お互いに調子が崩される
───といって眠れる筈はなく。
寝ているような、夢を見ているような半覚醒の状態で、ソフィアナは朝を迎えた。
隣でエリオールが寝ているのである。何かされるかよりも、変な寝顔を晒すわけにはいかないだとか、この人仕事は大丈夫なんだろうかとか、浮気は本当に誤解なんだろうかとか、帰ったらどうしようとか、色々なことを考え過ぎてしまったのだ。
しかし、隙間から差し込む光で外の明るさを感じて、起きないわけにはいかなかった。そもそも、規則正しく生活していたソフィアナはこの時間には起きて活動しているので、勝手に目が覚めてしまうのだ。
まだ寝ているであろうエリオールを起こさないように、そっと薄目を開ければ、
「!」
「おはよう、ソフィアナ」
と、いつから見つめていたのか分からないエリオールと目が合った。彼は横になっているものの、片手で頭を支えて、ソフィアナを見下ろしている。
「お……はようございます?」
「うん、今日も可愛いね、ソフィアナ」
エリオールは普段肩までつく黒髪を一つに結んでいるのだが、解いた髪が今はさらりと下ろしてあり、胸元のシャツは大分開いており、それがまたなんとも色気があった。
にっこりとした微笑みを向けられ、ソフィアナは急いで反対に向き直した。「え?なんで」と問われても、流石人寝起きで対面してられる程、2人は親しくない。
「いいいつ起きてたの?!」
「ついさっきだよ。目が冷めちゃって」
わたわたと毛布を手繰り寄せ丸くなるソフィアナを横目に、エリオールは上体を起こす。そうして、彼女の髪を一房掬うと、そのまま口付ける。
「ぬなななっ!」
こっそり盗み見ていたソフィアナは、あまりの衝撃に変な声が出てしまった。それを受けて、エリオールは声を押し殺しながらくっくっと笑った。
『揶揄うにも程がある!』
ソフィアナは顔を真っ赤に染めながら、風呂場へと一目散に駆け込んだ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
朝食は宿屋に部屋まで運んで貰い、2人は小さなテーブルセットを囲んで食事をとることにした。その間、エリオールから呼び掛ける声しかしない。ソフィアナは今朝の一連の流れにより大層ご立腹で、返事をしないのだ。初めての無視である。
「ソフィアナ?」
「…………」
「まあ、無視でもこのまま伝えるんだけどね?これを期に、このまま新婚旅行へ行こうと思ってて、この後どこか行きたいところはある?」
ソフィアナは海鮮のオイル焼きを口に運ぼうとして、手が止まる。
『あれだけ自分の休みすら取れない人が「新婚旅行なんて行ってしまったら、大変なことになるのでは?」』
「うん、声に出ちゃってるけど、大丈夫だよ。伊達に忙しく仕事をしてたわけじゃないんだ。むしろ、ソフィアナとゆっくり過ごせるようにこの3年間がむしゃらに働いたからね」
ソフィアナは心の声が漏れ出したのを、何事もなかったように立て直す為、ナプキンで口元を拭いた。こうなっては無視している場合ではない。
「私が言うのもなんですが、大丈夫ですか?あとで眠れないほどに仕事をしたりもしませんか?」
そう言って疑いの眼差しを向ければ、エリオールは不敵に笑ってみせた。
「大丈夫。その為に周りの人材を育てたんだから。これからはずっとソファアナの為に時間を使うよ」
「いえ、それもちょっと……」
突然そんなことを言われても、逆に対処に困ってしまう。四六時中一緒にいるとまではいかないのだろうけども、旦那様がいないことが当たり前なソフィアナにとっては、ちょっとピンと来ない話だった。
「えぇ?!私はソフィアナと一緒にいたいんだけど」
「いえ、まあ、はい。ありがとうございます……?」
「これは私が悪いな……」と、ぶつぶつ言うエリオールを眺めながら、ソフィアナは突然の新婚旅行に、どこへ行くか何をしようか悩み始めていた。