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私と貴方。

作者: さいとう

【わたしとあなた。】


春歌「桜、体調はどう?」


規則正しい機械音が響く病室に、少女が2人。

1人はベッドの上、もう1人は傍らで紙袋を漁っている。

ガサガサと紙袋を漁る度に、制服に付いている本田春歌と書かれた名札が揺れ動く。


桜「うん、大分良いかなぁ?」


緩く結われた長い髪に白いリボンを揺らしながら桜と呼ばれた少女はニコリと微笑む。


春歌「聞き返してどうするのよ...。」

桜「ふふふ、そんなものだよ。」

春歌「わけわかんない。」

桜「あうっ...!デコピンは酷い...病人だよお!!」

春歌「言ってなさい。」


慣れてしまったこのやり取り。

いつから桜が入院しているのかなんて、正直もう覚えてはいない。

それほど長い間、桜は入院生活を続けている。


桜「どうしたの?春歌ちゃん?」

春歌「なんでもないわよ。そうだこれ、頼まれてた学校の制服。」


ガサリと袋を差し出すと、

桜は大喜びで袋の中を覗き込んだ。


桜「ありがとう!すっごーい!かっわいい!!」

春歌「折角一緒の高校に入学したんだから、着てるとこ見てみたいわ。」

桜「大丈夫!入学式はね、出ても良いよって言われてるから!!」

春歌「そっか、まあ、一生に一度の思い出だものね。」

桜「春歌ちゃんと記念写真楽しみだなぁ。」

春歌「気が早いわよ。」

桜「高校の制服でお見舞いに来た春歌ちゃんには言われたくないなぁ。」

春歌「そこはスルーしてよ!」


喜びに笑顔を見せる桜のその姿に、春歌の頬も自然と緩まる。

気付けば外は薄暗くなって行き、面会時間も終わりに近付く。

いつもの日課、いつもの一日、桜との会話、これがいつもの日常。


「それじゃ桜、また明日来るから。」

「はーい!気をつけてね!!」


“原因不明の病”

春歌がそれを聞かされたのは、本当に最近の事。

幼い頃から病院での生活を余儀なくされた桜に、

高校の入学を控えた3月ももうそろそろ終わる頃。

追い討ちを掛ける様に医師から言われた言葉。

余命宣告。


春歌「そんなの、信じられるわけないじゃない。」


自宅に着いた春歌は、自室のベッドへと力無く倒れこむ。


春歌「あんなに、元気なのに。」


震える声を隠せずに、

春歌の瞳から次々と涙がこぼれ落ちる。


余命宣告をされた事は、桜はまだ知らない。

桜の両親が、せめて春歌にはと教えてくれた事。


春歌「知りたく無かったよ...。」


枕に顔を埋めてシーツを掴み、拳に力を入れる。



桜「ゲホッゲホッ...。」


春歌が帰った後の病室では、

看護師に背中を擦られて咳き込む桜の姿。


桜「うぇ...げほっ...。」


嗚咽を混じらせて、うー、うー、と苦しそうに涙を流す桜を見て、

看護師も背中を撫でながら辛そうに表情を歪める。


桜「うー...っ、うぅぅ...。」


時折鼻を啜りながら、

けれども、それすらも苦しそうに咳き込む。


桜「はるかちゃん...っ。」


まるで桜が地面に落ちる様に時間が過ぎていった。

気付けば春歌は、桜が居る病室の前で呆然と立ちすくんで居た。

桜の両親から連絡があったのは、

いつも通り桜に別れを告げて帰宅し、落ち着いた頃。


酷く慌てた様子で、言葉が言葉になっていない桜の両親に、

春歌は嫌な予感がし、急いで桜の居る病院に向かった。

病室の前では、泣き崩れる桜の両親に、

病室の中から慌しい医師と看護師達の声。


春歌「何が、何があったんですかっ。」


掴みかかる勢いで桜の両親にそう聞けば、

両親から紡がれる答えは最早、想像していた通りの望まないモノ。

“容体が急変し、いつ亡くなっても可笑しくない状況”

