マオニャンは夜の街を駆けるニャン
頑張って長編を…と思って準備したのですが、例によって広げられず断念しました。テーマは「可愛いは正義」です。楽しんでいただけたらうれしいです。
第0夜
「バーネットくん、できたぞ。これが『悪い奴は許さないんだニャンプスーツ』だ」
助手のバーネットくんが博士のキモいネーミングに眉をひそめる。
「大概の物理的ダメージがほぼゼロになるとは恐るべき発明です。博士」
この半年間手伝いをしてきたというのに、バーネットくんにはまだその原理が理解できない。
「うむ。こんな短編では説明できないくらいのすんごい難しい理論を駆使して出来上がったのだ。早速被験者を呼んできなさい」
「気が進まないなあ。本当にハナちゃんにこれを着せるおつもりですか」
ハナちゃんは博士の孫であり、超絶可愛い…とバーネットくんが思っている女子高生、こんな変態博士のモルモットになっていいものだろうか。
「当たり前だ。スーツは大きさも音声認識機能もハナに合わせてあるし、ハナも快く承知してくれている」
「博士がモノで釣った、という噂があります」
「フン。…早く呼んできなさい」
「ハナ、どうだ。これがじいじが精魂こめて作った『悪い奴は懲らしめるのニャンパー』だ」
「名前変わっとるがな」
バーネットくんのツッコミも気にせず博士はそのツナギ状の服をハナちゃんに手渡す。
「…うーん。これは特殊な趣味の方に受けそうな」
ハナちゃんは気が乗らないようだ。ピンク色のジャンプスーツだが、足下はショートパンツくらいの動きやすそうな丈になっている。大きな特徴は尻の部分の尻尾がついていることだろう。
博士がボソリと難色を浮かべるハナちゃんに向かって呟く。
「ミュウミュウ、クロエ…」
「じいじ、思ったよりずっと可愛い。着替えてきますね」
バーネットくんにはよくわからないが、確かに何かで買収されているようだ。博士はスーツに加えて、ピンク色のハイカットスニーカーと…何とネコ耳付きのカチューシャを取り出す。一瞬固まってあからさまに拒否の眼になったハナちゃんだが、再び博士がバーネットくんにとっては呪文のような言葉を口にする。
「ステラマッカートニー…」
ハナちゃんは満面の笑みで受け取って試着室に入る。
「じいじ、任せといて。これを着こなせるのは私しかいませんから」
バーネットくんは何だか博士とハナちゃんの両方が怖い。
着替え終わったハナちゃんが登場する。ピンクのジャンプスーツ、いやニャンプスーツからスラリと伸びた美脚、足下にはこれもピンクのハイカット、いやハイキャットスニーカー。ニャンプスーツのお尻にはネコの尻尾がふわりと伸びている。
「バーネットくん、どう?可愛い?」
バーネットくんは真っ赤になって何も言えない。可愛いなんてもんじゃない。ハナちゃんのいう『特殊な趣味の方』でなくても破壊力は抜群だ。クラクラしながら言葉を絞り出す。
「ぐぐぐ、可愛いです。超絶かわいい…にゃん」
「ではハナ、最後にカチューニャをつけなさい。だがそれをつけたら必ず語尾に『ニャン』をつけること。必ずな」
訳のわからないことを言い出した博士をハナちゃんがカチューシャをつけながらも睨む。
「いやよ。そんなアホみたいなの」
するとハナちゃんの来ていたニャンプスーツが少しだけ透明感を増した。
「えっ?」
バーネットくんは眼を凝らす。
「ハナちゃん、ハナちゃんは元々透明感があるので、だからつまりそんなことはないと思うけど、その透明感ではない透明な感じがつまり」
ハナちゃんは自分の着ている服のことだからわかりにくい。
「バーネットくん、何言ってるのかわからないよ。落ち着いて」
ニャンプスーツがさらに透明になる。
「わあっ!」
バーネットくんは両手で眼を押さえるが、しっかり間から見ている。その視線を追って、ハナちゃんが不思議そうに下を向いた。
「…何見てんのバーネッ…ぎゃああっ!バーネットくんのエッチ!」
スーツを着たハナちゃんの打撃を最初に受けたのはバーネットくんとなった。
第1夜
「まったく、語尾にニャンをつけないとだんだん透明になってく機能なんて、どうして必要なのよ…ニャン」
ハナちゃんはまだご立腹のようで、バーネットくんに零した。
