プロローグ
「藤春さん、俺と付き合ってください!!」
転校して2日目。夕映えの放課後にて。俺はある同級生を呼び出し、告白した。しかも、相手は学校で一番嫌われている元イジメっ子。
藤春海凪――。外見は一級品だが、中身は最悪で有名。校内で最も悪名高い女。当然、彼女に好意を寄せる愚か者などいるはずもないのだが——。ここにいます。愚か者はこの俺です。
「ムリ、なんだけど……」
見事に玉砕した。ほんの一瞬で儚い恋は朽ちていった。
「どうして、無理何ですか? ちゃんと理由を教えてください!」
だが、俺は諦めの悪い男。血走った目で彼女に食い下がる。愚かだ。
「いや、転校して二日目に女子に告白するとか意味分かんないし。てか、相手は学校一の嫌われ者だよ」
「そんなの気にしない。俺と付き合え!」
「なんで、命令口調⁉」
眉を八の字に歪ませ、顔に嫌悪感を滲ませる。明らかに態度が冷たい。
「そもそも、私のことが好きになった理由を教えて?」
「グランドを疾走する貴方を見て、一目惚れしました」
「頭おかしいでしょ」
「よくあっちの友達にも言われました」
口では罵倒しつつ、意外と満更でもなさそう。
瞳を忙しなく泳がせ時折、こちらをチラッと見ては恥ずかしそうに視線を落とす。
「―――やっぱ、ムリ」
「え、全然聞こえません!」
「ムリ!!」
「今、なんて?」
「ム、リ!!」
「ええ、付き合っていいんですか⁉ 嬉しい!!」
「アンタ、どんなけ耳悪いの……。呆れる」
どうも、自称難聴系主人公です。
海凪はふてぶてしく腕を組んで、シベリアより寒くて冷たい視線を送る。ドMには堪らないシチュエーションである。ありがとうございます!!
「――まだ帰んないの?」
「帰りません。OKが出るまで絶対に帰りません!」
「ハァ……。私と付き合ってもアンタにはなんのメリットもないの分かってる?」
「え、メリットしかなくないですか?」
「冗談も程々にして!!」
海凪は凄い剣幕で俺を睨みつける。わざと突き放すような物言いだ。
「冗談じゃないです。俺は貴方が好きなんです。貴方にゾッコンなんです。夜を共に過ごしたいんです」
「最後、欲が出ててキモッ……」
「これは男の性です。仕方ありません!」
「チッ」
そっぽを向いて、軽く舌打ち。僅かに頬が赤く染まった瞬間を、俺は見逃さなかった。夕焼けのせいだとは言わせないぞ。
「本当は告白されたのが嬉しいんでしょ?」
「ハァ?」
「さっきから顔に出てますよ」
海凪は慌てて自分の顔を両手で覆う。もう隠しても無駄だ。
「貴方を必ず幸せにしてみせます。だから、俺と付き合ってください!」
「クッ……」
俺は彼女の方へ真っ直ぐ手を伸ばし、握手を求める。
海凪は歯を食いしばり、伸ばされた手をジッと見つめる。
「―――もうマジで知らないから!」
俺の手を優しく引っぱたく。これはオーケーと捉えていいのか!?
「あ、ありがとうございます!!」
「フン!」
不貞腐れた顔でそっぽを向く海凪に俺は深々と感謝のお辞儀をする。
――初恋が叶った。