春歌の胸の中が絶望に染まった。


それと同時に、病室の扉が開かれる。

中から出てきた医師は、桜が意識を取り戻した伝えると、

重く表情を落とし、言い辛そうに口を動かす。


“桜身共に酷く弱っている状況です。”

それを最後まで聞く前に、桜の両親は病室へと駆け込む。

その後ろ姿を目で追いかけた春歌は、医師の言葉の意味が、なんとなく分かっていた。


ああ、桜は死ぬんだ。

やけに冷静に、ストンと胸の中にその言葉が落ちる。

そして、ゆっくり、ゆっくりと春歌も桜のもとへと歩き出す。


春歌「さくら...?」


桜の両親が桜の名前を呼び叫ぶ中、

春歌が小さく呟いた言葉に、桜が弱々しくニコリと笑みを返す。


桜「はる...か、ちゃ」


桜の両親とは反対方向のベッド脇に移動して、ゆっくりと桜の手を握る。


春歌「桜、小さい時さ、よく病院の屋上で遊んだよね。」

桜「...ん、」

春歌「桜ったらさ、本当にお転婆で、よく桜のお母さんに怒られてたよね。」

桜「はずかしい。」

春歌「ねえ桜、夏にさ、病室に桶持ち込んでよく足冷やしてたよね。」

桜「そのたび、に、お、とうさ...におこられ、てた...。」


ふたりのそんな会話に桜の両親は、唇を噛み締め、必死に嗚咽を抑える。

桜がずっと入院生活だったため、

共働きをしていた所為か桜の両親よりも、春歌との時間の方が多かった。


少なくともそれを負い目に感じてなのか、

桜の両親は2人の会話を静かに聞きながら、抑えきれない涙をこぼれ落とす。


春歌「桜...約束、したよね?」

桜「んっ...。」

春歌「一緒に入学式、出ようねって、」

桜「はる、か、ちゃんと、しゃし、んとる、だ」

春歌「わたしたち、さくらの、せいふく、姿、見たいよ。」

桜「みて、ほしいの。」

春歌「さく...」

桜「はるか、ちゃん。」

桜「一緒に、いてくれて、ありがとうね。」

春歌「さくら...?」

桜「おかあさんとね、おとうさんもね、すごく、だいすき。」

春歌「ねえ、さくら?」

桜「さくらの、なみきみち、いっしょ、あるきたかったなぁ...。」


そこで春歌は、桜の目尻に溜まった涙が流れ落ちたのに気付く。


春歌「桜、さくら、アンタ、駄目だよ?約束やぶるなんてゆるさないからね!?」


桜「はるかちゃん。」


弱々しくもしっかりと響く桜の声に、春歌の肩がビクリと震える。


桜「はるかちゃん、ずっと、わたし、ともだちで、いてね。」


桜「―――...。」


最後に小さく囁かれた言葉、その言葉を最後に、

桜の瞳が暗く暗く、光を失った。

春歌の中から、込み上げたのは叫びに近い唸り声。


春歌「う、ぅう....あぁ....ああああああっ!!」


桜の少しだけ暖かい手を握り締めて、

声を抑える事さえ忘れ、泣き叫んぶ。

ただ今は、友達の、たった一人の大切な親友の体温を、少しでも感じたいと。



桜が舞う、4月。

入学式が行われた学校付近では、真新しい制服を身に纏い、

新たなる生活を送るであろう人々が、笑い合いながら話に花を咲かせている。


その中でたった一人。

髪に白いリボンを付けた少女が、

桜の木に背を預け空を見上げ口元を緩める。


春歌「桜、入学、おめでとう。」


あの時、小さく囁かれた言葉。


桜「ずっと一緒だよ。」


何度でも思い出されるその言葉が、

青空に溶けてしまいそうで、春歌はゆっくりと瞼を閉じた。


春歌「私と貴方だけの約束、だよ。」


白いリボンが、風で優しく揺れた。



おわり

以前ボイスドラマを制作しようと思って作ったお話になります。

こえ部がこの世にまだあった時代のものなので折角だしここでだけでも公開させて貰えたら思い…。

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