悪魔の動機
安斎は今、名古屋にいた。
名古屋と言えば、名古屋城だろうと城沢がスマホを片手に、名古屋城を目指して歩いている。すっかり夜も深まってきており、周りも暗い。
「名古屋と言えば、串カツよね。いや、ソースカツ丼かな。でも、モーニングも有名よね。胃袋が無限にあれば良いのに」
ずらずらと食べ物を上げては、城沢は一人で興奮している。
「残念だったね、脆弱な人間。私の胃袋は身体操作をすれば、理論的には無限大。名古屋名物をすべて食べつくしても問題ないわ」
羽をしまい、唯一の悪魔成分が消え、ただの制服美少女になった悪魔も案外、城沢よりで名古屋でワクワクしている。
「あのさ、忘れているかもだけどさ。俺らは名古屋に観光に来ているわけではないのだよね。ほら、制服だし。それよりさ。俺らの状況とか理解している? 薬物でおかしくなったかもしれない謎の集団に追われているんだよ?」
「私は旅行とかあまり来たことがなかったのよね。名古屋も初めて来たわ」
「いや、それを言ったら俺もそうだけどさ。分かった。俺も、もう自由に楽しんで良い? ぶっちゃけ、俺も楽しみたい。名古屋城すげぇ楽しみ」
「え? 安斎は城オタクなの」
「いや、名古屋城と大阪城くらいしか知らないかな。文系は専門外なんだよね。歴史とか苦手でさ。でも鯱は凄いよね」
「・・・そうなんだ。安斎ってあまり理系ってイメージはないけどね」
「そもそも俺の名前すら知らなかったけどな」
「仕方がないでしょ? 普通の人って印象に残らないのよ。私たちは話したこともなかったよね?」
「・・・ないかもな。俺、友達いないし。常に取り巻きを連れて、集団で動いている奴らとか嫌いだもんな。トイレくらい一人で行けよって話だよ」
「そんなことを言っているから友達が少ないのよ」
閑話休題。
ふと、気になった。
「彼女様、そう言えば、まだ名前を聞いていないのだけど? 人前で彼女様とか悪魔とか、恥ずかしいからさ」
「名前? 私、名乗っていなかったっけ?」
「聞いてない。出会ってから、今までそんな時間なかっただろ」
命を救われたと思ったら、城沢のカバンから怪しげなドラッグがでてきた。その後、黒い霧に包まれた連中に追われることとなった。
ありえないことの連続だ。
「本当に名前も知らなかったんだ。なら、二人は何で付き合うことにしたのよ?」
ずっと疑問に思っていたので、城沢が聞いた。
「俺も理由は知らない」
「理由なんて問題ではないわ。ただ、今後の保険として彼氏彼女の関係であると言う事実が必要なだよ」
悪魔ははぐらかすように言う。これ以上は聞くなと言う意思がなんとなく伝わる。
「で、名前」
「私、本名が人間とは違って、長いからね。そうだね。適当にエルとでも呼んで。これまで同様に彼女様と呼んでも良いわよ。事実だしね」
彼氏様、彼女様とバカップルじゃないんだから、恥ずかしいから嫌だ。
「適当だな・・・でも、良いか。エルは吸血鬼なんだよな?」
「そうね。人間はそう言うわね。訂正するのも面倒くさいし、それで良いわ」
「じゃあ、ニンニクとか苦手なの?」
気になったようで、城沢が聞く。嫌そうな顔をして、エルは、
「人間と違って、嗅覚が100倍以上に鋭いからね。臭いがきつい食べ物は好きでないの。でも、食べても死なないわ」
「なら、十字架とか銀とかは平気なの?」
「人間の小さい脳みそで考えた創作ね。大体、何で吸血鬼だけ、そんな明確な弱点があるのよ。私は
ゲームのキャラじゃないのよ」
「なら、太陽は平気なの? 陽の光を浴びると全身が廃になるとかは?」
矢継ぎ早に城沢は聞く。
どれもこれも吸血鬼の弱点として有名な話ばかりだ。でも、それに対して、エルは壁壁としていた。いや、呆れているようだった。
「答える必要ある? さっきまで日が昇っていたじゃない。今はすっかり夜だけどね」
太陽はすっかり落ちている。
「そもそもの物理法則が人間と悪魔とは違うから、人間がどう足掻いても悪魔には勝てないの」
「なら、この刀なら勝てるのか?」
コンクリートなど、物体をすり抜け、悪魔だけを確実に斬る刀。
「正解。それは退魔刀だからね。その気になれば、私すら殺せるわ。でも、彼女に刀は向けないでしょ?」
「・・・それは状況次第だと思うけどさ。で、何でこれを渡したの? 殺されるリスクがあるだろ?」
エルは馬鹿にするように笑った。
「何が面白いんだ?」
「さっきの私の跳躍を見ても分からない? 人間と悪魔の身体能力の差は圧倒的。いくらご攻撃が通るからと言っても、そんな刀だけで埋まるような小さい戦力差ではないのよ。例え、その刀を私の喉元に突きつけた状況からだとしても、私にとっては問題にすらならないわ。試してみても良いけど? 人間界には百聞は一見にしかずとか言う言葉があるのでしょ? 100年も生きない人間のスケールで聞いた、見たで何が理解できるのかは知らないけどね。私から見たら、差なんてないわ」
「そうかよ。で、そんなに凄い悪魔さんは、何が目的なんだ? 全部ひとりでやりたいことができるだろ?」
「私もこんな歩きながらの立ち話で、話すつもりはなかったのだけど。」
車通りの多い道路で、車の音が響く。落ち着いて真剣な話をするのに適した環境ではない。
「でも、そこまでもったいぶる話でもないから良いか。私の目的は凄くシンプルで、悪魔を狩りに来たのよ」
「へぇ、悪魔を狩るのに俺は必要なくね?」
「ついでに私もよ」
悪魔なんて初めて見た。
「二人とも絶望的に察しが悪いわね。私、さっき説明していなかったっけ?」
「いや、何も聞いていないけど?」
「あれ? あのドラッグには実は悪魔の血が入っているって言っていなかったっけ?」
「・・・聞いていないんだけど」
「私もよ。え、あれってそんなに危険な薬なの?」
隣で城沢は驚愕したような表情を浮かべている。その表情は単に事件に巻き込まれているような感じではなく、深刻そのものだ。
「だから、依存性も従来のドラッグの比ではない。おまけに、悪魔の血なんて飲むもんだから・」
「ちょっと待って。飲むとどうなるの? まさか、いきなり悪魔になったりしないわよね」
「何で、そうなるのよ。例えば、トラの血液をどれだけ飲んだところで虎にはなれないでしょう?