「どうして『ニャン』なのかはわからないけど、基本ハナちゃんしかこのスーツが使えないようにするための声紋認証のひとつのようだよ。『ニャン』をつけるとパワーも上がるみたいだし」
ハナちゃんはため息をついて自分の尻尾をいじった。
「この尻尾だって何のためにあるのか全然わからないし…ニャン」
バーネットくんはさっきからハナちゃんと夜の街をパトロールしている。
元々警察署長の頼みから始まったスーツの開発であったらしい。犯罪発生率が右肩あがりのこの街をすくってほしい!んだって。博士はそれを受けてこの変態スーツを開発し、孫のハナちゃんは今そのスーツを身につけ夜の街をパトロールしている、とそういうわけだ。最近はコスプレして歩いてる人も多いからそこまでは目立たないけど、それでも、…それでも凄く目立ってる。「可愛すぎるんだニャン」とバーネットくんは思っている。
「ねえ、結構私目立ってるニャン?」
「目立ってるね。逆に犯罪を助長するんでは?というくらいのモゴモゴだ」
「何?何?どういうことニャン?」
などと二人がイチャイチャしながら歩いていると、早速路地に犯罪の芽があった。いわゆる「カツアゲ」というやつだ。大人しそうな若い会社員をいかにもな二人組チンピラが暗い路地に連れ込んでいる。
「おうおう、兄ちゃん」と声をかけたのはハナちゃんだ。ハナちゃん、それはチンピラの声のかけ方だ。
「おうおう、兄ちゃん、何してるんだニャン」
「おい、見てみろ。ネコだな。うっ、か、可愛いな」
チンピラの一人がハナちゃんの可愛さに眼を奪われる。もう片方も鼻の下を伸ばす。
「何だ。この可愛さは。だめだ。この娘の前で悪事をする勇気が俺にはない」
だらしない奴らだ。これじゃスーツの威力が見られないと思ったらバーネットくんがガッカリすると、いきなりハナちゃんが猫手でアッパーパンチを出した。
「ハナちゃんアターック!」と言ったのはバーネットくんだ。何で。
チンピラ二人が宙に飛んだ。
第2夜
「ハナちゃん、昨夜はちょっとやり過ぎたんじゃ…」
「何言ってんの、バーネットくん。正義の戦いはやるかやられるかニャン」
「ハナちゃんの口から『やるかやられるか』とか『弱肉強食』とかいうセリフは聞きたくなかった」
「焼き肉定食とか言ってニャイけどね。さあ、今日はあの高級ブランド街を巡回するニャン」
ハナちゃんはなぜか張り切っている。今日の昼間に研究所に来るとき、うれしそうに持っていたバッグが関係しているのだろうか。
「何で僕が毎晩、そのつきそいを」
「あれ、バーネットくんは私のつきそい、いやニャのん?」
もはやニャンニャン文法をすっかりナチュラルにこなしているハナちゃんである。可愛いは正義だ。
「いいや、この役目は僕しかいないだろうといっても過言ではないと言えなくもない」
宝石店の前でバーネットくんが立ち止まり、人差し指を口に当てた。でもハナちゃんは気がつかず結構な大声で話しかける。
「ねえねえ、バーネットくん!見るニャン!あのペンダント超可愛くニャい?」
「…ハナちゃん」
店内でナイフを持って店員を脅している悪党がこっちを向いた。
「何だお前達は!」
悪党その2が店の奥から出てきて拳銃を構える。これは洒落にならない。スーツを着ているハナちゃんはともかく、バーネットくんはジーンズとTシャツ、要するに防御力はほぼゼロだ。
「バーネットくん!後ろに下がるニャン!引っ込んでるニャン!」
「言われなくてもそのつもりだよ…う?うわわっ!」
バーネットくんを後ろへ引きずり倒して、ハナちゃんが店内に突入する。
「正義の超絶プリティヒロイン、ハナキャットただ今、参照!ニャン!」
ハナちゃん、参照じゃなくて参上だね。
「月の代理でお仕置きしちゃうニャン!」
すごく何だかパクりっぽいけどね。悪党その1が刃渡りの大きなナイフでハナちゃんに襲いかかるが、ハナちゃんはナイフの刃を握って取り上げる。
「ええっ?」
その刃を指先で真ん中から90度曲げ、後方に投げる。グニャリと曲がったナイフが倒れているバーネットくんの頭の上5㎝くらいのところに突き刺さる。
「ひええええっ」
バーネットくんは悲鳴をあげる。
素早くハナちゃんが悪党その1の腹を前蹴りで突き飛ばす。仰向けに倒れた悪党の腹にもう一発、ハナちゃんのフットスタンプがめり込む。
「ハナキャットスターーーンプッ!」とバーネットくん。
「ぐええええええ」
パンッ!パンッ!
