悪魔との契約
安齋は空を飛んでいた。とは言っても、別に自分の力で飛んでいるわけではないから普通に怖い。
飛んでいるのは漆黒の翼を広げたゴスロリ服の少女。腕の限界を迎えた安斎の代わりに、彼女は軽々と安齋と城沢の腕を掴んで、空中で完全停止している。
「助かったのか?」
「偶然みたいに言わないで。私が、助けてあげたのよ。でも、この代償は高くつくわよ」
黒い翼の少女は屋上へと二人を連れて戻った。
安斎は数分空中に腕一本でふらふらしていただけだが、落下することがない大地のありがたさが身に染みた。そして、隣で暢気に気絶をしている城沢に少しイラっとしていた。
「私は、君の願いを叶えたわ。だから、次は私の番。そうよね?」
「あー言っていたな。助けてもらったわけだし、何でもいいよ」
彼女は契約とか言っていたが、安斎はどうでも良かった。実際に、助かったわけだし。
それにしても、彼女はどうやら悪魔らしい。
人間には少なくとも羽は生えてないし、飛ぶことだってできない。
でも、黒い翼がなければ、人間との外見的な違いはない。
セーラー制服に身を包む、モデルのようい白い髪の赤い瞳の女子。少なくとも日本人ではない。
「なら、私の願いは一つ・・・」
「え? 聞こえないのだけど」
悪魔を名乗る少女は肝心の願いの部分をなかなか言わない。もったいぶっていると言うよりかは、恥ずかしがっているように見えた。
安斎からしたら、悪魔を名乗る女から命を救った代償に、何を頼まれるのか分からない恐怖や不安があった。
「えっとね・・・」
「はっきりと言って欲しいんだけど。右腕をよこせとか、魂をよこせとかだろ?」
「はぁ? 誰が右腕をもらって喜ぶのよ。普通にいらないわよ」
「なら、なんだよ。俺の心臓に悪いからさ。はっきりと言ってくれ」
「だから、私の彼女になって」
投げやりに彼女は叫ぶ。
初めて聞く言葉に、安斎の小さな脳が言葉を認識するまでに数秒間、時間がかった。
「え、告白された?」
友達すらいない電子機器が友達の寂しい人生を送って来た安齋に、稲光が走った。
「え!」
言葉が出ない。
対して、悪魔の少女は不安そうに安斎を見ている。
「一つだけ言っておくけど、これは契約だから、断れないわよ」
「いや、嬉しすぎてさ。言葉に何ねぇわ。え! もしかして、天使とか?」
「いや、私は悪魔だけど・・・予想外のテンションに少し驚いているんだけど」
安斎は自分を落ち着かせるために、一呼吸おいて、
「で、これ何のドッキリ? それとも罰ゲーム?」
「これまでの恋愛遍歴が伺える一言ね。別にドッキリでも、罰ゲームでもないわ。どうせ、付き合っている彼女とかいないんでしょ? でも、いたとしても問題ないわ。後に必要になるから早めに手を打っただけで、既に彼女がいるなら私は二股でも良いから」
「いや、今はいないけどさ。それで、俺の彼女さん。お名前は?」
「お互い、自己紹介をしていなったけ?」
お互い名前すら知らないのに、恋人関係になった。きっとこれはある意味では世界初の事件だろう。許嫁同士でも名前くらいは把握しているだろう。少なくとも許嫁と言うことは誰かは当人たちの関係を知っているだろう。
「そう言うのは男が先に名乗るものでしょ?」
「昭和的な考え方だね。令和では流行らないよ・・・え? そもそも名前も知らない男に告白をしたの?」
「悪魔に人間の常識を押し付けないで。人間なんて誰でも基本的にどれも対した差なんてないわ」
「なら、なんで告白してきたんだよ。別に裏にどんな理由があるのか? どうせあるんだろうけどさ。さ
そう言うのは徐々に明かしてくれないかな。すげぇ俺のテンション下がるんだけど?」
「可愛いわね。もしかして、私に一目惚れされたとか思った? 冗談。ありえないわ」
可愛い女の子。人間ではないらしが、人生で初めての告白でちょっと舞い上がってしまった分、安齋にはどうしようもない恥ずかしさがある。
「あっそ。もうトキメキもドキドキもないからなんでも良いけどさ。俺の名前は、安斎雷斗。実は人間なんだ」
「人間なのは知っているわよ」
「悪魔を自称する彼女さんに対抗しただけだよ」
「面白いことを言う彼氏さんね。つまらないから二度とやらないでね」
「あっそ。あ、ちょっと待て」
安齋は、思い出したようにポケットに入れていた時計を見た。
「やばいな」
安齋は辺りをキョロキョロ見渡した。
城沢はまだ気絶している。
「ちょっと、何しているの? 早速の浮気?」
「いや、ただの好奇心なんだけどさ。気になったことがあってな」
城沢が気絶していることを良いことに、安齋は彼女のポケットを片っ端から漁り、スマートフォンを手に入れた。
「見つけた。これは顔認証か。なら、特に面倒臭いことをしなくて済むな。これならけ気絶をしていても何とかなるな」
「ちょっと悪魔の私がね人間ごときのルールの話をするのもあれだけど、それは犯罪じゃない?」
「あ、そう言うの良いから。よし、ロックを解除。メール、メールと、これだ」
「メールって、今時より若者はLINEとかチャットじゃないの?」
「おいおい、これは」
安齋は城沢のスマートフォンからあのガラケーに送られたメールを見た。
そして、確かに今日の日付で送られていた。