中国では虎になった人がいるらしいけど」
「山月記な。なんで、悪魔が古典小説を知っているんだよ。でも、人間が悪魔の血を飲んでも問題ないのか?」
「問題がないはずがないでしょ? そもそも論、悪魔の血を人間ごときが消化できるはずないでしょ? でも、悪魔の血は人間の血よりも濃いから、摂取しすぎると人間の血が悪魔の血に置き換わるわ。でも、身体は悪魔の血に耐えられず、悪魔もどきになって、消滅するわ。肉体そのものがこの世から霧になって消えるの」
霧。確か、襲って来た連中が纏っていたのも黒い霧のようなものだ。
「ちょっと待て。じゃあ、俺たちが対峙した連中は一体、なんなんだ?」
「正解。消滅手前の連中ね。最早、あれを人間とは呼べないでしょ? でも、悪魔にもなれない。だ
から、私はあれを何と呼べばいいのか知らない」
「ちょっと。私も聞きたいんだけど」
青ざめた顔をした城沢に、エルが言う。
「数回の服用ではあそこまで行くことはないわ」
数回の服用であれば、つまり城沢は既にドラッグを使ったと言うことだ。驚いた安斎は驚いた様子で聞いた。
「ドラッグは使ったんじゃないのか?」
「・・・私の意志ではないわ。はめられたのよ」
その場に城沢はうずくまり、ぼそっと呟いた。
「あいつら、私になんてものを打ったのよ。ありえない」
「話を戻すわ。別に人間が消えようともどうでも良い。でも、悪魔が人間に干渉するのは条約で禁止されているの。悪魔が人間にこんなクソみたいなことを知っていると天界に知られれば、また戦争が始まってしまうわ。その為に、私はふざけたことをしている悪魔を狩る必要があるの。だからと言って、悪魔の私が人間を殺すわけにもいかないからね。彼氏様には私の代わりに人間の相手をして欲しい。それで、一緒の悪魔を見つけて欲しいわ」
「え・・・普通に嫌なんだけど」
エルの話を聞くだけで、明らかに危険そうな話だ。
悪魔退治なんてする気が行らない。
「一緒に見つけて欲しいわと形式上、お願いの形式をしているけどこれは彼氏様の為でもあるわ。お
まけに、そこの人間もね」
「いや、俺の為ってさ」
「逆に聞くけど、あの街に戻ったら平和な生活が待っていると思う?」
エルは馬鹿にするように、笑いながら言う。
見透かしたような鋭い赤い瞳だ。
「あの街に戻れば、街中の中毒者たちはドラッグを取り戻そうと躍起になるだろうね。そこの女には顔も、名前も割れているだろうしね。そこまで悪魔の血が侵攻した彼らにとってはこれまでの倫理とかどうでも良いだろうしね。本能に従って、学校に乗り込んで来るかもね。いや、それだけで済めば良いかな? 下手したら、客の少ないリサイクルショップにも客としてでなく、乗り込んで来るかもね。それでも良いなら、私は無理強いはしないわ。でも、ここまで話せば、結論は出たでしょ?」
学校に黒い霧の連中が襲って来る。自宅にも押し寄せてくる。考えるだけで、ゾッとする。
それに人の嫌なところばかりを的確に突く辺りは悪魔なのだろう。
「・・・酷い女だな」
「そうかしら? 私は悪魔の中でもかなり優しい部類に入るわ。それとも全てが終わった後で、あれは悪魔の仕業だったと。崩壊した日本を前にして、そう私に言って欲しかった?」
「日本崩壊なんて大袈裟だろ?」
「・・・そうとも言い切れないわよ。あんなやばいドラッグは放置すれば、日本中に広がるわ。日本中が黒い霧の連中みたいになれば、日本は崩壊したと同義でしょ?」
立ち上がって、城沢はとんでもないことを言う。
「エル、私も悪魔を倒すわ。やられっぱなしでは、やっぱり気が済まないわ」
「素直なのは嫌いじゃないよ。彼氏様はどうする?」
「聞くだけ、無駄だろ」
3人の意志は固まった。