12、落ちた評判
ビリエルにテレーシアを連れ戻すように命じられてから半月後。
夕刻に、パウラはタイメラを出国した。無論、聖女がひとりで神殿どころか国を出るなど認められない。
面白くもないが、若い神官を伴っている。
「驚きました、パウラさま。まさか国境を越えた避難民を見舞うなど」
「あら。聖女として当然の行いよ。テレーシアさまもよく救護院や孤児院に出向いていたじゃない。それに今回は、タイメラに戻ってこられることを教えるんだから。彼らは感激して涙を流すかもね」
馬車のなかで、パウラは流れていく外の景色を眺めていた。
こうした慰問は、これまでテレーシアに任せていた。だって面倒だもの。
陽が落ちて、神殿に疲れてもどってくるテレーシアを見るたびに、自分が行かなくてよかったと思ったものだ。
パウラは神殿に面会に来た男爵のことを思いだした。
義父は、男爵家が農園が枯れ果てたせいで、どうしてもテレーシアを連れ戻してほしいと懇願した。
(上級貴族であれば、いくらでも領民から税がしぼりとれるし。領地がもっと広ければ、土地を貸して……えーっと何ていったのかしら、貸した分のお金が取れるというのに)
パウラは気づいていなかった。
狡猾な男爵から土地を借りようなどという平民はいないということを。法外な賃料を要求されるので、誰もが男爵を避けていることを。
領地を流れる川を、舟で移動しただけで高い通行税を要求していることも。
(お義父さまもビリエル殿下も「テレーシア、テレーシア」ってうるさいのよ。ほんと先の見通せない人間って、クズね。わざわざこのわたしが、テレーシアを連れ戻さないといけないなんて)
本当にバカバカしくてしょうがない。
しかも、テレーシアを追いやってから、パウラの評判は落ちるところまで落ちた。
暑熱の聖女が、寒冷の聖女を火刑に処したから。この国から水も氷も涼気も失われたのだと、民は騒いでいる。
国王陛下が、自らテレーシアの元へ出向いて、息子の非礼を詫びるつもりだと耳にした。陛下に足を運ばせては、王位継承権すら危ぶまれるとビリエルは察したのだろう。
一刻も早くテレーシアを連れ帰れと、パウラに命じた。ついでに、避難民もタイメラに戻ってこさせろと。自国から難民を出すなど、恥でしかないとのことだった。
ビリエルの保身につきあうなど、面倒以外の何物でもないが。パウラ自身も汚名を返上しなければならない。
(まぁ、火刑はやりすぎたかもしれないけど。追放くらいにしておけば、よかったかしら)
そうだわ、とパウラは持参していた銀の小箱を開けた。ワゴンの中に吊るされたランタンの明かりを受けて、銀が冷たく光る。
中には粉末にした炭が入っていた。
(わたしはテレーシアに嵌められた、可哀想な聖女。なのに寛大な心で、彼女の罪を許さないといけないのだったわ)
国を捨てた民を納得させるには、物語がいる。あくまでも悪人はテレーシアであって、パウラは生きのびるために仕方なく彼女を処罰してほしいと、殿下に訴えたのだと主張しなければならない。
たしか痣は右頬だったはず。
ワゴンの窓に顔を映しながら、パウラは炭を頬に塗った。外が暗くなっているおかげで、自分の顔もはっきりと見える。
若い神官は、横目でパウラを一瞥しただけだった。
タイメラはあんなにも暑く、乾燥しきっていたのに。ストランド王国に入ると、爽やかな風が吹いていた。
時間は朝。道の両端には森が広がっている。朝霧が木々の色を映しているせいだろうか。空気が澄んだ緑に見える。
久しぶりに肌が潤うのを、パウラは感じた。
難民たちは、森のすぐ近くに住んでいた。天幕を張り、それぞれの家族が暮らしているようだ。朝食の用意だろうか、天幕の外から幾筋もの白い煙や湯気が上がっていた。
「なんで生活ができているの?」
タイメラに残った民は、食べる物もほとんどないというのに。鹿のように、木の皮をかじる者もいると聞くのに。パウラは驚きながら、周囲を見まわした。
ひときわ大きな天幕が、中央にあった。そのそばには木の実の入ったかごが積み上げてある。
「この人たち、木の実を食べているの? かわいそう。タイメラを脱出しても、それしか食べる物がないのね」
パウラには想像がつかなかった。避難民が、すでに生活の礎を築きはじめていることを。
ばさりと天幕の入り口が開く。
中から現れたのは、幼い男の子だった。
「魔女だ。魔女がやって来た」
「なによ、魔女って。わたしは寒冷の聖女じゃないわよ」
「お前のせいで、ぼくの妹は病気になってしまったんだ。お前がタイメラをめちゃくちゃにしたんだ」
騒ぎ立てる声に、両親も天幕から出てくる。呆然と立っているパウラを見て、夫婦は「ひっ」と引きつった声を上げた。
「早く中にお入り」
「災厄をばら撒かれるよ」
あちらこちらの天幕から、パウラをうかがう気配がする。
「ちがうわ。わたしはあんた達の……あなた達を見舞おうと思って、わざわざ」
ヒュン、と風を切る音がして、パウラの言葉は途切れた。
こめかみに鈍い痛みを覚えた。指で触れると、血が流れていた。パウラの足もとには、小石が落ちていた。
「わ、わたしは毒に侵された体で、こうして無理をしているのよ」
かすれた声でパウラは訴える。さもつらそうに。
「毒は自分で飲んだんじゃねぇのか?」
「黒花の種子を使われたにしちゃあ、タイメラの王都からこんな遠くまで来る元気があったもんだ」
「あのテレーシアさまが、毒なんか盛るはずがないだろ」
「帰れ」との声が、まるで合唱のように響いた。