銃声が響く。ハナちゃんは素早く店員の前に回り込み、弾丸を素手で払いのけた。悪党その2が顔を青くして店の外に逃げようとするが、ハナちゃんは後ろからシャツをつかみ横にぐいと引っ張り回す。
「うひゃああああ」
悪党その2が宙に舞って店の壁に激突した。
「ハナキャットスイングーーーッ?」とバーネットくんの声。バーネットくんも恐怖で顔が引き攣っている。
第15夜
「明らかにやり過ぎだ。この2週間で重軽傷者16名、ショックで口のきけない者5名、飛ばされてどこかに消えた者3名だ」
警察署長がプリプリ怒り、ハナちゃんは居場所がないようにモジモジと小さくなった。だが博士は手を振ってそれに答える。
「いやいや。申し訳ない。だがこの『悪党まとめて地獄へ落ちるんだニャンピングスーツ』の威力をテストできたのは良かっただろう」
また名称が変わってるやないかい!とバーネットくんは心の中でツッコむ。
博士がキリッとした顔で署長に告げた。
「そういうわけで、街のチンピラなんか相手にならないというか、怪我させるだけだし、今日はマフィアの地下カジノに潜入させることにしたよ」
「聞いてないです!」とハナちゃんが叫ぶが、博士はまた何か呪文を呟く。
「エルメスパーキン」
ハナちゃんはほとんどかぶせ気味に言い切った。
「悪い奴らは一網打尽だニャン!」
署長がうなった。
「むうう、いきなりこの街の悪の本丸、凶悪犯罪者の巣窟ではないか。ハナちゃんは大丈夫か」
「というか、ちょっと高性能に作りすぎたようだ。孫娘が危なくないようにと思うあまりのことだが。このままでは逆にハナが人殺しになりかねない」
「ふむふむ」
「あそこを潰せれば、いったん休業でもいいじゃろう」
「わかった。今回は我々警察も全面的にバックアップして一網打尽を狙うとしよう」
博士と署長がうなずきあった。
「あのー、僕はもういいですよね?そんな危険な場所に行きたくないんですけど…」
「スーツの性能を見届ける者が必要だ」と博士。「技の名前を叫ぶ人が必要よ」とハナちゃん。
必要じゃないじゃん…とバーネットくんは泣き顔になった。
第15夜の翌日で、かつ最終夜前のお昼頃
「今日はハナちゃん、どこに行ったのかね?」
「ふん、助手とデートだ」
本人がいない方がいいか…と博士と署長が話し出す。
「いやあ、大変だったが、カジノは壊滅、麻薬はすべて押収。マフィアも全滅」
ヨカッタヨカッタと博士が言うのを署長が遮った。
「何を言っておるのだ。マフィアの連中が全員重傷なのはまだいいとしても、そこに来ていたカジノの客…これは凶悪犯とは言えまい。これもほとんど怪我をして、警察署員の重軽傷者がマフィアの怪我人より多いというのはどういうことだ」
博士があまり申し訳なさそうでもなく謝罪する。
「悪かった、悪かった。スーツに『スーパーハルマゲニャン』などという必殺技を装備しておいたのをすっかり忘れていた。ハナが『ニャン』を100回言うと作動し周囲すべてをボコボコにしてしまうという恐ろしい技だが」
「恐ろしいのはそれだけじゃないのだ」
署長が深刻な顔で博士を責める。
「第1にそのスーパーハゲのニャンニャンという技で」
「スーパーハルマゲニャンだ」と博士が自分の頭をなぜながら訂正した。
「うむ。そのゲニャンで倒れた者が全員、笑顔なのだ」
「…どういうことだね」
「マフィアの連中が『超絶可愛いニャン』とか『もっといじめてほしいニャン』とか言いながら、笑顔で入院しているよ」
「…何と恐ろしい」
開発者の責任をまったく感じさせない口調で博士が言った。
「そして、第2に、これはもっと問題だ」
「どうした」
「近隣の悪党達がなぜかこの街を目指して集まってきている」
博士が唖然とした。
「どういうことだ」
「ハナキャットに退治されるのは超快感…という噂が流れている。奴ら、プリティハナキャットにお仕置きしてほしいらしい」
「…そんな馬鹿な、ニャン」
最終夜
「バーネットくん、お腹いっぱいだニャン」
「ハナちゃん、すっかりその口調が癖になっちゃったみたいだけど」
レストランを出たハナちゃんとバーネットくんが、すっかり平和になった…というより何故か人通りが少なくなった街を歩く。
「でもハナちゃん、あのなんだったか?最後のすごい武器」
「プリティハナ・マジ・ドーンね」
違ったような気もするけど、どうでもいいことだ。
「うん。それが炸裂したとき、僕をモノのように担いで、10メートルほどジャンプしてくれたお陰で、周囲全員が大けがした中、僕はその技では無傷だったんだ。助かったよ」
ハナちゃんはちょっと赤くなる。
「でも着地の前に放り出しちゃったから…ごめんね」
バーネットくんは松葉杖をつきながら首を振る。
「ジャンプして空中で言ったこと覚えてる?」
「…覚えてない」
「バーネットくんは絶対に私が守るって!」
「結果的には常に酷い目に遭わせてるわ。お詫びのしようもないけれど」
「今日は食事につきあってくれたじゃないか。充分だよ、それに…」
「うん?」
「最後にニャンとか、語尾につけなかったせいで、僕だけ目の保養が」
「バーネットくん?」
「ごめんさない!」
ハナちゃんはバーネットくんのお尻を膝げりする。
「いてててっ」
「バーネットくんのエッチ」
「でも、まあ、いいか」
ハナちゃんが松葉杖のバーネットくんの腕に自分の腕を絡ませた。
「ハナちゃん?」
ハナちゃんは真っ赤になって耳元でささやいた。
「…お月様の代理でお仕置きだニャン」
そしてそっと、バーネットくんの頬にキス。
クリティカルヒット!バーネットくんは大ダメージを受けた!
尻尾をもっと活躍させたかったのですが、どうしたらよかったのか。