初めての海
「海だ〜!!」
愛馬、ゲオボルト3世の活躍(?)により、ぐっすりと眠れたソフィアナは、とうとう海へと辿り着いた。
南東にある港街、ミューベルだ。
街道から遠くへ海が見えた時からワクワクして落ち着かず、ゲオボルト3世にビビる宿主も気にせず厩に預けると、一目散に海へと来ていた。
聞いてはいたが、海の広いこと広いこと。ちょっと生臭いし、風は湿ってはいるけれど、目の前の景色とセットだとなんとも気持ちが良い。
港から外れた砂浜には、オフシーズンとはいえ観光客らしい人がちらほらと海岸沿いを散歩している。
草原とはまた違う雄大さ。
海面はキラキラと光を反射して、いつまでも眺めていたい気持ちになる。
ソフィアナは道路沿いの岩に腰掛け、ぼーっと海を眺めていたが、ふと、横から影が差した。
まさか追っ手かと影の持ち主へ顔を向けると、そこには……全く知らない男が立っていた。
「へっ?」
間抜けな声が出てしまったが、それは仕方ないだろう。男は気にせずニヤニヤといやらしい笑みを向ける。
「お嬢さん1人?暇?」
「えっお嬢さん?」
「そう、お嬢さん」
奥様と呼ばれてもう3年。ソフィアナはかつて呼ばれていた筈のお嬢さん呼びに面食らった。
「海を1人で眺めてるからさ〜、何かあったのかと思って。どしたの?話聞くよ?」
「え、いいえ。大丈夫です。お気遣いなく……」
ぐいぐいと間合いを詰める男に、ソフィアナは後ずさった。領民でも距離が近いおばちゃんたちは多いが、こんなに近付いてくる男性はいなかった。
それにこの男、何が目的なのかもさっぱり分からない。何故見ず知らずの人に話を聞かせなきゃいけないのだろう。
半ばソフィアナがパニックに陥っていると、男がソフィアナの手首を握った。
「ひぇ」
「大丈夫、ご飯奢るし」
ご飯を奢るから何が大丈夫なのか。
ソフィアナは掴まれた手が気持ち悪くて、怒りが込み上げてきた。ぶんぶん振っても、男は「えー?」などと言いながら、全く離さない。
「いい加減にっ」
ソフィアナが大声を出そうとしたその時、
「痛っ」
男の手がばっと離れた。
「俺の妻に触れるな」
男の腕を握り締めて、エリオールが後ろ手に立っていた。
「えっ旦那様「っいででででっ」」
言葉を遮られ、声のする方を見ると、男はただエリオールに腕を捕まれているだけなのに、大袈裟に痛がり体勢を崩す。しかし、エリオールはそんな男を無視してソフィアナににっこりと微笑んだ。ソフィアナは初めて、旦那様の笑顔に胡散臭いものを感じた。
「追いついて良かったよ、ソフィアナ。世の中にはこういった危ない輩がウヨウヨいてソフィアナを狙っているんだから、1人歩きは危ないって言っただろう?」
「なっ何が危ないっていっ……いでででっ!」
何やら、エリオールが握っている男の手首からメキメキと音が聞こえるような気がするが、その音は男の叫び変えに掻き消された。
「コレは、彼らに任せるから、ソフイアナ、お願いだから私と話す時間を作ってはくれないだろうか」
キラキラと輝くエリオールの表情とは裏腹に、彼らと紹介された護衛の2人は、疲れからか顔は土気色に澱んでいた。その2人と目の前の旦那様とのギャップにソフィアナは訳も分からず、
「わ……かりました」
と、尻すぼみな返事をした。