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7、手当て

 騎士団長と言うだけあって、アルフォンスの家は館だった。

 もう夜だというのに。噴水のある中庭は、オレンジ色や黄色の明るい花が咲き乱れている。軒に吊るされたランタンの明かりを受けて、水が煌めいていた。


「通いの使用人が来るだけで、俺が一人で暮らすには広すぎるんだ」


 どうやらアルフォンスは若くして騎士団長に選出されたらしい。

 ストランド王国は、長らく侵略をうかがう他国と戦っていたが。今は和平していると神殿で習った。

 もしかすると、アルフォンスはその和平に一役買っているのかもしれない。


『この人、本当に信じられるの?』


 テレーシアの傍をふよふよと浮かんでいるイングリッドが耳打ちする。部屋に置かれた蝋燭の明かりを透かして、今の氷の精霊はマリーゴールドの色に見える。

 こくりとテレーシアはうなずいた。


 たとえばパウラなら、人が好さそうな笑顔を浮かべていても、その表情には(いびつ)さが見え隠れしていた。ビリエルなら、たとえ王太子であっても言葉の端々に底の浅さがうかがえた。神官長なら、厳かに話をしても、どこかに利権の匂いがした。


「直感と違和感は信じたほうがいいわ」


 隣に浮かぶイングリッドの髪を撫でながら、テレーシアはささやいた。


(アルフォンスさまは、わたくしを花嫁にとおっしゃった時。耳が赤く染まっていらしたんですもの)


 それはイングリッドには内緒だ。もちろんアルフォンスにも。

 騎士団長に恥ずかしい思いをさせてはならない。


 テレーシアにあてがわれたのは、南向きの部屋だ。窓から吹きこむ夜風が、緑の香りを運んでくる。庭の木々が近いのだろう。

 小さな花模様のクリーム色の壁紙に、調度品は小ぶりで品の良い棚やライティングデスクが置かれている。女性のための部屋だ。


「前任の騎士団長が、妻を娶る前に部屋を用意しておけとうるさくて」


 包帯や薬をベッドサイドのテーブルに並べながら、アルフォンスが苦笑する。


「アルフォンスさまでしたら、女性に人気がおありでしょうに」

「……どうにも苦手で」


 ぽつりとアルフォンスはこぼした。


「騎士館の前で、帰りを待ち伏せされたり。追いかけられたり。それが嫌で、今日も犬を借りてきていたんだ。犬が唸れば、女性は俺に近寄らないから」

「そうだったのですか」

「だから、騎士団長の立場からも、女性を寄せつけない意味からも、あなたを妻ということにしたい」


 たしかにお互いに都合がいい提案だ。


「でも、アルフォンスさまが犬を連れていらしたから、わたくしは見つけてもらったのですね」

「そうだな。珍しくこいつが吠えるから、どうしたのかと森に入ったんだ」


 アルフォンスの足もとで眠っている黒い犬を、彼は目を細めて眺める。


「腕を見せてごらん」


 テレーシアはベッドに腰を下ろした状態で、袖をめくった。


「火をつけられたのだろう? 服が焼け焦げている。なのに、よくこの程度で済んだものだ」

『あたしが、テレーシアをまもったんだからね』


 テレーシアの隣に座るイングリッドが、得意げに話す。たしかにイングリッドが氷の力を発揮してくれなければ、テレーシアはもうこの世にはいない。


「そうだね。君がいたからこそだね」


 当然のようにアルフォンスが応えるから、テレーシアは一瞬聞き流すところだった。


「アルフォンスさまは、イングリッドの声が聞こえるのですか?」

「いや。口の動きで、そうと感じるだけだ。間違っていたら申し訳ないが」


 黙っていれば威厳のあるアルフォンスだが。少し話せば、彼がすぐに照れ笑いをすることが分かる。

 今も、アルフォンスは目を細めて微笑んだ。


『すごーい。神官も神官長もあたしの言葉なんて、これっぽっちもわからなかったよ』

「そうですね。イングリッドには色がありませんし、透きとおっていますから。アルフォンスさまは物事を見抜く目をお持ちなのですね」


 イングリッドとテレーシアの言葉に、アルフォンスは持っていた包帯をベッドに落としてしまった。


「そんなことはない。普通だ、普通」


 アルフォンスは、包帯をテレーシアの腕にぐるぐる巻きにしてしまっていた。


「不器用な方ではないのだが。なぜだ、今日はうまく巻けない」

「お手伝いさせてください」


 テレーシアは、アルフォンスの手にそっと指を添えた。

 初対面の相手なのに。年上の殿方なのに。異国の人なのに。どうしてこんなにも安心感を覚えるのだろう。

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