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2、冤罪の聖女【2】

 ビリエル殿下はパウラの言いなりだ。パウラは精霊と会話はできないが、確かに陽光の力を授かっている。誰もが待ち望む光を宿しているのだ。


 もっとも外見が明るいだけで、パウラの性格は陰険そのものだ。

 ただ彼女が、テレーシアに毒を盛られたと話しても、すべての人間がそれを信じはしないだろう。


 おそらく、事あるごとにテレーシアへの不満を洩らしていたにちがいない。

 推測ではあるが「わたしが聖女として未熟だから、テレーシアさまはとても冷たい」とか「精霊の声が聞けないわたしなんかと、テレーシアさまは仲良くしてくれない」とか、とても些細なことを吹聴していたのだろう。


 それを周囲は素直に信じたに違いない。王太子でさえも。


 パウラは己を卑下して、相手の同情を引く(すべ)を心得ていた。それを相手は勝手に謙遜や遠慮と美化してしまう。パウラのやりそうなことだ。


(わたくしを陥れようと画策する暇があれば、聖女の務めに励めばいいものを)


 けれど、こうした正論もパウラは気に食わないのだ。

 パウラは神殿での勉強を、すぐに理由をつけて逃げていた。頭痛がする、気分がすぐれない、祈りを捧げるのに集中したい、と事あるごとに言い訳を並べて。


 神官長がパウラを諫めても聞きはしない。

「なんで陽光の精霊は、こんなのを選んだのだ」と、よくこぼしていた。


 テレーシアは一歩を踏みだした。


「パウラ。あなたは本当にそれでいいの? 暑熱の力だけで、このタイメラ王国を守ることができるの? できなければ、わたくしを放逐した咎はあなたが引き受けることになるのよ」


 凛とした声が響く。


 たとえ体に力が入らなくとも、声をかすれさせてはならない。この言葉だけは、弓から放たれた矢のように鋭くなくてはならなかった。

 寒冷の聖女を陥れたのは、暑熱の聖女だと皆の脳裏に刻まなければならない。たとえ今は、誰ひとりとして信じてくれなくとも。


(わたくしは、イングリッドを守らなければならないのだから)

『テレーシアぁ』


 今にも泣きそうな声が、耳の奥で聞こえる。


(大丈夫よ、イングリッド。わたくしがいるわ)

『あたしも……あたしも、テレーシアを守るから』


 ふっ、とテレーシアは笑みを浮かべる。

 小さくて儚くて、けれど強大な力を持つわたくしの精霊。自分ひとりでは越えられぬ困難も、イングリッドと共にならば進むことができる。


 愛おしい精霊に対しての笑みであったのに。パウラはテレーシアの表情を、挑発と誤解したようだ。


「タイメラ王国は、わたしひとりで問題ないわ。バカにしないで、テレーシアさまと違い、わたしは光の加護を受けているのよ。冬だの氷だのって、なんの役にも立たないじゃない。むしろ厄介ものよ」


 パウラは声を荒げた。


(挑発に乗ったわね)


 テレーシアは目をすがめて、愚かなもうひとりの聖女を見据える。


「否定しないのね」

「な、なんのことよ」


「いいのよ。あなたには分からなくとも」


 パウラ、あなたに聞かせるための言葉ではないもの。

 貴族は揃っているのに、テレーシアを弁明すべき立場の者がいない。

 むしろ男爵が「殿下、この魔女に鉄槌を」と煽っている。


(これが正当な裁きでないことは、一目瞭然。ならばわたくしは、将来、愚かなビリエル殿下を君主と仰ぐこととなる貴族の記憶に引っ掛かりを残すのみ)


 テレーシアを追放するのはビリエルだ。だが、パウラはその咎を自分が受けることを否定しなかった。

 つまり、パウラがそそのかしたから、寒冷の聖女は国を追われたのだと。ここに集まった貴族たちの共通認識となった。

 近いうちに、このタイメラ王国は災厄に見舞われる。その時、糾弾されるのはビリエルとパウラの二人だ。


「さっきから何を言っておる。テレーシア、誰が貴様を放逐すると申した」


 ビリエルの呆れた声が届く。

 見れば、ビリエルは口の端をゆがめて目を細めていた。



「魔女には魔女にふさわしい刑があろう? あまりにも残虐で一度として実施されたことのない刑だ」


 テレーシアは背筋を悪寒が走った。

 怯えたテレーシアを見るのが、楽しいのだろう。ビリエルだけではなく、パウラまで酷薄な笑顔を浮かべる。


「火刑だよ。きさまが生きのびることは万に一つもない」


 室内にいた貴族たちから、どよめきが起こる。


「殿下、それだけはどうかおやめください。聖女と精霊を軽んじてはなりません」と、神官長が懇願する。


 彼らの声を、ビリエルは聞き入れはしなかった。困惑の声は波となり、長らく静まることはなかった。

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