助けに来た悪魔
時間と共に段々と、安斎は屋上に手をかけているだけの現状の姿勢を維持するのが厳しくなって来た。火事場の馬鹿時からも終わりつつある。そもそも運動部でもない男が片手で合計したら100キロくらいになりそうな二人分の体重を支え続けているのはある意味では奇跡とも言える。
既に城沢の手を掴んだままで何とか屋上に戻る筋力は既に残されていない。だからと言って、彼女の手を放すこともできない。手を離せば、彼女はそのまま落下。この高さからアスファルトに叩きつけられれば、確実に死ぬ。そうなれば、経緯は色々あるが、安斎が殺したようなものだ。
最後の希望として、同じく通りかかった人に声を掛けて、引き上げてもらうことだが、こんな怪しげな裏路地に人通りは皆無である。
やばい、やばいと焦りだけが募る。
文字通り死ぬ気で捕まっているが、既に手の感覚が薄れてきた。手の筋力で壁の淵に捕まっていることすら厳しくなってくる。
じわじわと腕がプルプルし始めた。
「おや、お困りのようだね?」
屋上から女の声が聞こえた気がした。
幻聴? いや、しっかりと聞こえた。
でも、安齋と城沢がこの絶体絶命の状態になってから、このビルに入った人はいない。可能性としては、二人が危機的状況になる前からビルの中にいたのか。いや、そんなこともうどうでも良い。
「助けてくれ」
安斎の心の底から出た言葉だ。同時に、助かったとも思った。
「君たち2人を助けることは、私にとっては”あ、エコバックあるんで”と言ってコンビニのレジ袋を断るくらいには簡単なことだわ。でも、それはできない」
安斎はきっと助けてくれるのだと思った。こんな状況で断る非常な人間なんていない。しかし、彼
女は断った。あまりの衝撃に落ちるかとも思った。
「・・・あの? 状況を分かっています? 俺ら助けてくれないと死にますよ。そしたら、あの時に助けていればなと大なり小なり後悔しますよ」
「人間がどれだけ死んでも、私の心が痛むことはないわ」
「えっと・・・なら、何で話しかけたの? 嫌がらせ? もしかして、悪魔とか?」
「え、正解。なんで分かったの? 私の擬態は完ぺきだった」
安齋はまさか冗談で言った話に謎の彼女が合わせてくるとは思わなかった。それも戸惑うどころか、即答。言ったのは安斎だが、不思議ちゃんが過ぎて若干引いている。
「・・・なんとなくそんな気がしたんだよね。ほら俺超ピンチじゃん。誇張なしで人が死ぬかもしれないクラスのピンチを笑って見てるなんて人間ではないね」
「それは面白い考え方だね。でも、人間を一番殺してるのは、人間だ」
「あ、今はそういう屁理屈ととか大丈夫なので。そろそろ本気で助けてくれない。」
「私は悪魔だよ。ただでは、助けないよ。聞いたことない? 悪魔は人間の魂と引き換えに願いを叶えるんだよ」
悪魔と言ったことを根に持っているのだろうか。
「いや、それは設定だろ? 気に障ったなら、謝るからさ。そろそろマジで死んじゃいますよ、俺」
「死なれるのもちょっとまずいんだよね。じゃあ、悪魔の決まり文句を話そうか」
彼女は一呼吸おいて、
「私が願いを一つ叶えてあげる。その代償にあなたも私に願いを叶えてもらう」
「え? もしかして命の値段を決めろとかそういうやつ。こんな貧乏くさいと学生にそんなこと言っても金なんかねえよ」
「あのね・・・金じゃないわ。なんで悪魔が人間如きのルールに従って、人間のしかも一部でしか使えない通貨を使わないといけないわけ? 違うわ。言葉通りに私の願いを聞いてくれたら、私も君の願いを叶えてあげる。平等な取引よ。別に嫌ならば、断ってもらっても大丈夫よ。でも、こんな状況で断るなんて愚かなことはしないと思うけどね」
「おい。分かったから。なんでもいいよ。何でもいいよ。マジで死ぬ。腕が限界なんだ。早く助けてくれ」
「ちょっと、私の話を真剣に聞いてる? 悪魔の契約って結構、重要なのよ」
「悪魔とかどうでもいいよ。俺に出来ることは何でも、何でもやるから助けてく」
ついに支えていた手が限界を迎えた。
景色がスローモーションのように流れていく。まさかこの状態で見殺しにされるなんて思わなかった。
彼ももう駄目だと思った。
そんな時だった。何か彼の身体を掴んだ。つかんだ正体を見上げると、黒い翼を広げた少女の空を飛んでいた。
その姿は天使というよりも、まさしく悪魔と表現する方が似合っていた。