頼れる相棒
ソフィアナが結婚することになったのは前侯爵の強い要望があったから。
体を壊した先代は、この先まだ若い息子が1人になるのを苦慮し、息子の一人立ちの為に妻が必要だった。侯爵夫人は既に病で他界しており、爵位を継ぐにしても事業を継ぐにしても、独り身では格好がつかないから。
それが何故、特に交流のない北部の田舎貴族であるソフィアナにお鉢が回ったのかは今でも謎なままではあるが。
それからは式の準備、前侯爵の病の悪化、引っ越しに続き葬儀があり、エリオールとの会話は次の予定のすり合わせぐらいしかなかったし、ソフィアナは新しい住処に慣れることで精一杯だった。
だから、自分が結婚していたことも忘れて、夫婦で別室で眠ることですら、生活スタイルが違うエリオールの気配りだと思っていたのだから、
「本当にアホだわ」
と、独り言ちる。
ソフィアナは更に海へと向かっていた。
どうやらエリオールや追っ手は迫ってこないようなので、村や集落に立ち寄っては食料を買い込み、2度目の野宿をしていた。
馬の放牧の為に、遠出してピクニックや野宿をするなど朝飯前なソフィアナである。
しかも連れ立っているのは、自身の実家から連れてきたゲオボルト3世だ。どうにも、北の動植物は大きく育つらしく、ゲオボルトも普通の馬である筈が、筋肉隆々の軍馬のように大きく、また気性も激しい。そこらの野生動物なら余裕で蹴散らせるので(恐らく人をも)、ソフィアナは安心して野宿が出来ている。
まあ、ゲオボルト3世に家畜が怯えるから、下手な村では宿に泊まれないというおまけ付きではあるのだが。
寝転べば、木々の間から星が見える。
昔は星空を見に散歩をしたものだった。秋に入り、夜の空気がシンと冷える中を、毛布を被ってゆっくりと歩く。その空気感がソフィアナは好きだった。
『私ったら、何の為にここまで頑張ってきたのだろう?』
結婚が早いのはよくある話だが、それにしたってもう少し癒しとか楽しみとかがあっても良いのではないか?
花も恥じらう少女だった自分に、エリオールは言葉少なではあったが、優しくはあった。会えば体調を気遣い、不便はないかと聞いてくる。優しい使用人たちに、明るく働く領民。侯爵領において、不便なんて一つもない。
でも、それだけだ。
『寂しかったのかな?』
と、ふと思ったがよくは分からなかった。
使用人たちと打ち解けても、家族のそれとは少し違う気もする。
エリオールともっと仲良くすれば良かったのかと思うけれど、忙しい姿を見れば世間話などしようとも思わなかった。
これでは、王都で心の隙を埋める人物が現れても仕方ないのかも知れない。
そもそも、エリオールが前侯爵が推し進めたこの婚姻が嫌で離婚を視野に入れているとしたならば、これ以上仲良くなれないのも仕方がない。
エリオールの浮気相手は、新聞の写真では顔が帽子で隠れていたものの、大人っぽい人だったと記憶する。
小柄な自分とは雲泥の差であるから、そもそも自分はエリオールの好みではないのだろう。
『それならそうと最初から言ってくれたら、こんなに頑張らずに離婚したのにっ!』
と思い至って、ソフィアナは怒りが込み上げた。が、エリオールの困ったような、気遣うような笑顔を思い出し、あの旦那様がそんなことを言える筈もないか、と妙に落ち着いた。
良く言えば優しい旦那様である。悪く言うなら……ちょっと気が弱そうでもある。
ソフィアナに気を遣っているのがよく分かるし、会えば兎に角落ち着かないようにも見えた。
きっと、結婚には納得してないものの、そんなことを妻に言えずにいたのだろう。
が、しかしそれが浮気に繋がるのは、やはり不誠実ではないだろうか?と思考はまたそこへ辿り着き、ソフィアナはやっぱりムカついた。
そんな百面相をするソフィアナを見守りながら、ゲオボルト3世は後ろからする微かな物音にピクピクと耳を澄ませたものの、フンッと溜め息をして静観した。
今宵も、彼の働きにより、ソフィアナは不安を抱くことなく、ぐっすりと眠りについた。