自殺か、ビルのオーナーか?
安斎は廃ビルの前で立ち止まっていた。
城沢が迷いなく廃ビルへと入って行く様子を安斎は間違いなく見た。見失ってしまったか、ら帰ると言う奥の手は使えない。
「こんな今にも崩壊しそうな廃ビルに入って・・・本当に自殺するつもりなのか? それとも闇カジノみたいな危ない店とかが実は入っているとか? 流石にそこまで行くと考えすぎだよな」
安斎は口に出した通り、考えすぎなのは理解している。
廃ビルの中に闇カジノがあって実は城沢は闇カジノのオーナーであるなんて展開は明らかに過ぎた妄想だ。廃ビルに考え事をしながら入るなんて、城沢の普段の生活を知っているからこそ自殺するなんて思わないが、先入観なしで見た場合だとあり得なくもない展開だ。
ふと、上を向いた。
各階の窓の状況は割れていたり、汚れていたりしていた。一様に、窓から部屋の様子を除くことはできない。
視線が下から上へと徐々に昇って行く。そして、ビルの屋上に見慣れたことのある靴が見えた。
気が付くと、安斎は走ってビルに入った。
彼女が自殺する確証を得たからではない。
本当にこれは不味いと、人として最低限の本能だった。
ビルの中は、スカスカな印象を受けた。
フロアを仕切る壁もあちらこちらで崩れて、ビルを支えている柱ばかりに目が行く。すぐに階段は見つかり、そのまま階段を上る。
2階、3階、4階、5階、、、6階を超えると一気に安斎の階段を登るペースが落ちた。
肩で息を吸いながら、そのまま7階、そして目的の屋上へ到着した。
「おい、早まるな」
安斎は屋上にいる誰かに声を掛けた。酸欠でまともに前が見えてはいなかった。
「え?」
すっとんきょな女の声がした。
安斎は声の方向を向く。
足を滑らせ、背中から落ちて行く彼女。
安斎の目には城沢がスローモーションのようにゆっくりと落ちていくように見えた。
運動不足ではあるが、運動神経は悪くない安斎は頭では状況が呑み込めていなかったが、身体は動いていた。即座に錆びたフェンスを登って、超える。そして、身体を投げ出して、落ちていく彼女の手を掴んだ。ギリギリ安斎が落下しなくて済んでいるのは左手でビルの淵を掴んでいるからだ。
「間に合ったか」
「え、誰?」
命を文字通り投げ売ってまでクラスメイトに対して、城沢の一言はあまりにも冷たかった。
確かに、安斎はクラスに友達はいない。それは事実である。しかし、影は薄くないとは思っていた。実際、顔を覚えてもらってすらいないとは。
ショックで手から力が抜けそうになるが、必死にこらえる。
「えっと、そのクラスメイトの、、、安斎だけど覚えてない?」
「あー」
城沢の顔には思いっきり誰だっけと書いてある。
「・・・俺ってそんなに影が薄いかい?」
「・・・あー思い出した。思い出した。思い出したよ。あれでしょ? あれよ。あれよね。影濃い。めっちゃ濃いわ。青汁より濃いわ」
「それ絶対思い出していないやつのセリフ」
あまりの適当さに思わず、ツッコんだ。
「で、早く助けてくれない。私って、高所恐怖症なの」
「えっと・・・自殺しようとしていたんだよね?」
「そうだけど。だから何?」
「でも、助けってって言うからさ。てっきり話してって言われると思っていた」
「私は遊園地では観覧車が一番嫌いなの。蛇の生殺しみたいなのが嫌いなの。ちょっと馬鹿をやってしまって生きていても地獄だから、死んだほうが楽かなって少し思っただけだわ。痛い思いをしないで死にたいの」
「いや、死ぬのだから多少は痛みとかあるだろ。だって、死ぬんだぞ?」
「こんな状況で正論なんて聞きたくはないわ。下見てみなさいよ。こんなの見ただけで気絶・・・」
言い終わる前に言葉が止まり、安斎の手を握っていた力が消えた。
「え? 嘘だろ? 嘘だよな? こんな展開、ギャグマンガですらベタというか、安っぽくてありえないぞ」
いくら話しかけても城沢は反応しない。本当に意識を失っているようだ。
「いやいや、確かに絶望的な状況だけど、ビビって意識失うほど高くはないだろ」
虚空にむって、安斎は叫んだ。