めなんだ」
「旦那様……」
「ソフィアナが本当は肉の串焼きが好きで、中でも羊の肉が好きなのとか、野宿も嫌いじゃなくて、一日に一度は馬に乗りたいってことも、野花に詳しくて食べられる実を知っているだとか、何一つ知らないなんて、」
「え?旦那様?」
『それってここ3日の旅程で起きたというか村で話したことというか……』
ペラペラと話し出すエリオールの勢いに、ソフィアナは困惑してしまう。
「結婚して3年も経つのにそんなことも知らないで、あまつさえ浮気疑惑が浮上したのに気にしても貰えないなんて……」
「いえ、ちょっとは腹が立ちましたよ?!」
「ちょっとはって……どうせ仕方ないとか、離婚やむなしとか思っていたんでしょ?」
「えーっとですね……」
図星を突かれて、ソフィアナは目を逸らした。白い結婚だから、当然離婚すると思っていたのだ。
「違う。それもソフィアナは全く悪くない。そう思われても仕方ない行動を取ってきたのは私だから」
「でもあの記事は旦那様が悪いわけでは……」
「いいや違う!周りに妻の座が軽く見られていた時点で私の不手際だし、とりあえず親戚は次何かしてきたら潰すからいいとして、全て行動にしてこなかった私が悪い」
『今親戚を潰すって言った?!』
普段のエリオールからは考えられない言葉が聞こえて、ソフィアナはぎょっとする。
そんなソフィアナを知ってか知らずか、エリオールは妻の繋いだ手をひょいと口元へと持ち上げた。
「これからは、もっと行動に移していくから、ソフィアナもちゃんと受け止めてね」
そう言って、エリオールはソフィアナの手の甲にキスを落とした。
「っ?!?!」
『だっ誰この人?!旦那様じゃな〜い!!!』
ソフィアナの心の叫びは、誰にも聞こえず、けれども月夜の中に木霊した。ように思えたのだった。