第四話:季節は…曇り空
こんにちは
ミディア寝子です
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湿った空気とともにざらついた何かが頬を舐める感触がする。
首元に触れてくる毛並みは湿気のせいか自分で洗ったのか分からないが湿っている。
相変わらず滑らかな毛。
舌で舐められているのも忘れて撫で続ける。
そのうち
”早く起きてよ!”
というように爪の出ていない手で頬をパンチされた。
何度も繰り返しパンチしてくる姿を微笑ましく思う。
モフモフな手で気持ちがいいが、ご機嫌斜めのご様子。
急かすような足音を聞くよりも早く階段を降りて、朝食の準備を始める。
トーストを焼く前にミルクを少し温めてお皿に注ぐと早速ぴちゃぴちゃと飲み始める。
猫様が一番…人間は二の次だ。
ご飯を袋から出すと「にゃあにゃあ」と喜ぶ。
”貴方様に喜ばれるのが自分の光栄でございます”
なんて言っている執事はどれだけ主人を敬愛しているのか。
焼いたトーストをかじりながらミルクを飲む。
ご飯を食べる様子はいつ見ても飽きない。
”あ…またこぼしてる”
部屋から出ようとするのに気がついたようだ。
「散歩に行くからね」と後ろをドテドテとついてくるのをやめさせた。
外に出ると、日に日に暖かくなる少し湿った風が空を駆けている。
靄のかかったような散歩道。
朝はやはり寒いが、そのおかげで目は覚めていく。
この頃いつも曇っている空は今にも泣き出してしまいそうだ。
”傘を持ってきたほうが良かったかな”
なんて思いつつ道を歩く。
公園の前の家に咲き誇っていた花は暗く湿ったこの季節を鮮やかに照らしてくれる、そんな色をしていた。
青や紫の小さな花が入り混じり寄り添っている。
私とあの子もこんなふうに寄り添っているのかな。
”そうだといいな”
と思いながら思わず魅入ってしまったその花。
今度庭に植えてみようかな…。
______________紫陽花。
「ただいま…」
…おかしい。
いつもなら扉の直ぐ側で待っているはずのあの子がいない。
何事かと思い走り出す。
リビングに行くとそこには眠っているあの子がいる。
いや…眠っているはずがない。
今さっきまで起きていたのに。
この子は私の上でしか眠ることのできない子なのに。
倒れているのか…?。倒れている…?
大変だ!今すぐ…何をすればいい?
分からない。
ただ、焦りと恐怖に混じって泣きたい気分だ。
しかし、行動を起こさなければ。
……まずは病院に連絡を取って…
〜PrrrrrPrrrrr はい、もしもし こちら〜
「すみませんっ猫が倒れたのですが、いや…眠っているように倒れているのですが」
「はい。猫ちゃんが倒れたのですね」
拾ったときと同じでやはり余計なことまで喋ってしまったが、焦っているのだ。
仕方がない。
「そうなんです。一体どうすれば…あ、そちらに猫を連れて行ったら…」
「落ち着いてください。大丈夫です。まずすべき事は」
「すべきことは?」
倒れたと言っただけで対応の仕方がわかるとは素晴らしい、
ここの病院に通っていてよかったと思う。
「深呼吸です」
「………何を言っているのですか?」
「深呼吸です。慌てていて物事に取り組んでは猫ちゃんに負担をかけたり、治療法を間違えたりします。ですので、落ち着いてください」
スゥゥーハァァー
「深呼吸しました」
「はい。それでは猫ちゃんの体に触れてみてください。温かいですか?」
倒れていて混乱していたが確かに死んでいるようには見えない。
この子はいつもどおり温かい。
だが…
「温かいのですが、なんというか…いつもは触れたらすぐに目を覚ますのに覚まさないのです」
「わかりました。それでは、猫ちゃんを連れてきてくださいますか?」 「はい」
すぐにでも連れて行かなければ。
この子を猫用キャリーバッグへ入れて連れて行く。
キャリーバッグも車もあんなに嫌っていたのに、車が走っていても気が付かないようだ。
一体この子に何が起こっているのだろうか。
「こんにちは。お電話した者です。今すぐこの子を見ていただけませんか?」
「お待ちしてました。少し落ち着けたようですね。こちらへ」
この子はまた元気になるのだろうか。
なって欲しい。せっかくできた同居人なのだから。
「ああ…これはですね」
思わず目をつむってしまう。
病気だ。死が近いのだ。___そう言われたくない。
それでも、どうしても健康だなどどは思えない。
「ナルコレプシーですね」 …?何の呪文ですか?
「申し訳ありません…そのナルコンプレシー?というのは一体どういったものなのでしょうか」
「ナルコレプシーはですね夜間に十分に眠ったとしても、昼間に突然我慢できないほどの強い眠気に襲われ、眠ってしまう病気です」
「つまり…睡眠不足?ですか」
「いいえ。昼間に突然眠ってしまう、つまり十分な睡眠があっても寝てしまうということです。他にも笑う・怒るなど感情の動きがきっかけで全身の力が抜けてしまったり、目が覚めても体を動かすことができないかったり、眠った後すぐに“幽霊が出る”など、現実でも起きそうな夢を見たりしますが、猫の場合そのようなことは分かりません」
「はぁ…」
「ナルコレプシーになると、猫は目を閉じて意識を失ってしまいます。同じような症状でカタプレキシーというのがありますがこの場合、意識はあるのですが硬直状態に入ってしまいます。この2つは、全身が脱力状態に入ってしまうという症状です」
私の耳に入ってきたのはこういう言葉だった。
〜十分な睡眠があっても眠ってしまう__ピーチクパーチクピーチクパーチクピーチクパーチク…__全身が脱力状態に入ってしまうという症状です〜
正直に言って何を言っているのか全く理解できず、しかしあの子の現在の症状は把握できたわけで…良かったとしよう。
この先生はきっと、熱が入ると喋り続けてしまうのだから。
「ええっと…つまり、命に別条はないということですか?」
「そのとおりです」
よかった。本当に。
ここまでこの子に対して愛着が湧いていたなんて思いもしなかったがそれでも私はこの子が大好きだ。
「どうしたら治りますか?」
「ナルコレプシーの治療法は……………」
と、その後もやたらと長い話を聞き流してようやく帰路につくことができた。
「おはよう」
日も暮れた頃目を覚ますと何故かすり寄ってくる。
「全身が脱力状態に入ってたんだって」
よかった。また目を覚ましてくれて。
よかった。可愛い顔が、目があって。
「ぅにゃおおぅ」
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※この物語はフィクションです